第10話 大地は一つ

僕が姉さんだと思ってた人は、実の姉じゃないどころか神様でした。


なんて言い方しても、この動揺は誤魔化せそうにない。自分が100年近く眠っていたこともマガミがずっと黙っていた理由も、驚いたけれど寧ろそれらはストンと腑に落ちた。


が。幾ら何でも、まさかマガミが神様だったと言うのは…。


「まぁ、神様と言っても宝玉と剣の監視と警護が殆どだしご利益があるとかは無いと思うけれど…ハーツ?どうしたの?」


いや、待てよ。よくよく考えてみれば、マガミは絶世の美女と言われても納得のいく容姿だし身体能力や魔法の扱いなども板についていた。


それに…リーンやリーシャ達ベル家の人は頑なに耳尾を隠していたのに、マガミは常に狼の耳と尻尾を見せていた。加えて、監視と警護の使命。


マガミが狼の性質を持った神様であることを裏付けるものばかりだ、ただ…僕の身の丈には合わない相手だったというだけのこと。


「……ねぇ、

「!私のこと、まだ…姉さんって呼んでくれるの?」


心の中に湧き上がる切なさを押し殺しつつ、悟られぬようマガミの目を見て笑う。


「当たり前だよ。僕の身元が何であろうと、姉さんが本当は神様であろうと。今こうして、焚き火を囲んで向かい合うのは間違いなくハーツ•コラウとマガミ•ミオカなんだ」

「…ハーツ…」

「…やっぱり、これからは名前改めた方が良いかな?」

「ううん…そんなことない、ありがとう…ありがとうハーツ。大好きよ…!」

「…うん、僕も姉さんが大好きだ」


一緒に居られるのなら、名前も過去も関係性もどうだって良い。自分に言い聞かせるような気分になりながら、マガミと一緒に晩御飯を作るのだった。


〜〜〜〜〜


「ふぅ…お腹いっぱいだ。これからきっと、明日は全力で戦えるよ!記憶は無いけれど、一度は勝った相手だし宝玉と剣…宝剣もあるからね!」

「あら頼もしい。明日こそ、決着を付けて…また私達の学園に戻りましょうね」


即興で作ったにしては豪勢な晩御飯を平らげ、マガミと決戦前夜と呼ぶには些か緩い空気で笑い合う。こういう方が、僕としては有り難い。


……必ずアイツを倒して、レイドの妹さんを救うんだ。そして…ちゃんと、リーンとリーシャに返事を。何より…マガミを、守る為に。


気を引き締めた影響だろうか、何だかいつもよりも早く強烈な睡魔に襲われる。


「姉さん、僕…そろそろ…」

「…えぇ、おやすみなさい。ハーツ」


マガミに支えて貰いながら、テントの中で横になる。僕の傍に座り覗き込む様を、暗くなっていく視界の中で見つめる。


「-----」


僕の意識が落ちる直前、マガミが何事かを呟いた気がした。僕の頰にぴとりと触れたのは、彼女の指先だろうか。


〜〜〜〜〜


「ごめんね、ハーツ」


ハーツが完全に瞼を閉じた後、無意識にそう呟いていた。こぼれてしまった涙をそっと指の背で拭って、静かにテントの外へと出る。


月が雲の影に隠れるのを眺め、次いで可愛い寝顔で眠るハーツを見やった。


ハーツにバレないよう、こっそり眠り薬を彼の晩御飯の中に盛ったのだ。さっきの言葉は、そのお詫びと…1人にしてしまうことへの、懺悔。


貴方は、見ず知らずの私なんかの為に命を賭してまで戦ってくれた。それなのにまた戦わせることになって…挙げ句、奇跡的に繋がったその命をまた危険に晒している。


そんなこと、絶対にさせられない。今度は私が、貴方を守るわ。これは元々私と奴の問題。巻き込まれただけのハーツが、これ以上頑張る必要は無い。


「……本当に、私は…」


腰に備えた二振りの小太刀を確かめてから、テントの中に入る。そして、もう一度だけハーツの顔を覗き込んで呟いた。


「……一緒に過ごす中で、貴方のことを本当に好きになったのよ」


けれど、私にその資格は無い。それにもう、彼には彼のことを本気で想ってくれる女の子達が居て無二の親友も居る。きっと、大丈夫。


「あぁ…でも」


ゆっくりとテントから出て今度こそ目的地を目指して向き直り、往生際悪くも言い残す。


「……ずっと一緒に、居たかったなぁ」


きっともう、戻れないから。


後ろ髪を引かれる気持ちが涙となって溢れながら、始まりと終わりの場所…この大陸『エレメント大陸』の最北。


今は『名も無き墓標』と呼ばれてる場所で待つであろう奴の下へと、脇目も振らず駆け出した。


〜〜〜〜〜


「----、……ツ。ハーツ!起きて!」

「ん、んん…?」


ゆさゆさと乱暴に体を揺さぶられ、あまり良い寝覚めとは言えないながらも起こしてもらったことに感謝を告げる。


「ありがとう…姉さん…」

「もう、結婚したら私も貴方のお嫁さんなのよ?」

「……はぇ?」


ぼーっとしていた意識が、急速に覚醒していく。目を擦って瞼を開くと、そこには何故か…屋敷にいるはずのリーンとリーシャ、更にはレイドまでもがテントの入り口から覗いていた。


