2.呑気なおばさん



─────……はっ!として。


 何、何?!え?!

 混乱する頭で、慌てて身体を起こす。



「───…あ、起きた」


…………え??


 目の前には……あの、会いたかった、美しい男の子が。部屋の隅で胡坐をかいて、こっちを見ていた。


「へぇ?!な……なんで私……」

「下で死んでたから拾ってきた」

「………死んでたって……、」


 あぁ、もしかして……。……貧血で……。


「ごめんなさい。迷惑かけて」


 見回すと、どうやらここは彼の部屋の中らしい。

 ちょっとカビ臭い畳の匂いがする。


 急に頭が働き始めて、サーッと血の気が引いてきた。


「………ウェッ、」


 吐き気がしてきて、口元を押さえる。


「ちょ、平気かよ……、病気……?」

「いえ、違います。貧血なんです。ごめんなさい……」

「貧血……?横になってなよ」

「………すみません、」



 言われた通り横になる。全身に血が巡るように、深く深呼吸を繰り返した。敷布団はだいぶボロボロなのに、そんなに変な匂いがしない。むしろ、このイケメン君の匂いであろう仄かな“男子臭”がして、全然嫌じゃなかった。


 10分くらい経ち、だいぶ落ち着いてきたとき……


 彼がダルそうにムクッと立ち上がって。冷蔵庫の中から、何やら黒っぽい塊が入ったパックを持ってきた。


 ゆっくりと上体を起こす。


「ん、」

「………え…」


 なんだろう……?

 ちょっと気味が悪くて。後ろに身体を反らした。



「なに恐がってんだよ。プルーン。貧血なんだろ?」

「え……?…あぁ……」


 プルーン………。言われてみれば確かに、黒い大きなプルーンの実が3つ入っていた。


「あ、ありがとう……」


 正直、恐かったけど。

 食べて大丈夫なんだろうか。腐ってないかな……って。

 でもせっかくだし。一粒もらって、口に放り込んだ。


「………んん、おいしい…」


 程良く優しい甘さが口いっぱいに広がって、後から微かに甘酸っぱい香りがふわっと口内を満たす。



「………ばあちゃんにもらった」


 おばあちゃん……そっか。家族……いるんだ。

 いるよね。なんか少し、安心。


 コトンと小さな卓袱台の上に置かれたコップには、半分くらい水が入ってる。飲みなと目で促されて、甘ったるかった口の中を洗い流すように、ゴクリと一口飲んだ。



 パチン…パチン…と、爪を切り始めた彼を……

 じーっと見つめる。


 やっぱり、何をどう考えたっておかしい。


 こんなに綺麗な美青年が、こんなところで地味な暮らしをしているなんて。……どう考えても……。



「身体、治ったなら帰って」

「………え…」


 彼は冷めた声で言った。

 見つめられて不快だったかな?

 切った爪をティッシュで丸く包みながら私を見て、




「───…こんなとこいたら、ビンボーが移るよ?」



 そんなことを言う彼の表情は……この世のすべてを諦めているような、儚くて悲しい顔をしていて。

 なんだか私は、泣きたい気持ちになった。


 切なくて、苦しい。何を聞いたわけでもないけれど。



「あの……」


 声を発してた。無意識に。


 せめて何か私にできることがあれば……

 なんでも良いから、してあげたい。


 でも、彼の次の言葉で……

 この気持ちは、ただのエゴなんだと気付く。



「………同情?………そうゆうのいらない」


 彼は、寂しそうな顔をして、そう言った。



「こんな若い男がこんなボロアパートで独りぼっちで可哀想って?」

「ちが………そんなつもりじゃ……」

「そーだろ、どうせ。呑気にチラシ配ってるおばさんなんかに理解してもらおうなんて思わねぇよ」



 “呑気にチラシ配ってるおばさん”



………その一言に、ズーンと、心が沈む。



 その通りだよ。

 私なんか、専業主婦で、夫もほとんど家にいなくて、子供も出来なくて、人付き合い苦手で、仕事もしたくない。


 暇つぶしにチラシ配り始めて。

 たまたまイケメンを見つけて。


 彼に会うことを楽しみに一週間過ごしていたような……しょーもないおばさんですよ。



「───…かえります。……ご迷惑おかけしました」



 泣きたくなる気持ちをグッと堪えて。


 足早に、彼の部屋を後にした────


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