第11話

「まだ…まだよ…!」

『欠片でもその威力を出せるとは…やはり宝玉に秘められた力、完全に引き出せれば…」


断崖絶壁に区切られた、何かの残骸が散らばるのみの小さな大地『名も無き墓標』。その端の壁に勢いよく打ち付けられ、放射状に凹んだ壁にもたれかかってへたり込む。


辺りは焦げ跡や水溜まりに鋭利な刃で切り裂かれたような跡が無数に点在し、私自身も頰や髪、耳尾の一部が煤け傷や汚れに塗れてしまっている。


そんな私と距離を取るように佇むそれは、モヤとなって辛うじて人型と捉えられる『奴』の姿。


「宝玉を使って…魔法で、世界を滅ぼすなんて。随分と…気が、長いのね…」

『フッ、我がそんな細々としたことをするものか。宝玉全てを、宝剣を鍵にして際限なく引き出してやれば良い。容易く世界のバランスは壊れ、宝玉の欠片は暴れ出し魔物となって人々を襲うだろうさ』

「何故それで魔物が…魔物は、獣が生み出しているはず」

『貴様らの言う獣は、宝玉を核とした魔物。確かに魔物は獣が生み出すが…力が逆流し正のものが負になれば、それもまた魔物となる。不完全な欠片、法玉を核とした奴らは

完全になろうとして人を喰い散らかす。無駄であると知らぬままに、悪戯にな』


そんな…と目を見開き思わず驚愕する。このままでは起きるであろう惨劇を想像して、嫌な汗が止まらない。


「何でそんなことを…本当に、お前に意思はないの?」

『意思、か。確かに100年前に生まれた時、そんなものは無いと言って正しかった。が、奴に…貴様がハーツと呼ぶアレに敗れる瞬間。我の中に激しい憎悪が湧き上がったのだ…貴様らに必ず、復讐するとな』


一歩、踏み締めるように此方に歩み寄る。


『だからこそ、我はそのチャンスを逃さない為に布石を打った』

「布石、…ッ!あの時私を最後に狙ったのは、まさか!?」

『正解だ、狼。アレは奴なら必ずああすると踏んで、我の一部を放ったのだ。一つは炎の宝玉に、残りは奴の中に。雷と風には当たらなかったが…水と土を持ち去れたのは、嬉しい誤算であったよ』


