第34話「ありがとう親友」
時は遡り2年前。2021年 7月16日
当時高校1年生の未萌奈が通う森陵高等学校からの下校中。夕陽に照らされながら歩いて帰っている二人の少女の姿があった。
「未萌奈ちゃん今週の日曜日空いてる……?」
そう未萌奈に話しかけて来たのは未萌奈の親友であり小学校からの旧友。佐渡沙由香。
黒髪に長いロングヘアツインテールの控えめな性格で温厚な優しい女の子。
「空いてるよ!どこ遊びに行く?最近出来た小動物カフェとか行ってみたいなぁ〜」
親友からの提案に元気いっぱい天真爛漫な笑顔で答える。
この頃の彼女は穢れという穢れを知らない純粋無垢な女の子であった。
「そ、それも楽しそうでいいと思うけど、未萌奈ちゃんアイドルに興味ない?」
「アイドル?うぅ〜〜ん……無くはないけど」
「今週の日曜日に近くのライブハウスでライブがあるの!未萌奈ちゃんも一緒に行こうよ!」
「えぇ〜?私そういうの行った事ないよ?緊張するって〜」
「大丈夫!私も行った事ないし!ほらこれ見て!私が気になってる地下アイドル『綺羅綺羅星』の清原清純君!金髪のサラサラヘアがかっこいいでしょ!?」
「めっちゃ清純ですってアピールしてくる名前だね……」
「ファンのみんなから優しいイケメンって言われてて一回会ったらすぐ虜にさせちゃうんだって!リンスタのフォロワーも凄いんだよ!」
「へぇ〜〜」
未萌奈の反応が微妙である事も気に留めずグイグイ話を進めていく。
未萌奈は沙由香からここまで激しく主張されたのは初めてだった。普段の行き先や昼食を何にするかなど、ありとあらゆる選択は未萌奈に委ねられていた。
そんな彼女からきっての要望を無碍には出来ないと未萌奈は了承する。
「やった!持ち物はとりあえず2000、3000円くらいあれば大丈夫なんだって!それじゃあまた日曜日ね!」
そう言い残し沙由香は立ち去って行く。余程楽しみなのか彼の話をする時の沙由香は常に笑顔で溢れていた。
(あんなに嬉しそうなさゆ初めて見たかも。ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいよね)
――――――――――
翌日 渋谷 14時00分
待ち合わせ場所にて一足早く到着した未萌奈は沙由香の到着を待っていた。
服装は特に着飾らず普段使いのパーカー。特にヘアスタイルも他所行き用にはしていない。
スマホを弄り暇を持て余しながら待っていた矢先沙由香が現れる。
「ごめーんお待たせ!」
「全然だよ!っておぉ……気合い入ってるね」
現れた親友の姿はあからさまにこの日の為に新調したであろう新品のファッションで包まれており、精一杯背伸びをしたフリフリのワンピース姿が健気さも感じられて眩しく感じた。
「それじゃ行こ!ライブ始まっちゃう!」
そのまま沙由香に連れられるままライブハウスに到着する。入り口で今回の目当てであるアーティストを伝えてドリンク代を支払い入場する。
始めてのアイドル現場に未萌奈達は困惑しつつもライブステージへの扉を開けるとそこには大量の観客と黄色い声援で溢れていた。
「な、なんか凄いね」
「私達も負けてられないよっ!サイリウム振って応援しよ!」
「えっそんなの無いけど」
「じゃあ代わりにこれ!ボールペン!」
(ボールペンで良いんだ……)
周りの圧倒的な熱量になんとか抗い付いていく未萌奈達。あっという間にライブは終わり帰ろうとした矢先沙由香に引き止められる。
「まだ帰っちゃダメだよ!」
「えっ……まだ何かあるの?」
気だるげに未萌奈が聞くと食い気味に沙由香が答える。
「勿論!むしろここからが本題と言っても過言じゃ無いよ!」
「アイドルって歌って踊るのが本題なんじゃないの?」
「それもそうだけど物販があるんだよ!チェキ撮ったりお話ししたりできるの!」
2〜3000円くらいの予算と言っていたのにドリンク代の600円で済んだ事に疑問を抱いていた未萌奈であったが謎が解けた。
地下アイドル界隈だとライブ終わりもしくは事前に物販と呼ばれるファンとの触れ合いの場があり地下アイドルの主な収入源はその物販からなる物だと沙由香から教えられる。
故に応援するなら物販で何かしら貢献する事が必須であると。
(とは言っても推しとかいないしな……チェキ1枚1000円って……サイデでお腹いっぱいになれるよ)
あからさまに抵抗の意思を見せる未萌奈であったが沙由香に一人では恥ずかしいと強引に迫られ渋々購入する事になった。
沙由香の後ろに並ぼうとしたら別の人にしてくれと言われてしまい適当に隣の列に並ぶ事にする。
そうこうしてる間に未萌奈の順番となり購入券を渡してアイドルが笑顔で迎え入れる。
