第2話 炎を呼ぶ雷
泣いている。誰かがたった1人で、座り込んで。
抜けるような青空の下で、何故か涙を流している。
泣いている、泣いている、泣いている。
あぁ…そんなに、声を上げて泣かないで。
自分を責めないで。誰も悪くないから、綺麗な顔をくしゃっとしないで良いんだよ。
ただ……あるべきところに、帰るだけだから。炎がやがて消えゆくように、雷が刹那に収まるように。
〜〜〜〜〜
「う、んんぅ……」
瞼の裏が眩しくて、思わず気だるげな声を上げて目を覚ます。…あれ?
「僕、いつの間に眠って……」
毛布とベッドに包まれて目覚めた僕は、此処が何処か確認しようと起きあがろうとした。
「ハーツ!起きたのね!?」
「わぁ!」
しかし、突如顔を出したマガミに視界を全て奪われてしまう。起き抜けにいきなり綺麗な顔が近いものだから、流石に驚きを隠せない。
「び、びっくりした…姉さん、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよぉ…ハーツったらいつの間にか剣を握ってたかと思えば、凄い魔法出して気絶しちゃうんだから…」
気絶、と言われてふと思い出す。僕、魔法で剣を出した後に法玉を使って獣を倒したんだ。
「凄い魔法、か……」
マガミがホッと胸を撫で下ろし、その銀色の髪と耳を揺らしながらベッド脇の椅子に座り直す。それを尻目に、僕は自分の掌を見つめる。
今まで、一度たりとも使えなかった魔法をあんなにハッキリと使えるものだろうか?そもそも、あそこで咄嗟に使えたのなら何故これまでは出来なかったのだろう?
「皆を呼んでくるね、ハーツ」
「あ、うん。ありがとうマガ」
「(キッ)」
「ね、姉さん…」
視線だけであの獣を殺せるんじゃ無いか、というくらいの威圧は何処へやら。すぐに花も綻ぶような笑みを見せると、長い銀髪と尻尾を揺らめかせその場を後にするマガミ。
「……考えても仕方がない」
かぶりを振って、一旦魔法のことに関しては頭の隅へと追いやる。そんなことよりも今は、思い出してみて一つ立てた仮説について検討しなければ。
僕が検討した仮説…それは、『魔物は体内に法玉を持った獣が生み出した存在』という説だ。
僕らのように<剣士>が普遍的にいて、更に危険を冒さなくても戦える用の魔法さえあるのに魔物は一向にこの世から消え去る気配がない。
「だから、この世界の元素の『澱み』が魔物になってると思われていけれど…」
毛布を剥ぎ、胡座をかきながら更に思案する。
あの法玉を体内に持った獣が生み出しているのだとすれば、魔物が減らないことには説明が付く。しかし、ここで違う疑問が鎌首をもたげる。
「何故、獣達は人を襲うんだろう」
あれこれ言われてはいるけれど、どれも確信には至っていない。魔物は人の気配を感じるなり襲い掛かってくるから、観察の仕様もないのだ。
その為生態は謎に包まれていたけれど…魔物を生み出していたのが獣だった場合、魔物の行動原理は獣に依存すると言えるだろう。
「でも…獣かぁ」
独り言を度々漏らしながら、後ろ頭を掻いてぼやく。
獣を見たのも初めてだし、獣が一体だけとはとても思えない。戦った時間もほんの僅かだったし…その上でもし、獣にあって魔物に無いものといえば。
「……法玉」
獣は、体の中に法玉を持っていた。そして
それは何故か、魔法を使えなかった僕も使うことが出来た。憶測の域を出ないけど…あの法玉は、ただの法玉じゃないのかもしれない。
それを体の中に持った魔物が獣で、その獣が魔物を生み出す…。
「だぁめだ、近いところをぐるぐる回ってる感じがする…」
段々うまく言葉にできなくなってきた、倒れたばかりで頭が上手く働かないのかも。
「ぐるぐるするの?」
「目が回ってますか?」
「あぁいや、そういう訳じゃ…ってうわぁ!リーン、リーシャ!?」
隣から自然に響いた2つの声に思わず相槌を打ち、遅れて突然現れた双子の少女に向き直る。
「やっと気付いた〜、ハーツって鈍感さん」