やはり、あの時から此奴の計画は始まっていたのだ。全てのピースがハマったように感じていると、もう一歩踏み出した奴は尚も言い続ける。


『随分と手間をかけたが…漸く、宝玉と宝剣が全て揃う。貴様らへの復讐の一歩…貴様ら以外の人間全てを殺すことが出来る!』

「ご高説、どうも。でも…宝玉は揃わないわ。ハーツが来る前に、お前は私が今度こそ完全に倒し…人間らしい普通の生活に戻す!」

『人間らしい…ふ、フフッ…ハハハハハ!そうか、そうかそうか!貴様はあの時意識が曖昧で、気付かなかったのか!』

「何を言っているの…?」


私の言葉を聞いた奴が、急に身を捩って笑い出す。その不気味さと言おうとしている何かに、胸騒ぎが止まらない。


『ならば教えてやろう!良いか、お前がハーツと呼んで手塩にかけるアイツはな!』


大仰に両手を振り払うと、私に風と無数の石礫が飛来する。あわや即死、目を瞑りかけた瞬間。此処にはいない筈の気配を感じて咄嗟に空を見上げた。


空には…太陽の横に、もう一つの輝ける太陽。それは刹那の内に大きくなり、そして。


「----僕の姉さんに、手を出すなあああ!!」


ダァン!!と地面に落ちた流星は、その衝撃と風圧で吹き荒ぶ嵐と石礫を薙ぎ払う。


「「マガミ!」」「マガミ姉!」


即座にリーンとリーシャが私の左右をレイドが正面に立ち、其々鉄扇と斧に盾を構え護ってくれる。レイドの前、つまり奴の目の前には堂々とハーツが立ち塞がっている。


何で此処に、という私の声は…悪意に満ちた怨嗟の声に蹂躙された。




『ハーツ•コラウは人間などでは無い!!宝剣が自身を守るために生み出した、防衛装置に過ぎないんだよ!!断じて、生き物であるものか!!』


「……は、?」


……感情の読み取れないハーツの声を、顔の見えない後ろから聞いたのが心底、苦しかった。


〜〜〜〜〜


『分かりやすく言ってやろうか、ハーツ。お前は人間じゃない…言ってしまえば、剣そのものなのだよ』

「……僕、は…ちゃんと…」


生きている、とは言えなかった。ズキッ、と鈍い頭痛が走り頭を抱える。その痛みは鼓動の度に強くなり、間もなく立っていられなくなり膝を突いた。


「が、ぁ…ァァァァァァ!!」

「ハーツ…!」


悲痛の色を滲ませたマガミの声が聞こえたが、僕の意識はずぶずぶと己の内へと沈んでいく。




----あぁ、全て思い出した。僕は…


初めの内は、自我も心も無くて。自分自身を認識することなんてなくて、ただ在るだけだった。


『おはよう、今日もよろしくね』


神たる狼の彼女に、話しかけられるようになるまでは。


『あなたも私も…どうして生まれたんだろうねえ』


彼女は僕のことを知るはずも、知覚してるはずもなかった。だからきっと、寂しさを紛らわせるために半ば独り言のように話しかけたんだと思う。


----君は、誰?----


他者の存在を認識した僕は、自己を獲得した。けれど、剣の意思は声を出すことなんてできない。出来るのは、この狼の彼女に届かない相槌を打つのみ。


『世界が平和なのは良いことだけど。ただこうして1日ぼーっとしてるのも、暇じゃない?』

----そういう、ものだろうか----


『おやすみなさい、といっても…あなたは眠ることなんて無いのでしょうけど』

----おやすみなさい。その代わり、夜も此処を見ているよ----


自分が言ったことに遅れて気付いたのだろう、微苦笑を溢しながら寝入っていく。それに無意識に返す頃には、すっかり自分が生き物であるように過ごしていた。


『……もし、あなたにも意思があるなら。一度で良いから…お話、したいわね』

----僕は、此処にいるよ。ずっと貴女に、言葉を返しているのに----


こんなに近くにいるのに、届かない。触れる手も話す口も、持っていないのがこんなに苦しいなんて。


話したい。僕も、貴女と。


その時は、自分の中に感情が生まれてるなんて思いもしなかった。けれど確かに、僕は彼女が…マガミのことを大切だと思っていたんだ。


本来感情なんて持たない筈の僕が、感情を持ってしまった。あまつさえ、自由すらも望んだ。歯車が自分勝手に動き出したら、何処かで歪みが生まれるのは必然。


そのイレギュラーが…あの奇跡と、あの悲劇を呼んだんだろう。


気が付けば想い焦がれた彼女の前に剣を持って立っており、奴…『世界の影』を倒し漸く言葉を交わすことが出来た。


