第7話 風の通り道
風の吹き抜けた先へ向かう為に、僕とマガミは雷の法玉で動く魔道具『雷動車』に道中で乗せてもらい暫し揺られることにした。
「そういえば姉さん。僕ら、学園には戻らなくて良いの?休むにしても、詳細不明な≪儀式≫を止める為に宝玉という特別な法玉を集めますって…信じてもらえるかなあ」
そろそろ休日が終わる。明日にはまたグレイツ学園で勉強したり、新米の<剣士>として任務に参加させてもらったりと忙しい日々が始まってしまうのだが…僕らにはそんな暇は無い。
魔物の出現が止まらない原因も、宝玉を悪用した『奴』の仕業の可能性が高い。一刻も早く、全ての宝玉を押さえ≪儀式≫の正体を暴き『奴』を完全に倒さなければ…。
「あぁ、それなら大丈夫よ。ハーツが寝ている今朝の内に、イーリナ理事の方に話は通してあるから。私達は特別任務扱いで、外に赴いてることになっているわ」
「仕事が早いことで…」
ガラガラ…と車輪が土の上を転がる音が響く中、相変わらずのマガミに微苦笑しながらふと思う。
そんなことを即決できるイーリナさん、何者なんだろう…?
「このお礼は、良いお返事でお願いね♪だって」
「知らない内に取引された上に僕が対価を!?」
悩みの種が一つ増えた。
はぁ……と悩みを溶かすように深くため息を吐く僕に、くすくすと楽しそうにマガミは隣で笑うのだった。
〜〜〜〜〜
「……本当に、今度の武闘大会で優勝したら妹の病は治んだろぉな」
青年の声が、日中なのに暗い部屋の中で響く。
『あぁ、勿論だとも。優勝することで手に入る、あの風の宝玉を我に差し出せばな』
青年の背後には、靄のような何かが漂い其処から低い声が聞こえている。
「宝玉…特別な法玉なんざ、興味はねぇ。そんなのくれてやる」
妹が助かるなら…と、薄暗い部屋の中でも分かる青白さの妹サーヤ•ドーソの頰を撫でながら兄であるレイド•ドーソは鬼気迫った声で呟いた。
『ハハハ…我にとっても、その方が都合が良い。楽しみにしているぞ、レイドよ。…あぁ、それともう一つ、これも持ってくれば今後生涯の安全も保証してやるのだが…』
去り際にもう一つ頼むような口調で命令し、ジュワァッ…と異質な音と共に霧散する気配に吐き捨てるように一言漏らす。
「……こんチクショウが」
〜〜〜〜〜
「武闘大会?」
「えぇ。風の通り道と呼ばれるツリ
マガミとの話がひと段落した時、不意に運転手が此方に声をかけてきた。それを聞いて、マガミと顔を見合わせる。
風の通り道の村、そして剣士の大会…間違いない。あの風は、僕らを其処へ導こうとしていたのだ。
「えぇ、そうです!かなり遠いですが…ツリ街までお願い出来ませんか?」
「構いませんよ、丁度村宛の積荷もございましたので」
「ありがとうございます!」
朗らかな笑顔で頷いてくれた初老の運転手に、2人同時に頭を下げる。その優しさに感謝しつつ、直後に告げられた到着に一晩超えることになると言われ血の気が引いた。
「……まぁ歩いて行けば確実にもっとかかるし、今の内に色々整理しておこう」
「整理?そんなに私達荷物なんて…あぁ、宝玉関連ね」
こくり、と頷きチラリと再度前方を確認。どうやらかなりの手練れのようで、一切聞いていませんよとばかりに前だけを向いている。この人であれば、知り得たことを無闇にひけらかすこともないだろう。
そう判断して、話を続ける。
「…これが、今僕らの手にある宝玉」
包みの上に、コトッと炎、水、雷の宝玉を並べる。するとマガミが炎の宝玉を手に取り、太陽に翳して覗き込んだ。
「この宝玉…私の小太刀に入らないのよね。法玉と違ってサイズがほんの少し大きいし、色がもっと濃いわ」
「うん。だから法玉じゃなくて宝玉って名前で、『奴』も宝玉と一緒に僕の剣も欲しがったんだ」
『奴』は宝玉を狙っているものと思っていたが、何処から嗅ぎつけたか僕の剣も一緒に狙ってきた。宝玉を使うには、この剣が不可欠ということだろう。
「『奴』の言う≪儀式≫…最初聞いた時は分からなかったけれど、それにはきっと宝玉が。後は多分…この剣も、必要なんだと思う」
僕がこの剣を出したのは、つい最近のことだ。なのに『奴』は、一度儀式に失敗したかのような口振り…それも僕とマガミを知っているかのようだった。
あれは、どういうことだろう…?
