エリクサー

エル

第一章 Dive to world

第1話 Dive to world①


 いつから、世界はこんなにもぶっ壊れちまったのか。


「警告します。あなたの使用したプログラムは国際法によって固く禁じられ……」


 俺は世界を自由に飛ぶ。

 影の外套を纏い、物理法則に囚われることなく中空を蹴り、公安の間抜けを嘲笑う。

 俺に追いすがってくるあの戦闘ヘリ型の仮想体も、今はごちゃごちゃと詭弁を並べているが、最終的にやることは変わらない。


「警告に従わない場合は!降伏の意思なしと判断し攻撃を開始する!」


 反応を示さないことがお気に召さなかったのか、早口気味に最終警告とやらをまくしたてられる。


 俺は進む方向は変えずに、体だけ反転して影で巨大な手を作った。

 そして、人差し指を立てて二度、手前側に折り曲げてやる。

 その古臭い挑発に仮想体の操縦士はブチ切れたのか、戦闘ヘリの機関砲が火を噴いた。


 俺は影で出来た顔をニヤリと歪ませて、その凶弾を躱していく。

 あの操縦士は、まるで弾の方が俺を避けていくような錯覚を覚えていることだろう。それも当然。この影の外套には認識阻害のプログラムが組み込んである。

 三流の腕では、まず当てることなどできない。

 俺は幽鬼的に、揺れるように動いて、さらに操縦士を挑発する。

 ほら、こっちだ、よく狙えよ。そんな意図が相手に伝わるように。


 この操縦士は、はっきり言って雑魚だ。

 あんな玩具を使っているのがその証拠。脳が成長してから電脳世界を体験した第一世代は、乗り物を通してでしかこの世界で自由に飛ぶことができない。

 幼少期からこの世界に慣れ親しんだ第二世代は、人型の仮想体を使って自由に飛ぶことが出来る。

 その差はあまりに隔絶的だ。装備や練度で補うことが不可能なほどに。

 らちが明かないと判断したのか、戦闘ヘリが無言で追尾ミサイルを発射する。

 俺は影の中から一枚、カードを取り出してミサイルに投げつける。


「なに!」


 効果は覿面だった。ミサイルはカードに触れた瞬間ノイズを吐き散らかしながら消失していく。

 俺は続けてもう二枚、別々のカードを取り出して戦闘ヘリに投げる。

 一枚のカードは戦闘ヘリの周囲を守っていた防壁に張り付き解体を始め、もう一枚は防壁をすり抜けて戦闘ヘリに直撃する。


「あぁぁぁぁぁ!」


 防壁をすり抜けた方のカードは軽度の操作妨害だが、これがまた、第一世代にはよく効く。

 制御不能になった仮想体の中で操縦士が混乱している間に、俺は影の腕を使ってボロボロになった防壁を破壊し、戦闘ヘリに肉薄した。


「よう」 


 操縦士は泡を食ったように防壁の再構築を試みるが、どう考えても手遅れだ。

 俺は巨大な影の腕を形成し、戦闘ヘリを鷲掴みにする。


「あ、あ、あ、ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 脅しの意味も込めて少しずつ圧力を加えてやる。

 すると数秒も立たないうちに、戦闘ヘリから生気のようなものが抜ける感覚がした。

 操縦士が緊急離脱を行ったのだ。腰抜けめ。


「ふん」


 俺はすぐに無人の戦闘ヘリを握り潰し、跳躍を再開した。

 あと少しで、安全圏に入る。そこまでいけば痕跡を一切残さず帰還できるはずだ。

 しかし。


「ん?」


 気づけば、辺りにアンカーが撃ち込まれていた。これでは、このエリアからの移動はおろかログアウトすらできない。


「ほう」


 次いで、後方から激しいノイズが走る。

 俺は振り返りもしないで影の腕を振るった。

 新しい襲撃者の剣戟は、影の腕によって阻まれる。

 襲撃者は中空に着地すると、先ほどこちらに叩き付けてきたブレードを構えなおした。

 今度は戦闘ヘリ型ではない。人の形を模して造られたパワードスーツ型の仮想体だ。

 まだ実戦配備の情報はなかったが、いつの間にあんなものを用意したのか。


 だが、異変はそこで終わらない。世界の歪みを感じると、自分を囲うように三か所にノイズが生じ、何もなかった空間に唐突に同じ型のパワードスーツが三機現れる。

 かなり強引なやり方で無理やり転送されたようだが、後の影響さえ考えなければ有効な手段だといえるだろう。

 合計で四機、まだ極秘扱いである最新鋭機がずらりと自分を囲っている。

 四機のうち二機がブレードを構え、残りの二機が銃口をこちらに向ける。

 まるで殺人機械のような無機質な殺意。

 今日のため、このウィザードを殺すために誂えられた精鋭たち。

 ああ、そうだ。こいつらは化けものだ。

 だが、忘れてはいけない。

 俺は、それ以上の。


「来いよ。遊んでやる」


 俺は嗤った。できうる限り残忍に、冷酷に、愉しそうに。


「俺を、殺せるものなら、殺してくれよ」

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