「リーン、リーシャ!レイドまで!どうしてここに…」

「調査の結果が分かったので、ハーツ兄の匂いを辿って来たのです。まぁ、報告というほどでもないのですが…」

「だとよ、ハーツ。俺も…早朝に突然妹が目覚めてな、仲良いお隣さんに妹を任せてお前を助けに行こうとしたらばったりリーン達に会ってよ」


それで追いかけて来たら、此処で野営してる僕らに追いついた…というわけか。相手の実力は正直未知数、仲間は1人でも多い方がいい。


「姉さん、皆が…!……あれ、姉さん?」


頼りになる面々が来てくれたことを伝えようと声をかけるも、返事は無い。テントを出て辺りを見渡しても、焚き火はいつの間にか消されマガミの痕跡は何も残っていなかった。


「何処行ったんだろう…?皆は、姉さん見なかった?」

「ううん…私達が此処に着いた時には、マガミは居なかったよ。ごめんね、ハーツ」

「ごめんね……」


首を横に振り青いリボンと金色の髪を揺らし目を伏せるリーンに、首筋がむず痒くなる。そしてすぐに、強烈にバチッ!と記憶がフラッシュバックした。


----ごめんね、ハーツ----


「姉さんが危ないッ!」

「うぉっ!?どうしたんだよ、ハーツ」

「レイド、姉さんは1人でアイツを倒しに行ったんだ!リーン、リーシャ達にはあの時の獣の正体って言えば分かるかい!?」

「「「!」」」


3人の顔が揃ってハッとした顔になる。


「まずい…宝玉があってようやく対抗出来るくらいなのに、幾ら姉さんでも…!」

「その宝玉なのですが!やっぱりハーツ兄の予想通り、ここ数日で大陸中の魔物が忽然と姿を消したらしいです!ただ一ヶ所を除いて…」

「其処だ!間違いなく、奴も姉さんも其処にいる!」


時間が惜しい。目線だけで全員を見回すと、3人とも理解したようで力強く頷いてくれた。こういう時、本当に仲間で良かったと思う。


「でも、その魔物の群れの中心は此処から最も遠い最北…『名も無き墓標』!」

「それって…雷動車でも一週間は掛かるって言われてる場所じゃないか!」

「今からなら、走れば間に合うんじゃねぇか!?」

「いやダメだ!姉さんは物凄く速く走れるんだ、多分一晩中走り続けたら辿り着けると思う…!」

「そんな…じゃあ…」


逸る気持ちも一転、場の空気を重苦しさが支配する。


折角皆が来てくれたのに…僕は、何をしているんだ!何で、マガミが行った時に起きれなかったんだ!こんな肝心な時に…!


「……宝玉の力なら」

「リーシャちゃん…?」


赤いリボンと金髪を靡かせ、毅然と胸の前で両手を握って僕を真っ直ぐ見るリーシャ。たった一言と、その視線で僕は閃く。


やったことはない…けれど、今僕の手元には四つの宝玉がある。五つで安定している宝玉は、きっと互いを引き寄せ合うはず。


こくり、と頷くと宝玉を取り出して皆に手渡していく。炎は僕に、雷をリーンとリーシャに、風をレイドに。そして、水の宝玉を宝剣に嵌める。


「皆…成功する保証はない。けれど、皆の力を貸して欲しい。そして、僕を信じて欲しい。マガミを…姉さんを、助ける為に!」

「ふっ…お前にしては分かりきったことを聞くな、ハーツさんよ」

「未来の旦那様とお義姉様の為に頑張らないなんて、花嫁候補失格だよ!」

「ハーツ兄、皆でマガミ姉を助けましょう!」


愚問だったらしい。思えば、僕の側にはいつでも皆が居てくれた。そうだ…だからこそ、誰1人欠けたらいけない。


「姉さん…今行くから!」


全員で瞼を閉じて、宝玉に力を込める。宝玉は四つでも…心は一つ。


不意に、宝玉と宝剣が一斉に輝き出し驚く間もなく僕達は光に包まれ、北の空へと流星の如く飛び出していくだった。

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