第59話 騎士の在り方 ⑤


「…………」


 やはり、答えは無い、か。


 けれど確かに、僕は見た。

 その氷蒼の瞳が、僕の存在を確かに認めて、揺れ動いたことを。

 僕は、再び問いかける。


「答えてくれ、エリザ。でなければ、この先には……」


「お前に話すことなど、なにも無い」


 彼女の返答は、ごく端的な拒絶だ。

 だが、本当にそうか?

 本当に彼女は僕をただ切ろうとしているだけだろうか?

 なら何故このすぐに首を飛ばせる状況で彼女の動きは止まっている?

 いや、そもそも。

 剣の先が、微かに震えているのは気のせいだろうか?


「エリザ!」


 彼女の右目が赤い燐光を吐き出す。


「黙れ!」


 その光に呼応するかのように彼女の感情が昂ぶりを見せた。

 それでも僕は問いかけることを辞めない。


「いいのかエリザ!君はそれで!僕はずっと後悔してる!あの日のことを!」


「黙れと言っている!」


「黙るものか!あの日、僕は君の拒絶に引き下がった!その結果が今だ!今度こそは……」


 その時だった、カタン、と乾いた音が部屋の中に響く。


「あ……」


 音の方に視線を向けると、そこには扉の前で呆然と立ち尽くすリット少年の姿があった。

 僕は咄嗟に声を上げる。


「逃げろ!」


「あ、あ」


 けれど、リット少年は動くことが出来ない。急にこんな場面に遭遇したんだ、当然か。

 それを見たエリザの瞳が奇妙に歪みを見せる。

 まさか。


「なあ、カーク」


 エリザが剣を掲げた。しかし、それは僕に向けてではない。

 今まさに、立ち尽くしている無力な少年に向けて、だ。


「やめろ!何を考えて……」


「守れるものなら守ってみろ!正義の騎士様らしくな!」


 エリザの剣が振り下ろされ、同時に氷の礫がリット少年に襲い掛かる。


「くそ!」


 それよりも一瞬早く飛び出した僕は、なんとかリット少年の盾になるように飛びつき、庇うことに成功する。


「っぐあ!」


 しかし、代償は大きかった。

 僕は肩口に氷の礫を受けてしまったし、なにより剣を手放したままだった。

 これではまともに戦えない。


「騎士様!」


「いいから」


「滑稽だな!カーク!」


 背後から、声がした。


「その子供を見捨てて、剣を拾うなり私を取り押さえるなりすればよかったのに!君はそうしなかった!そんなに騎士の誇りとやらが大切か!」


 僕はリット少年を背に庇い、じりじりと後ずさりしながら言い返す。


「君こそ今の魔術、礫ではなく氷の矢を放っていれば僕に致命傷を与えられていただろう。だが、君はそれをしなかった。余程僕を殺したくないらしいな」


 少しオーバー気味に口の端を吊り上げて笑ってやる。それは安い挑発だったが、思いのほかエリザの反応は大きかった。


「思い上がるな!」


 苛烈な口調と共にエリザが氷の矢を再度展開する。だが、僕だってそれをただ見ているだけではない。


「走れるか?」


「は、はい」


 リット少年を促して先に詰め所の廊下を走らせる。目指すは外だ。


「逃がさない!」


 エリザが氷の矢を放つ。僕は急いで扉を閉めて、全力で出口に向かって走る。


「騎士様!」


 扉と、その向こう側の壁が破壊される音を背に、リット少年の居る出口に向かう。

 後、少し。


「早く!」


 詰め所を脱出し、振り返る。

 エリザは、僕たちを追ってこなかった。


「おかしい」


 今、状況は圧倒的に彼女に有利なはず。

 なのに、僕らを追ってこないのはなぜだ。


「騎士様?」


「なんでもない。行こう」


 考えてても仕方がない。今はこの猶予を有効に使うべきだ。

 ひとまず、リット少年だけでも遠くに逃がすのが先決……。


「あ、あれ!」


 リット少年の指さす方を見ると、そこには騒ぎの音を聞きつけてきたのか、何人かの村人が灯りをもって集まってきているのが確認できた。


(有難い。彼らにリット少年を預かって任せて、どこか遠くに避難して貰えれば)


 そこまで考えて、村人たちに手を振るが。


(なんだ?)


 気配が、違う。

 各々が鎌や鍬など武器になりそうなものを手に持ち、ふらふらとどこか危なげな足取りでもってこちらに近づいてくる。

 だが、目的意識ははっきりしているのか、彼らの目はしっかりとこちらを捉えていた。

 僕を見るその目の色は、薄く発光する、赤色で。


「余所者」

「余所者だ」

「あいつが」

「あいつが、悪い」

「追い出さなくては」


 近づいてくれば声が聞こえる。低く、呻くような声で口々に呟くのは、呪詛のような言葉の数々。


「なんてことだ」


 これはやばいと直感して反対側に足を向ければ、そちらの方にも夜を照らす淡い灯りがゆらゆらと揺れている。


「捕まえろ」

「この村の平穏を乱すものを」

「許すな」


 呪詛の声も、どんどん大きく、近くなっていく。


(この村全てが、すでに、罠の内側か)


 気が付けば、周囲はすべて災厄の渦中。

 傍らのリット少年も怯えたように僕の後ろに隠れている。


「騎士様、何が起きているの?」


「僕にも分からない」


 誰が、どんな方法でこんな真似をしたのか。

 剣すらなく、味方と言える者もいないこの状況で、どうすれば。

 不意に、村人の一人が、立ち止まって何事かを喚きながら大きな動作を行う。

 風切り音がして、僕らから少し離れた位置に矢が突き刺さった。誰かが狩猟用の弓を持ち出したのだろう。今は距離と、夜の闇で見通しが悪くなっているから見当違いの方向に射かけられているが、これがもし距離が近くなり、数も増えれば。


「想像したくもないな」


 僕はおぼろげに光る灯りを頼りに、リット少年を伴ってなるべく村人のいない方へと走り出す。


(誰が)


 夜の闇に紛れるように走りながら、僕は思いを馳せる。


(誰が、こんなことを)


 報告の通り、エリザは、居た。

 ならば、もう一人は?

 そんなことはバカな想像だと、必死で自分に言い聞かせる。

 アルとは考え方こそ違っていたが、エレオノーラ様を思う気持ちは一緒だったはずだ。なら、こんな大それたバカげたことをするはずがない。


(ただ)


 あの、神託で見たもう一人の黒い影。あれが、アルだったとしたら。


(関係ない)


 だとしたも、ここで魔王となる者を倒して全てを終わらせるだけだ。

 それこそが、神託を授けられた者の使命なのだから。




 村の中央。広場に備え付けられた物見の上で、俺はそれを眺めていた。


「さあ、どうする?」


 周りはすべて敵。その大多数が守るべき村民では切って捨てることすらできない。

 その上で、互角以上の実力を持つリズに狙われ、足手まといまで連れている。


「見ものだな。姫さんの近衛騎士様」


 さあ、楽しもう。

 せっかく時間をかけて舞台を整えたのだから。


「少しは楽しませてくれよ?」


 夜はまだ、始まったばかりだ。

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