「…宝玉が揃ったら、何が待っているのかな」
後ろ向きに考えても仕方がないけれど、もしかしたら…僕は僕で居られなくなるかもしれない。そんな予感に襲われる。
「ハーツ」
「!」
動揺が顔に出ていただろうか、マガミに声をかけられて慌てて顔を上げると目の前にマガミの綺麗な顔があった。
「な、何?姉さん」
「話すべき時が来たら、きちんと全部話すから。だから…」
「……うん、分かった。とりあえずは、宝玉が全部集まってからだね」
「えぇ、その通りよ」
マガミは、面と向かって僕に約束してくれた。マガミが何を胸の内に秘めているのか…流石に風も、其処までは導いてくれない。
けれど。僕とマガミなら、きっと大丈夫だ。
ふと、マガミの胸を盗み見る。服の上からでも分かる、形の良いそれは…見ているだけでも素晴らしくて。
「……エッチ」
マガミがニヤケ顔と共に大げさに胸を隠して呟くまで、僕は見惚れてしまっていた。
〜〜〜〜〜
毛布を借り、『雷動車』の荷台でマガミに抱き枕代わりにされて眠った(ドキドキして殆ど眠れなかった)夜が明け。
太陽が天に昇り切る少し前…つまりお昼前に、僕らはツリ街に辿り着いた。
「ありがとうございました〜!」
「大会は明日らしいから、しっかりねぇ」
大手を振って自分の仕事へ戻っていく運転手を見送り、街を見渡す。
『会場の点検をもう一度するぞ〜!』
『武器だけじゃなく魔法も飛び交うから、風魔法の防壁や緊急時の土魔法の壁作成の用意も忘れるな!』
『店を出店される方は、使う魔道具の申請もお願いします!いざという時、此方で予備を用意できますので!』
『大会に出場される方は此方です〜!受付は本日いっぱいですよ!』
「こういうの、活気に溢れてるって言うのかなぁ」
「そうねぇ。何だか、私達までワクワクしちゃうわね」
お祭り直前と言った賑わいに、僕もマガミも浮き足立ってしまうのを隠せない。とはいえ、今は…この街の人に宝玉のことを聞いてみよう。もしかしたら、近傍の祠や洞窟の中にあるということも考えられるし。
「姉さん、まずは宝玉に関する情報を集めなきゃ」
「あら、それならもう終わってるわよ?ほら」
ふふんと得意げに目を細め狼の耳と尻尾を揺らしてみせる、マガミのちょっぴり幼く見える仕草。仕事が早いな…と思いつつ、指さされた先の張り紙を見る。
『ツリ街伝統武闘大会!優勝賞品は何と
普段はお目にかかれない風の大法玉!』という題目で、中央には堂々と風の宝玉の絵が描かれていた。
「……宝玉って、やっぱり何も知らない人が見たらちょっとしたお宝程度だよね」
「あれが世界の命運を握ってるかもしれないと思うと、複雑だわ…」
思わず乾いた笑いを溢してしまいながら、ひとまず武闘大会の受付を目指しレンガの道をしっかと歩き出すのだった。
「-------」
「ん?」
「どうしたの、姉さん?」
「今、誰かに見られてた気がしたんだけど…気のせいかしらね」
肩を竦めて戯けるマガミに、軽く笑って見せながら先へと急ぐ。大通りを抜けた先の街の中心部に、金属の柱と大理石のステージで作られた特設のフィールドが凄まじい存在感を放っている。
「……はい、お2人の名前を記録しました!明日は頑張ってくださいね、健闘を祈ります!」
宝玉の名前を知らずともそれが放つ一際強い輝きに魅入られてか、中々の人数が参加するようだ。
この中に『奴』がいるかもしれないと辺りを見回すが、影も形も気配も無い。まだ此処のことは嗅ぎつけられていないようだ…しかし油断は禁物、今ある宝玉が奪われぬよう気を付けなければ。
「ありがとうございます。……さて、ハーツ。私達は今夜の宿探しよ」
「へ?でも、大会は明日だし今夜は寝ずに特訓とか…」
「心配し過ぎよ!私もハーツも、そんじょそこらの奴に負けるほど弱くは無いわ」
受付を終えて振り返ったマガミが、胸を張って言い放つ。痛いほどにジロリと視線が向けられるが、どこ吹く風と僕を連れてマガミはその場を後にした。
「豪胆というか、怖いもの知らずというか…」
「何よ」
「いえ!何も!」
「……おぉい!ハーツ、マガミ〜!」
路地裏にて耳慣れた声が後ろから響き、釣られて振り返ると其処にはレイドが居た。小気味良い音を響かせ、駆け寄ってくるといつも通りの口調で話し始める。
「何でこんなところにいるんだ?観光って訳でもあるめぇし」
「僕と姉さんはちょっと…武闘大会で腕を試したくなってさ。レイドこそ、どうして此処に?」
「どうしてってそりゃあ、此処は俺が住んでる村だからな。普段は学園の寮だが、偶々こっちに帰ってきててよ」
快活な雰囲気で話すレイドに、納得したように頷く。そうか…レイドは少し離れた街から学園に来たって言ってたけど、ツリ街のことだったのか。
「大会に出るってことは、今夜はどうすんだ?良かったらウチに泊まってけよ」
「それは助かるけど…良いの?確か妹さん居たよね、年頃の女の子が居るのにマガミはともかく僕は…」
「気にすんな!妹はそんなこと気にしねえし…あいつ、最近寝たきりでさ。人が多い方がきっと喜ぶと思う」
「そっか……」
レイドは、口振りとは裏腹に優しい性格をしている。そのレイドが来てくれと言ってるのだ、妹さんにもいつもレイドの世話になっているお礼をしたい。
障らない程度に、お邪魔させてもらおう。
「姉さんもそれで良いかな?…姉さん?」
「…ん!?あ、そうね!良いと思うわ…ありがとうレイド」
「へっ水臭え…良いってことよ!それじゃあこっちだ、案内するぜ」
瞳を細めて何事かを考えていたマガミが頷くと、鼻頭を擦ってはにかんだレイドは僕らを先導し始める。
「……」
その背中を見るマガミの目が妙に遠く感じられて…道中、僕は落ち着かなかった。
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