金色の髪を青色のゴムでツーサイドアップに結えたのが、リーン•ベル。双子のお姉ちゃんだ。とはいっても、妹と顔も身長も瓜二つなので、かなり幼く見える。
「もぉそんなこと言っちゃダメだよお姉、ハーツ兄はさっきまで寝てたんだから」
斯くいう此方はリーンと同じ金色の髪を赤色のゴムでツインテールに結えた、双子の妹リーシャ•ベル。顔も身長もそっくりなのだが…お胸のサイズはリーシャ、つまり妹の方が大きい。
「いやいやごめんね、考え事をしててさ。僕はもう大丈夫、姉さんに呼ばれたの?」
「はい、ハーツ兄が起きたって聞いて…。それと、魔法が使えるようになったって」
こくり、とトパーズのように黄玉に煌めく瞳を向けながら頷くリーシャ。それに間髪入れずに、リーンが二の句を紡ぐ。
「良かったねえ、ハーツ!私達の教えの賜物だ〜!私達と同じ雷属性じゃなかったのは、ちょっと残念だけど」
わざとらしく頬を膨らませるリーンに、リーシャと2人で軽く笑う。
リーン達ベル家は、この国ルソウの中でもかなりの名家であり現在の当主はグレイツ学園の理事の1人である。
そんなベル家は、血筋なのか雷魔法を得意とすることが多い。例に漏れず、リーンとリーシャもだ。
魔法は法玉によって属性が分かれる為魔力さえあればどの魔法も付け替え次第で使えるが、その魔法の練度には個人差がある。
例えば、リーンは雷魔法が得意だけど水魔法は苦手で、リーシャは雷魔法が得意だけど炎魔法が苦手だ。
「ごめんよ、獣から出てきたのが炎の法玉だったんだ」
茶化すように軽口を返すと、リーンが小首を傾げながら聞いてきた。
「獣?…あぁ、そういえば今回おっきな魔物も居たんだっけ」
「うん、他とは何だか違うし法玉を持ってたから僕はそう呼んで区別してる」
「なるほどねぇ…」
うんうん、と腕を組んで深く頷くリーン。フリフリと微かに揺れる髪が、何だか可愛らしくてつい目で追ってしまう。
「……ハーツ兄、その獣が持ってた法玉のことで話があるんですけど」
「へぇ、それ…はっ!?ど、どんな話…でしょうかリーシャさん…」
ふと呼ばれたので隣を見ると、マガミに負けず劣らずの威圧を半分伏せられた瞳から放たれていた。ごくりと喉を鳴らし、恐る恐る訊ね返すと威圧は霧散していつもの柔らかいリーシャの瞳に戻る。
この学園の女の子は皆、圧を出せるよう訓練されているのかな。僕は怖くなった。
「私達ベル家にも、家宝だと言って代々受け継がれてきた法玉があるんです。それは、当主しか見ることが出来ないって言われてるんですが…もしかしたら、何か今回の件にも関係があるんじゃないかって思いまして」
「そうだったそうだった!リーシャちゃんナイス!ハーツにはお世話になってるし、もし法玉が魔物に関係してるなら、ベル家としては率先して動かなくっちゃ。だから、屋敷に一緒に来て欲しいな〜」
同じ色のはずなのにガラリと違って見える2人の眼差しに内心少し見入りながら、この先獣と法玉を探すにしても剣と法玉が一つずつではあまりに心許ないと思っていたところ。
渡りに船だし、幸いにも明日は学園も休みである。此処は素直にお呼ばれされるとしよう。
「そういうことなら、此方こそお願いするよ。魔物騒動を解決する糸口になるかもしれないし」
二つ返事で了承すると、リーンとリーシャは揃って目を見合わせてくすっと笑った。訝しげにそれを見ていたが、不意にマガミの顔が頭をよぎる。
「あ、そうだ。姉さんも一緒に……」
「さぁ行こう、ハーツ!」
「え?ちょっとあの」
「行きましょうハーツ兄!善は急げです!」
あれよあれよと言う間に、僕は2人に引っ張られるようにして荷物も最小限に学園を後にした。
マガミには後で連絡を入れておこう…と思いながら、目の前で揺れるリーンとリーシャの後ろ姿を微笑ましく眺めベル家の屋敷へと急ぐのだった。
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