英雄のいない英雄譚

燈乃つん@🍮

第1話 剣と魔法と狼と

進むべき道に迷った時、そっと道を示してあげよう。太陽のようには明るくないかもしれないけれど、優しく微笑む、月のように。


どんなに暗い道だとしても、どんなに苦しい時の中でも。側であなたを守るから。


でも。心が砕け散りそうになって、耳を塞いで閉じこもってしまいたくなる時があったら。


立ち止まって、後ろを振り向いて。其処には、必ず……。


〜〜〜〜〜


この世界の根幹は、五つの元素で成り立っている。


この世を温め万物を照らし糧となる物、炎。

命を育み流れ着いた命を次の命に繋ぐ、水。

世界を巡り淀みを消し恵みをもたらす、風。

豊かな大地となり生き物の支えたる母、土。

瞬く間に迸り他の元素の仲介を担う核、雷。


これら全ては均衡を保っており、時折気候が変化するのはそれらが帳尻を合わせようとしているからである。


そして。それら元素を扱う魔法を用いて戦うのが、我ら<剣士(ナイト)>である…。


「……もう耳からタコが出来るほど聞いたよ、これ」

「そう言わないの。この元素のお陰で、私達は魔法が使えたり日常生活にも役立てるんだから」


この世界随一の面積を誇るエレメント大陸、その中央に位置するルソウ国。更にその中にある≪剣士グレイツ学園≫の、放課後の教室で思わずぼやいた。


「それは分かってるよ…だからこそ、魔法が使えない原因を見つけるため基本に立ち返ってるんだからさ」

「なら良し!偉いぞ、ハーツ♪」


狼の耳と尻尾を小さく揺らしながら、くすくすと微笑み此方を撫でるのは僕の幼馴染の

マガミ•ミオカ。月のように煌めく銀色の髪と琥珀色の瞳が本当に綺麗で、噂では街どころかこの国全体で美人ランキングのトップ3から外れたことはないという。


そんな彼女は僕より数ヶ月先に生まれ物心ついた時から一緒に居るものだから、いつの間にか自らお姉さんと言い張り度々僕の面倒を見てくれる。


因みに、姉さんと呼ばないと拗ねてしまう。


今、僕ことハーツ・コラウと姉さんことマガミが何をしているのかというと…この世界では一般的に普及している、魔法を使えるようになる為の勉強だ。


魔法が使えるようになるのはそんなに難しいことじゃなく、自分が持つ魔力の存在と具体的な魔法のイメージがあれば『法玉』を用いて魔法が使える…のが普通である。


法玉は、この世界の根幹の五元素を濃縮して形にした物。その法玉を最も効率良く使うには、金属を介して魔力を通し発動するのが良いらしい。


それ故に、この世界の武器には殆ど法玉を当てはめる為の穴が空いている。一般家庭の魔法具は、純度の低い法玉を最初から嵌めて作っているので魔力を消費せずにスイッチを押すだけで目的に合った形で魔法が発動するようになっているのだ。


さて、此処で話を整理しようか。この学園のように本格的に魔法を学べる環境下で、何故僕がマガミと訓練すれば誰でも使えるはずの魔法を、使えるようになる為の勉強を1からしているのか。


それは単純で、『僕が魔法を使えないから』である。魔法具は正常に使えるのだが、初心者用や訓練用でさえ魔法を使うことはできない。


「……」

「また暗い顔してる。きっと使えるようになるよ、皆も協力してくれてるんだから」


マガミが僕を元気づけるように握り拳を両手で作り、ファイトとばかりの仕草をする。

その優しさに申し訳なくすら思うものの、

だからこそもっと頑張って1日でも早く魔法を使えるようにならねばと思った。


「うん、頑張るよ!僕は…絶対諦めない」


〜〜〜〜〜


「はぁ……そう簡単には、いかないよね」


あの後、陽が傾き夕焼けに空が染まるまで勉強したり軽く魔法の練習をしてみたけれど…結果はお察しの通り。


時間も時間なので、学園内にある寮に帰ろうとしたところマガミは先生に呼び出しがあると言って名残惜しげに去っていった。


優しくしてくれるのは有り難いが、最近これは唯の過保護なのでは?と思いつつある。


「気晴らしに、素振りでもしよう」


魔法が使えない今、僕に出来るのは剣の腕を磨くことだ。魔法が使えない≪剣士≫なんて聞いたことがないけれど、その剣士が本来討伐する対象である≪魔物(エネミー)≫が魔法しか効かない、ということも聞いたことはないし。


