Episode.03


「でも、一つだけ違うね」


「え?」


「『街に降りることは滅多にない』──ではなく、降りられないんだ」


時が止まった気がした。


降りられない。


この六文字が否応なしに頭の中を掛け、指先が冷えを覚えてゆく。息が上手く吸えない。悲しいことを告げられた訳でもないのに。

青年はそんな状態の私を見ると席を立ち、背を擦り始めてくれた。


「……ごめん。混乱させてしまったね」


「──っ」


力なく首を振るう。何か言わなければいけない筈なのに、肝心な言葉は喉に張り付いて出てこない。噂とは違うのだと分かっていた。


理解していた。


けれどそれは『理解していた』つもりだったのかもしれない。私は促されるまま、椅子に腰掛ける。


「……落ち着いたかい」


「……はい」


暖かい飲み物とほんの少しの菓子を食べていた。青年は私の食べている姿を先と変わらずに見ているだけだ。話題が見当たらない。気まずい。そして何よりも私はこの青年の前でみっともない姿を晒してしまっている。

それだけで顔から火が出そうになる。

だがその羞恥も青年の問い掛けによって無効化されてしまうのである。


「落ち着いたのなら良かった。……これで君は還れる筈だ」

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