3.不倫夫




───…『明日、楽しみにしてるね♡』…


 リビングに置かれたスマートフォンの通知画面。

 明日はそうゆうことらしい。


 浴室からはシャワーの音に負けないくらい大音量の鼻歌が聴こえてくる。



 結婚6年目。

 夫は、職場の看護師と不倫している。


 結婚した翌年から、怪しいと感じることは多々あった。


 夫は勤務医をしているのだけど、やたらと当直の日が多い気はしていた。


 不倫が確定したのは、結婚3年目。

 子供がほしかった私は、セックスレスになりかけていることに焦っていた。


「ねぇ……今夜……、」

「ごめん……疲れてるから……」

「じゃあせめて話し合おう?子供のこと……」

「ごめん。今日は無理」


 結局、会話をしようとしても話を逸らされてしまって。


 そんな日々が続いていたある日。


 お弁当箱を洗うため、巾着を取り出そうと鞄の中を見たら……入っていた、コンドームの箱。


 衝動的に中を確認すると、明らかに使っている形跡があった。




 その日から、もう3年以上。

 私は彼の不倫を、見て見ぬふりをして過ごしてる。


 気付けばもう、30代も後半。

 あと数年経てば、40歳になる。

 子供は……諦めた。


「はぁ………、」


 ため息がこぼれる。

 私は一体、なんのために生きてるんだろう……?


 いっそのこと離婚して、新しいパートナーを見つけた方が幸せなんじゃないかとも思う。

 でも、離婚となると、働かなくてはならない。


 人付き合いが苦手な私は、専業主婦でいることがとても性に合っていた。今の環境が心地よかった。


 何も頑張らず、何不自由なく。

 平和に暮らせてるんだから、いいじゃない。

 夢も未来もないけれど……いいじゃない、これで。


 そう言い聞かせて、毎日を過ごしていた。



 ふと、あの綺麗な男の子の顔が過ぎる。

 あれ以来、チラシ配りのアルバイトはもうやめた。


 ちょっとイケメンの若い男の子を見つけたくらいで舞い上がってた自分が、滑稽で仕方ない。


 あれから2週間………元気にしてるかな。


 目を閉じると彼の気怠そうな顔が浮かぶんだから、私の中で彼はよほどタイプだったのかもしれない。




「───…ちょっとコンビニ行ってくるね」

「おう、気をつけてなー」


 お風呂上がりの夫に一言告げて、家の外に出る。

 つい先週まで夏のような暑さだったのに、急に寒くなってきた。コート……もっと分厚いのにすればよかったな。


 明日、夫は当直だと言っていたけれど。


 さっきのメッセージから判断するに、不倫相手とお泊まりに違いない。


 モヤモヤ、ムカムカ、嫌な感情に頭の中を支配されそうになって。


 近所のコンビニではなく、徒歩で30分以上かかるコンビニへと向かった。




「───…いらっしゃいませ~」


 寒さで縮こまっていた身体が、店内のあたたかさに包まれて一気にほぐれていく。

 お酒でも買おうかなと、ドリンクコーナーに足を進めたときだった。


「………あ」「………あ」


 顔を見合わせて、声が揃う。


 気まずくて視線を逸らして。彼の横をすり抜けようとしたその時……


「…───こないだは…」


 腕をふわりと掴まれて、彼を見る。


「こないだは、ごめん」

「………え?」


 彼も気まずそうに視線を逸らしたまま、そう言った。


「嫌な言い方した……」

「………ううん、別に」

「………身体、平気?」


 心配そうに私をのぞき込むその瞳。

 相変わらずキラキラした大きな瞳に、また、吸い込まれてしまいそうになる。


「大丈夫。ご迷惑おかけしました」


 また、先日と同じ言葉を繰り返す。

 ぎこちない空気が二人の間に流れている。



「……じゃあ、さようなら」


 やんわり掴まれていた腕をそっと払い、適当にお酒をかごに放り込んでレジへと向かおうとすると……





「───…あのさ、」


 後ろからやや大きめな声で呼び止められ、振り返る。




「………少し……話せる?」



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