「お待たせー!初めましてかな?唇プルプルでかわいいね♡」
「あはは、ありがとうございます」
「ワンショ?ツーショ?希望のポーズとかある?」
「え?なんて言いました?わんしょ?」
「はは、君アイドル現場初めてでしょ。ワンショは俺一人の写真でツーショは君と俺とでツーショでチェキ撮るって事だよ」
「なるほど。じゃあワンショで」
「えぇ〜〜僕からしたらせっかくの始めてなんだしツーショで撮りたいんだけどなぁ?ダメ?」
「大丈夫です」
「ちぇ〜〜」
こうして撮影が終わり、軽い雑談ができる時間となる。
数秒間の間で男は甘い言葉を未萌奈にかけ続けるが聞く耳持たずして時間終了の合図と共に未萌奈は会場を後にした。
(なんか謎に疲れたな……)
変に気を遣い続け精神的にも疲弊した未萌奈。
遅れて沙由香がライブハウスから出て来たが、その様子は明らかに高揚しており勢いよく未萌奈へ駆け寄ってくる。
「ねぇ未萌奈ちゃん!やばかった本物!!未萌奈ちゃんもやばかった!?心臓バクバクしてる!?」
「う、うん色々やばかったよ。とりあえず落ち着いて?」
興奮鳴り止まない沙由香はその日中心ここに在らずと言った具合で清純と言うメンズアイドルに魅力されているようだった。
この日は二人で気になっていた服や香水を見た後に仲良く外食をして解散となった。
だが両者笑顔で別れたこの日を境に沙由香は少しずつ変わり始めていた。
まずバイトを入れる回数が格段に増えた。推しのライブへ通う為である。故に未萌奈と遊ぶ回数が徐々に確実に減っていった。
その様子はどこか切羽詰まっているように感じて心配して声をかけたりもしたが沙由香は空返事ばかり。
何かに取り憑かれたような明らかな様変わりようはクラスの全員が察する程だった。
「さゆ今日もバイト?ダメとは言わないけど使い過ぎはよくないよ」
「別にいいでしょ。私が稼いだお金なんだし」
「そうかもだけど……さゆ最近おかしいよ。また前みたいにカラオケ行ったりしようよ」
「無理。もっと稼がないと……清純君に好きを伝えないと」
「別に程よく楽しんだらいいんじゃ……」
「ダメなの!!もっともっと頑張らなきゃ清純君に認めてもらえないから……」
「み、認めてもらうって別にそこまでしなくても」
「うっさい!!アイドルに興味ない未萌奈ちゃんにはわかんないよ!!」
「ちょ!さゆ!!」」
怒りを露わにして沙由香はその場を去っていった。
この時点で既に未萌奈の知る穏やかで温厚な沙由香の内面は既に負の欲望に侵食され始めていた。
二人の間に亀裂が入り始める中、夏休みが始まる。
高校生になって初めての夏休み。プチ旅行に行く予定を立てていた二人であったが当然キャンセルとなった。
それどころか夏休みの間。沙由香とは一度も会う事は愚か、まともに連絡すら返って来ずにいた。
未萌奈に不安と不信感が募る中、悶々とした日々が過ぎていき新学期が始まる。
ようやく親友に会えると待ち望んでいた新学期初日。だがそこに沙由香の姿はなかった。
ここで未萌奈の情緒は限界を迎える。
(いい加減にしてよ。あのアイドルの現場に行った日から明らかに様子がおかしくなった……あの清純って奴に何かされてるとしか考えられない……!)
変わりゆく親友。優しい微笑みを向けてくれた親友の面影は最早皆無。
学校にも来ない連絡も返さない。一見そんな人間とコンタクトを取る手段は無いように思えるが未萌奈には沙由香の居場所に確信があった。
(こうなったら直接乗り込んでやる)
未萌奈は清純の所属するアイドルグループ。『綺羅綺羅星』のライブ開催情報を検索する。
調べた結果今日の夕方から無線ライブが近隣であるとの事だった。
未萌奈は会場前にて沙由香を待ち構えることにする。
するの案の定沙由香は現れた。だがその見た目は以前の沙由香とは到底思えない物へ変貌していた。
「あっ未萌奈じゃん!みてぇ?未萌奈とおんなじピンクのメッシュ入れてみたんだぁ?舌ピもちょーイケてるでしょ?地雷系でびゅ〜〜してもた!」
「さ……さゆ……?何があったの……?」
「一皮剥けたぁ的な?垢抜けしたでしょ?清純君がこういうの好きでぇそれに合わせて的な?匂わせやばいっしょ?」
親友の変わり果てた姿と知能の低下に未萌奈は絶句した。
とても同一人物とは思えなかった。目の前に突きつけられた現実を受け止める事ができなかった。
「ね、ねぇ。この後久しぶりにご飯でもいかない?気になってるお店があるんだけど……」
動揺を隠しきれないままダメ元でかつての親友へ提案する。
「えー無理ぃ。この後朝まで出勤あるからさぁ」
「……高校生は22時までしか働けないよ?」
「……あっミスった笑今の聞かなかったことにしてぇ」