「----おぉ、ハーツ!もう勉強はいいのか?」


校舎の脇にある訓練場に行くと、先に来ていたクラスメイトかつ友人のレイド•ドーソが居た。金属の盾を構えると共に真っ直ぐに剣を的に向けて突き出していたが、僕に気付くと駆け寄ってきたのでフリフリと手を振る。


「やっほ、レイド。いつの間にかこんな時間でさ…ずっと座ってばかりだったから、訓練場が閉められる前に少しでもって思って」

「そうか…何かきっと原因があるんだろうが、悩んでても始まらねえ。お前は剣の腕は良いんだし、何とかなるだろ」


レイドは、僕やマガミがいた村とは少し離れた街から学園に来た。何でも、両親や妹を守れるように、そしてお金もしっかり稼げるように剣士を目指しているとか。


そんなレイドに楽観的に言ってもらえると、何とかなる気がする。頼りになる友達だ。


「よっし、じゃあ手合わせすっか!負けた方が訓練場の片付けな」

「僕は今来たばかりなんだけど?」

「うるせぇ使ったら同じだろ!」


お互い微笑み混じりに軽口を叩きながら、手渡された木剣を受け取って距離をとる。この学園に来てから、レイドとは手合わせを幾度となく繰り返してきた。


今回もまた、勝たせてもらう…!


「行くぞ、たぁぁ!」

「はっ!」


レイドは裂帛の気合いと共に地面を踏み締め、木剣を上段に構えて飛び出してくる。洗練された動きだが、それ故に読みやすい。右肩を引くように体を捻りブン!と空を切らせ、返し刀で軽く振り回して中段に木剣を振るう。


「へっ!初手はお決まりだな…」


しかし、レイドは右腕の盾でガン!と小気味良い音を響かせ危なげなく受け止めた。レイドは左利きなので、右腕に盾があるのだ。


「なら、結果も同じかな!」

「ぬかせ!」


互いに二の太刀を避けるためバックステップで距離を取り、レイドは身構え僕の出方を伺う姿勢を取るので正面から再度突っ込む。


「っ!」


間に挟み込むように正面に盾をどっしりと構えるレイド。体勢を崩す為、その盾を叩き落とすつもりで全力で飛び上がり剣を両手で振り下ろす。


直前。ニヤリ、とレイドが笑う。続けて盾の中心がキラリと緑色に輝いた。あれは…風の法玉!?


「しまっ…!」

「吹き飛べ!」


カァン!と盾を木剣で殴ると同時に、レイドの左手からゴウッ!と風が弾ける。支えの効かない空中にいた僕は、容易く風に吹き飛ばされてしまう。


「ま、だ…!」


この手合わせは、互いに武器を落とした方の負けとなる。だからしかと右手の剣を握り直し、咄嗟に一回転して足を地面に向けて辛くも土煙を上げ着地した。


「……そういえば、レイドは盾に法玉付けてたね。盾だけ金属だったのはそういうことだったか」

「へへっ、魔法を直に浴びたら何か掴めるかもしれねぇだろ?」


してやったりといった様相で歯を見せて笑う様に、やれやれと肩を竦めつつも内心で感謝の念を禁じ得ない。レイドなりに、僕のことを考えてくれているのだ。


あれが魔法…イメージは分かった。後は、僕の中にある魔力の存在を知覚するだけ!


「魔力…僕の中の、魔力…!」


きっと魔法に触れた今なら、感覚が研ぎ澄まされているはず…!


「頑張れハーツ!お前なら出来る!」


レイドも追撃の手を止め、真剣に応援してくれている。今なら、今なら!


瞼を閉じて胸に手を当てる。僕自身に流れているはずの魔力を、当てた手に集中させるイメージ。先ほど受けた風が吹き荒れる感覚を強く思い出しながら、強く念じる。


「……」


声が遠のく。感覚が薄くなる。世界と自分の境界が曖昧になるような、睡魔にも似た酩酊感に包まれていく。


今なら見つけられる…そんな確信さえあるほど、自分が集中しているのが分かる。探れ、次こんなに集中出来るか分からないのだ。


マガミやレイド、他の皆に報いる為にも!

僕の守りたい人を、守れる力を…!