「あぁ…そんなに、声を上げて泣かないで。

自分を責めないで。誰も悪くないから、綺麗な顔をくしゃっとしないで良いんだよ。


ただ……あるべきところに、帰るだけだから」


泣きじゃくっているから、殆ど届いてなかったんだろうなあ。何だか可笑しくって、微笑みながら瞼を閉じた。


…それが、僕が僕になる前の最後の記憶----




「……僕は、人間じゃなかった」


膝を突いて項垂れながらポツリと呟き、手からカランと剣がコロンと宝玉がその拍子に転がり落ちる。そして、すぐに胸中で違うと否定する。


僕は人間じゃなかったことが辛いんじゃない。マガミとの想い出が、レイドとの友情が、リーンとリーシャからの告白が。


それら全てが、まるで偽りだったかのように思えて辛いんだ。


「ハーツ…立って!」

「立てよハーツ!」

「危ない、ハーツ!」

「ハーツ兄、逃げてください!」


皆が僕のことを呼んでくれる。でも…応えることが出来ない。


「僕は…僕は、ハーツじゃない。名前なんてない…ただの、剣の意思だ…」


視界がぐらつく、体に力が入らない。指先から消えていくかのような錯覚すら覚える。皆もきっと、驚いてるだろう。同時に、僕のことを疎んでいる。


僕が生まれなければ、感情を…心を持たなければ。


マガミは退屈ではあれど、長閑な日々を過ごしていられただろう。レイドは妹のサーヤちゃんを眠らされることも、サーヤちゃんは大切な数年間を失うこともなかったはずだ。


リーンとリーシャは、僕と出会い大事な告白をして乙女心を振り回されることもなかっただろう。そしてこの大陸の人々を含め、魔物騒動で悲しんだり心を痛めることはなかった。


『……ふん、折れたか。剣としてはもう、使い物にならぬな。宝玉ごと…宝剣もいただくとしよう。剣の中に戻り…この世界を壊すがいい!』


宝玉は全て奪われ、次いで宝剣が奴の手に握られそのまま振り下ろされる。


あぁ…仮にも<剣士>が剣を奪われちゃ、しょうがないよなあ…。


ガギィンッ!!


『ぬ、ぅっ!?』

「……?」


ザシュ、と目の前に宝剣が突き刺さる。遅れて、静かに二振りの小太刀が寄り添うように落ちてきた。


怖い。皆の僕を見る目が変わったのを、突きつけられるのが。あんなに大切してもらっていたのに、人間じゃなかったと言われるのが。


でも…僕はもう、進むべき道が見えない、分からない。心が砕け散りそうだ、耳を塞いで閉じこもってしまいたい。


僕は何かに惹かれるようにゆっくりと、軋む体を起こして後ろを振り向いた。


「ハーツはハーツ!貴方が例え剣だろうと何であろうと、私はマガミ•ミオカで貴方はハーツ•コラウよ!」


其処には…優しくも燦然と煌めく、月みたいに綺麗な狼が僕を見ていた。そして、届いた言葉に全身が震える。


その言葉は、昨日僕がマガミに言った言葉。


マガミを支えるリーンとリーシャも、どうやら邪魔をしないように迫り上がっていた土魔法の壁を壊し前のめりのレイドも。何一つ変わらず、僕を見てくれていた。


「……僕は、誓ったじゃないか。皆を守るって…」


片膝で立ち上がり、力強く二度と離さないように宝剣の柄を握る。


『ちぃっ…!』


僕の頭を貫かんと、影の足元から水の槍が突出してくる。でも…遅い!


「この剣と、心に誓って!!」


一度大きく後ろに飛び、両手で右脇に構え着地と同時に水の槍をすり抜けて剣を振り抜いた。構えを解き、剣を振り払うとバシャリと泡沫となって槍は消え失せる。


『貴様…それは一体何だ!?』

「これは…6、『心の宝玉』だ!」


全ての宝玉は、影に奪われたはず。動揺を隠せない影がたじろぐ中で、剣の中心で確かに輝く心の宝玉を見せつけるように突き出す。


『あり得ない…そんなものは無い!』

「それはそうだよ、これは今作り出したんだから」

『作った、だと…?』

「あぁそうさ。僕の宝剣と、皆との絆の魔法と…」


ザッ、と隣に誰かが並び立つ。けれど、確認するまでもない。どうしようもなく嬉しくて顔がニヤけながら、言い放った。


「頑張り屋さんの、狼と一緒にね」


どれだけボロボロになっても、白銀の髪と狼の耳尾を揺らすマガミは本当に…綺麗だった。


「さぁ…決着を付けようか!」


    

    第11話「剣と魔法と狼と」

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