「出来るわけないでしょ。なんの仕事してるの?法に触れてないよね?危ない仕事してるなら今すぐ辞めて」
「ちっ……うっせぇな!未萌奈。今の私はこの数ヶ月精一杯頑張って努力してお金稼いでせい君に貢ぎまくって……ようやくせい君の本カノになったんだよ?今私は最高に幸せなの。私たちの幸せを邪魔しないで」
「彼女にお金貢がせる彼氏がいるわけ無いでしょ!!良い用に使われてるだけだよ!!目を覚まして!!」
「うっさいうっさい!!せい君は私だけを特別だって言ってくれてるもん!いつか結婚するんだから!!未萌奈はもう首を突っ込まないで!!」
「さ、さゆ!!」
沙由香はそのまま走り去っていった。
これを機に沙由香は一切学校にも来なくなり連絡先を取ろうにも完全にブロックされてしまう。
ここまでされてしまっては会わせる顔がないので釈然としないまま未萌奈の日々は過ぎてゆき気が付けば10月の半ばとなる。学業にも身が入らないままただただ虚無に時間が流れて行く感覚。
未萌奈は虚無感に囚われながらの日々だった。そんな10月半ばの深夜に着信が鳴る。眠い目を擦りながらスマホを開く。
その送り主の名前を見て未萌奈の眠気は一気に消し飛ぶ事になった。
「さ、さゆ!?」
慌てて着信を取る。
「もしもし!?」
『ごめん未萌奈。私が間違ってた。
未萌奈の言う通り私はあいつに良いように使われてるだけだった。もう私は飽きたから用無しなんだって。バカな親友で本当にごめんね』
そう話す口振りはどこか息絶えそうで喋り方もハッキリとしていない。風音も聞こえてくる事から屋外にいる事が察せられる。
正常ではない親友の様子に未萌奈は声を荒げて問う。
「そんなの気にして無いから!!大丈夫!?明らかに変だよ!?」
『あはは……ふざけんなって怒ったらいっぱい殴られたりぶつけられたりしちゃって……血が止まんないんだよね……』
「そんなっ……!?は、早く救急車呼ばないと!!」
『大丈夫……もう無理だってわかるから』
「そんな事言わないで!今から救急車呼ぶから!!」
そんな未萌奈を気に留めることなく沙由香は最後の力を振り絞り話し続ける。
未萌奈も声色から沙由香の心情を察し、一切割り込む事なく必死に聞き続ける。
『あいつには私の全てを捧げてきたのに……身体も心もボロボロにされて……もう私には何も残されてない。挙げ句の果てにはこんなにされちゃってさ。さっさと死んでやろうって思ったんだけどね。
でもその前に色々思い返したら……未萌奈と一緒にプリクラ撮ったり、食べ歩きしたり、カラオケ行ったり。未萌奈と一緒に遊んでた時が私の人生で一番楽しかったなってすごく思ったの』
『だからこれだけは言いたかったの。こんな私なのにずっと親友でいてくれてありがとう。いっぱい遊んでくれてありがとうって』
沙由香の声量が小さくなる。
「私はまだまだ遊び足りないよ!!さゆと一緒に旅行行ったり美味しい物食べたり映画見たり!!もっとさゆと一緒にいたいよぉ!!」
『……最後に未萌奈の声聴けて良かった……』
『未萌奈は……幸せな旦那さん見つけてずっと幸せな人生送ってね……ちゃんと長生きしなきゃダメだよ』
「待って!!さゆ!?もしもし!!さゆ!!?大丈夫!?さゆ!!返事してよぉ!!!」
一切の沙由香からの返事がなくなる。電話も切られる気配がない。聞こえてくるのは夜風に運ばれる雑音のみだった。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
未萌奈の叫びが深夜にこだまする。その日の晩は未萌奈は怒りと悍ましさに包まれ怒りと絶望のまま荒れ狂った。
翌日のニュースですぐ沙由香の件は取り上げられた。
犯人である清純は即身柄を拘束される。実刑判決を食らい留置所に入れられた。
だが失った親友はどう足掻いても戻ってこない。この事実だけは抗いようのない事実として存在する。
――――――――――
「裁判の様子を傍聴席で見てたけどあいつからは反省の様子は欠片も見られなかった。心のこもってない謝罪だらけで正気で見てられる物じゃなかった。
挙げ句の果てにはファンの女共は一途に待ってるだの会えなくて寂しいだのほざいてる始末。
私は頭がおかしくなりそうだった。私の親友を殺したこんなカスみたいな男が必要とされてる現実とこんなカスみたいな男を祭り上げて縋り続けるゴミ女が大勢いる事に耐えられなかった」
「だから私は平気で女に暴力を振るうあいつが許せない。これ以上さゆみたいな犠牲者を出さない為にも、あいつは私が殺す。殺さなきゃいけないの」
「未萌奈……」
ーーーー to be continued ーーーー
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