-----ドクンッ、と鼓動が高鳴る。脳裏に一つのイメージが浮かぶ。

それは燃える炎でも、渦巻く水でも、吹き荒ぶ風でも、力強い土でも、轟く雷でも無かった。


これは……?


「……ハーツ!!」

「うわッ!?」


突如、掴みかけたイメージごと自分の体が何かに飛びつかれ押し倒された。その正体を認識するよりも早く、先程まで僕が立っていた場所を黒い疾風が爪痕を残す。


「ハーツ、怪我は無い!?」

「う、うん…ありがとう姉さん。今のは…?」


何故姉さんがここにいるのか困惑しつつも、荒々しく伸びる爪痕の先を恐る恐る見やる。その先で、立ち込める土煙がゆっくりと晴れていく。其処に居たのは…、


「何で…魔物がここに…?」


離れたところでレイドが呆気に取られた表情でポツリと呟いたように、赤い瞳を血走らせ地響きのように低い唸り声を剥き出しの歯の奥から上げる黒い獣だった。


「魔力検知が反応してないし、警報も出ていない…アレは何処から来たの?」

「分からない、僕もレイドも訓練に集中してたから何が何だか…」


マガミが警戒を怠らないまま耳を立て辺りを見渡すが、魔物の魔力を検知する腕輪型の《魔力計》も、侵入された際警鐘を発する国や学園の防衛装置も反応が無い。本来であれば、そんなことはあり得ない。


しかし…現に今こうして、僕らは不測の事態に直面している。今はそんなことを気にしている場合ではなさそうだ。


「マガミ!レイド!」

「ん?」

「何だ!?」

「今はとにかく、あの魔物をどうにかしよう!」


2人はすぐに頷き互いを巻き込まぬよう距離を開け、レイドは盾と腰に備えていた斧を

マガミは小太刀の二刀流を構え獣を見据える。僕も腰の剣を抜き、半身になり臨戦態勢を取る。


『-------!!』


獣が口の端から炎を揺らめかせながら咆哮を上げると、奴の影が不自然に盛り上がり繭が破れるように溶けると中から小型の魔物の群れが飛び出してきた。


「ちっ!コイツ…!」

「魔物を生み出すなんて!」


レイドとマガミがあっという間に取り囲まれてしまう。一体では大した脅威では無いが、こうして群れを成すから常に警戒対象なのだ。


『-------!!』

「くぉっ!」


その隙間を縫うように獣が僕に肉薄する。


獣の素早さに目を見張り、咄嗟に剣の腹を突き出し裏から手で支えるブロックの構えで防御しようとする。


だが。振り下ろされた剛腕は、飴細工のように容易くパキンと僕の剣を叩き折ってしまった。


「え……?」


そして…ガクンッと視界が下に落ちた僕の体は、いつの間にか宙を舞っていた。気が付くと同時にダァン!!と背中から地面に墜落し、その衝撃でカハッと肺の中の空気が押し潰されて喉奥から溢れ出す。


「ハーツ!!」


マガミの悲痛な声が聞こえた。目の色を変えて瞬く間に魔物の群れを小太刀で薙ぐように蹴散らしていく。此方に駆け寄ろうとするものの、間に魔物や獣が立ちはだかりその爪や巨体を振るい中々此方に近付けない。


「ちくしょう、どうなってやがる!?」


レイドもぼやきながらに盾と斧を使い分け防御と攻撃を的確に魔物の群れを減らしていき魔法を使おうとするが、数が多すぎて徐々に防戦を強いられていく。


ぐらり、と視界が歪む。ぼやける視界の中で辛うじて自分を見ると、仰向けになった体に爪痕が走り熱い血液が少しずつ溢れ出していた。


あぁ…死ぬのか、僕…。マガミにも、レイドにも恩を返せず、自分自身すら守れないままに。


僕は自分の体が指先から冷えていくのを何処か遠くで感じながら、不意に世界について考えて始めた。


漠然としか考えていなかったけれど、世界にはこうして魔物の被害を受けている人がいっぱい居るんだよな。きっと、こんな風に死に際すら訪れなかった人も…看取れなかった人も。


その悲しみはやがて…マガミ達すら襲うだろう。どんなに魔法を扱えても、どんなに武器を振るえても。剣士として戦っていても、いや、戦っていくからこそ余計に。


「それ、は…駄目、だ…」


漸く分かった。僕に魔法が使えなかった理由、それは…覚悟。何となくこれが正しいから、普通だからと扱えるようになろうとしてたから。魔法を扱い、武器を振るって戦うことを本当の意味で理解していなかったからだったんだ。


「ぐ、あああ…!」


一言漏らしたことで、急速に全身に火が灯ったように熱くなる。打ち付けた背中が痛い、切られた腹が熱い、血が流れていく寒気もする。何とか体を起こし立とうとするけれど、上手く力が入らず蹲ったまま立ち上がれない。


立て、立てハーツ・コラウ!立って戦え、守れ!こんな痛くて辛い思いをする人が、1人でもいなくなるように!大切な人達を、守るんだ!


