第55話「奏者の極致!神の御業・完全聖転換」


2023年 8月1日 17:30分


 輝世達樹らを乗せたミレニアムクルーズは夕暮れ時に想武島へと到着。続々と船から下船していく奏者達の目前に広がるのはあたり一面の自然、奥行きが全く見えない程生い茂った木々の数々。

 そんな中で柵やセキュリティカメラなど人工的に管理されているであろう設備も所々に見受けられる。


『みんな集まったかな?』


 設置されている屋外拡声器から社長である下國昇斗の声が聞こえてくる。


「しゃ、社長もわざわざ来てんのか!?」


『当然さ。可愛い部下の奮闘する姿は間近で見たい物だろう?』


「聞こえてんの!?」


 Delight側の徹底した管理体制に驚く達樹だが昇斗は気に留めることなく続ける。


『皆もわかっていると思うが昨今の憎愚の活性化は前年までに比べ加速度的に勢いを増している。今回の合宿は他の奏者及び抗者と共に競い合いぶつかり合う事で新たな戦闘スタイル、イマジネーションの拡大や全体的な戦力の底上げを目的としている』


『そして奏者達諸君には完全聖転換かんぜんせいてんかんにいち早く至ってもらう必要がある』

 

「か、完全聖転換……?」


 各奏者達の頭上に?マークが浮かぶ。


「アイドルの力を自らの肉体、そして魂を極限までに鍛え上げ適合させ、アイドルの力を極め抜いた末に辿り着く奏者における最高到達点。完全顕現とは全く異なるもう一つの形態。それが完全聖転換」


 そう語る男は一瞬にして達樹達の前に現れた。白衣を纏う癖っ毛が随所で見られる男からは圧倒的な威厳が放たれていた。


「自己紹介をする。名前は鳴瀬博也なるせひろや。対憎愚特化戦力部隊 十番隊隊長 憎愚特化武装開発部管轄。特に覚えなくてもいい。今から合宿内容について簡潔に説明する」


「ちょ……ちょっと待てよ!」


「なんだよ。話の腰を折るんじゃないよ」


 博也の話を遮ったのは二番隊の新鋭隊員である赤髪の少年宮守龍二であった。龍二は声高に博也へ訴えかける。


「せいてんかんって聞いた事あんぞ。性別が変わっちまうやつだ!俺達がこのまま強くなってったら女になっちまうって事かよ!?」


「別に常時女になる訳じゃない。今のお前達の微顕現がちょっとだけ女になってるんだとしたらそれが完全に女になるってだけの話だ」


「そ、それでも……すんなり受け入れらんねぇよ……」


「そうだぜ!たまに女になっちまう男なんてモテる訳ねーだろーが!」


 龍二に続き八番隊の新鋭隊員である姫村和斗も将来の自分の姿に不安を覚え博也へ食らいつく。

 完全聖転換の概要に対し反発する二人であるが主張せず抑え込んでいるだけで同じ意見や動揺している奏者は数多くいた。

 そんな騒つく奏者達に昇斗が口を開く。


『10年前、一度世界は終焉を迎えかけた。憎愚がこちらの成長速度を遥かに上回る速さで力が増し、数も増えたからだ。

 理由は国民から絶大な信頼、人気を寄せていたトップアイドルの不祥事が発覚し、大衆の目に晒されたから。

 数多のファン達は崇拝する神の失落に心折られ絶望した。負の感情がとめど無く産み出され憎愚は瞬く間に活性化。人を蝕み喰らい始めた』


『憎愚を止めるべく総力戦の戦争が始まった。力の差はそこまで離れてはいなかった。ただ戦力に絶望的な差があった。抵抗も虚しく次々と仲間達は殺されていく。形勢も一向に好転する気配は無く、全滅も十分にあり得る状況だった』


『そんな窮地を救ったのが輝世凌牙、仙道巳早、三上翔一の三人。彼らは自らの存在を聖女へ変え、圧倒的な御業みわざを行使し憎愚達を殲滅し始めた。

 彼らの活躍無くして今私たちはここにいない。私は確信した。完全性転換はどんな絶望をも希望へ変えこの世界を明るく平和な世界へ導いてくれる存在だと』


 気づけば昇斗は達樹達奏者の目の前にいた。思わぬ登場に隊長達まだもが驚きを隠せない。

 だが昇斗はどうしても直接肉声で伝えねばならない事だと感情が抑えられず放送室から抜け出してしまっていた。


「私から後生一生のお願いだ。君達の身の安全は私が保証する。この世界を救うには完全性転換の力が必要なんだ。

 だからこれまで通り弛まぬ鍛錬を重ねてより高みを目指して欲しい。この世界を救う為にも力を貸して欲しい……頼む」


 昇斗は深く頭を下げ奏者達に乞い願う。側にた博也が頭を上げてくださいと駆け寄る中。奏者、抗者達は言葉を失っていた。

 ここまで誠心誠意を込めて切望する昇斗を誰も見た事がなかったからだ。

 昇斗の本気の思いに抵抗があった奏者達も徐々に課せられた宿命だと割り切り徐々に受け入れていく中で達樹が自らの決意を声に出す。


「社長、俺やります!完全聖転換ってやつが出来るようになればもっと強くなれるんだろ。なら目指す以外に選択肢はねぇ!」


「ったく髪伸びるのでさえうざかったってのに行き着く先は女だなんてな……」


「光也はツインテだし男のままだと絵面きついもんな。誰よりも早く目指した方がいい」


「よぉし後でお前はぶん殴るからな」


 隼人のナチュラルdisに対して怒りを込み上げる光也を他所目に仕切り直しとして博也が再び切り出す。


「では改めて今回の合宿の内容を説明する。合宿は計5日間。早速今から第一プログラムを始める。第一プログラムは基礎体力の確認を兼ねた『超豪華宿泊施設目掛けて直走れ!妨害トラップなんでもアリの想武島外周マラソン』だぁ!」


 ―――― to be continued ――――


あとがき

完全聖転換とは例えるならば卍解のような立ち位置なのである。

 

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