グッと己を鼓舞しながら手に力を込める。

そしてイメージする、先程自分の中を覗いた時に触れたアレを。


『-----?』

「っ!?ハーツ、逃げてえ!」


獣が此方を向く気配がした。それでも尚、集中する。あの時見たのは、どの属性でも色でもなかった…今、ハッキリと『掴んだ』。


『-------!!』


今までの雄叫びの中で最も腹に響くような叫び声を上げて、獣の凶刃たる牙が一陣の風となって迫り来る。


「……せああああッ!!」


僕はしっかと立ち上がり…右手に掴んだ剣を、全力で右肩から左腰目掛けて振り抜いた。鈍い刃物で空気を震わす甲高い音が響き、無防備に晒された獣の腹が斬り裂かれ

視界が一瞬赤い光に包まれる。


『------!!?』


獣は、悍ましい叫び声を上げて大きく吹き飛び一度地面でバウンドしてから此方を警戒するように屈んで真っ直ぐ睨みつけてくる。

どうやら、本能で命の危機を察知したらしい。


「ハーツ…あなた、それ…」

「おいおい、マジかよ…」


痛みを殆ど感じないほど興奮しているらしく、真っ直ぐ立っている僕と右手の剣を見てマガミとレイドが目を丸くする。無理もない、僕自身まだ驚いているんだから。


「まさか…僕の魔法が、『剣』だったなんてね」


右手には、法玉を嵌める穴の開いた一振りの剣が握られていた。その形状も紺碧と白銀の色も、どちらも見たことはない。これは僕が魔法で生み出した、剣なんだ。


『-------』


警戒して獣は屈んだまま、自分からは動こうとしない。少しでも動けば、飛び掛かると言わんばかりの怒りを滲ませた瞳。僕自身も、すぐに痛みがぶり返してしまうだろう。


勝負は一瞬。次の一撃で決まるのはこの場の誰もが感じている。けれど…返刀としての魔法も、攻撃手段としての魔法も僕は持ち合わせていない。


飛び込んで、もう一度…あの傷口を狙って今度こそ断ち切るつもりで切るしかない!


「ん……?」


グッと剣の具合を確かめるように固く握った時、足元で煌めく何かが見えた。視線だけで見ると、いつの間にか赤い法玉が転がっている。さっき切り付けた時に見えた光は、これだったのか。


よく見れば、この剣にも法玉を嵌める穴がある。一か八か、だけど…やってみるか。上手く言えないけれど…『この剣が、あの法玉と繋がっている気がする』んだ。


「……ッ!」

『------!!』


刹那。しゃがみ法玉を手にすると同時に、獣も弾き飛ばされたかのように飛来する。カチャリ、と法玉は寸分違わず剣に嵌め込まれ剣を中心として紅蓮の炎を巻き起こす。


「食らえええええッ!!」


矢を引き絞るように右肩を引き、牙と爪で僕を喰い殺そうとする獣目掛けて…渾身の力で突き出した。


炎の爆ぜる音と吹き荒れる爆風がうねりとなって轟音と共に獣を呑み込み、周囲を僅かに焦がすほどの熱量の中で獣は微塵も残さずに夕焼けに溶け消えていった。


「……ハーツ、凄いわ…貴方、魔法が!」

「やった…やったじゃねぇかハーツ!ついに出来たんだな!」


残っていた魔物も煙となって消滅し、暫しの静寂の後でマガミ達が喜色満面で駆け寄ってくる。それが嬉しくて温かくて…僕は。


「ハーツ…?そんな…ハーツ!!」


糸が切れた人形みたいに、膝から崩れ落ちる。そしてそのまま、指先一つ動かせなくなって…意識は泥の海に音もなく沈んでいくのだった。


「……いよいよ、か」


最後に聞こえたその声は…一体、誰だったのだろう。

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