第35話「彼女もまた一人の戦士・内に秘める少女の想い」


約3行でわかる!前回のぐじへんは

 5年前に死亡したはずの元地下アイドルの金塚謙也が復活を遂げかつてのファンの女性たちを襲撃していた。迎え撃つ達樹と未萌奈であったがその圧倒的な力の前に敗戦を強いられる。そんな中未萌奈の身を挺してでも戦う理由を聞いた達樹は。


 ――――――――――

 未萌奈と話し終わりそれぞれ眠りについた二人。達樹は心の内側。アイドルと直接触れ合うことのできる空間。

『偶像空間』へ誘われ自らのアイドル因子と対話していた。


「まさか未萌奈さんにあんな過去があったなんて……」


「あぁ。かけがえのない親友だったはずだ。それなのに……」


 達樹はこれまで余りアイドル当人の負の部分について触れていなかった。

 達樹の周りを囲うアイドル達はひたむきにファンの為に。誰かのためになりたいそう想い活動する人間で溢れていた。

 故にアイドルを生業としている人間はみんなそんな人達で占められているのだと心のどこかで信頼を寄せていた。

 アイドル業界の衰退、劣化と言われどその実感は莉乃や瑠璃華達、静葉等アイドルという仕事に真摯に向き合い努力する人間の影響で素直に飲み込めてはいなかった。

 だが今回の金塚謙也の件はその思い込みを容赦なく打ち砕く事となった。

 

 「俺、悔しいんだ。アイドルみんながあんな奴な訳はねぇ。そんな事はわかってる。

 でもあぁいう奴のせいで真面目にやってるアイドルが肩身狭い思いをしてる。人の良心を踏み躙るようなあいつは絶対に許せない」


「私もです!だから少しでも早くあいつを倒さないと!」


「あぁ……何か策を練らねぇと。未萌奈に負担はかけらんねぇし……」


「……どうしてですか?」


 少女はどこか含みを持たせた口調で言う。

 彼女の中でずっと引っ掛かりを感じていた達樹への数少ない不満が抑えきれなくなっていた。


「どうしてって……そりゃ、女の子だしよ。

 それに昨日の戦いで分かった。今のあいつじゃ次まともにやり合ったら殺されかねねぇ。俺が前面に出て今度こそあいつをぶっ倒す」


「……達樹さん。女の子を労るお気遣いはとても良い事だとは思います。でも未萌奈さんは覚悟を持って、命を張って憎愚と戦ってる一人の戦士です。そこに女性だの男性だのは考えなくて良いと思います」


「で、でも……もし何かあったら!」


「未萌奈さんは守ってもらわないといけない程弱い人じゃないです。

 自分の護りたい物、信念を貫き護り抜く為に戦ってる。それは私も同じです」


 今まで見た事のないような落ち着いた態度で語る少女の前に達樹は真剣に耳を傾ける。


 ――――――――

 2023年 6月1日 4:45分

 Delight 宿舎スペース


「んん〜〜暇ねぇぇ。暇だし気になってるメン地下の動画でも見まくっちゃお!」


Delightにより護衛対象となった山田京子は個室部屋にてほぼ監禁状態で暇を持て余していた。

 生活リズムも乱れ切った彼女も素直に眠れるはずもなくヨーチューブにてイケメン動画を見漁っていた。

 そんな中、リンスタを経由して見ず知らずのアカウントから通話が鳴る。疑心に思いつつも慎重に電話をとる。


『久しぶり京子。俺の事覚えてる?ディブなんだけど』


「えっ!?ディブきゅん!?」


 電話の主は今も尚愛する金塚謙也だった。

 肉体の回復を済ませた金塚謙也は再び街へ繰り出しファン女性の殺害を始めていた。

 謙也は殺害した女性のスマホからリンスタを開き京子のアカウントを探し出したのであった。


『いきなりなんだけど今日会えないかな?ずっと心配かけてごめん。俺はお前だけを思って今まで生きて来た。早く世界で一番愛する京子に会いたいんだ』


「も、もちろん会えるわん!!訳わかんないとこに連れてこられてるけど頑張って抜け出すわ!どこにいけばいいの!?」


『ありがとう。俺たちが式をあげる予定だったあそこの結婚式場を待ち合わせ場所にしよう。京子との愛を強く感じたいんだ』


「わかったわぁ!!私おめかしして行っちゃうわね!」


『うん。楽しみにしてる』


 そう言って電話を切る。嬉々として微かにあった眠気が消し飛び喜び回る京子とは相反するように謙也は不的な笑みを浮かべる。


「相変わらず……5年立っても知能は幼稚なままだな」


 ――――――――――

同日 偶像空間内 輝世達樹side

 

「元いた世界で私がまだアイドルとしても戦士としても未熟だった頃は化物と戦うなんて怖かったし、挫けそうになる時もありました。

 ……でもこういう特殊な力は誰しも持ってる物じゃなくて、中には戦いたいのに戦えない人もいて。そんな人の気持ちを踏み躙るように化物達は容赦なく人を殺していく」


 彼女の元いた世界の彼女の記憶。

 この世界とはなんら変わらない並行世界。風景、時代背景。技術の発展も然程の差異はない異世界と呼ぶには些か相応しくないような世界で暮らしていた彼女はごく普通な女の子であった。

 一つだけ異なる点を挙げるとするならば異能力を持つ人間が一部に見られた事と憎愚とは異なる異形の化け物の存在の有無。

 これらが当たり前の現実として受け入れられていた。

 そんな中、彼女はアイドルに魅せられ自らもアイドルとなることを決意し仲間と共に活動を開始する。そんな矢先、彼女は異能に目覚めた。


「それを見て強く思ったんです。逃げてちゃダメだって。あいつらを見て見ぬふりしてたら私が見たい物も見れなくなっちゃうって」


「見たい物……?」


「自分以外の人にも笑顔でいて欲しいんです。綺麗事だってよく言われますけどで出来るだけ多くの人に笑ってて欲しいんです。笑ってる姿は見た人を元気にしてくれるから。

 アイドルを始めて強く思いました。でも歌って踊るだけじゃ護れない笑顔もある。だから私は戦う事に決めたんです。

 だから私もアイドルであって一人の女の子でもある上で、一人の戦士なんです」


 達樹は彼女が何を伝えたいのかをあらかた理解した。

 だが理屈は分かっても素直にこれまで培って来た自分自身の当たり前を払拭することが出来ない。


「お前の言いたい事はわかったけど……そう言われてすんなり受け入れようとしても難しいっつーか……!?」


 そんな時、辺りが騒がしくなっている事を感知する。

 流れてくる情報から夜は明けているようだった。

 行き交う人間の会話が聞こえてくる。護衛していたはずの山田京子が敬語の隙を見て逃げ出したと。

 未萌奈も怪我が完治済みではないにも関わらず既に病室は出て行ってしまっているようだった。


「っ!?……こうしちゃいられねぇ!?」


「待ってください!今行っても勝ち目はありません。奴はこの夜でファンの女性達を襲ってパワーアップしてるはずですから」


「つってもここでじっとしてる訳にはいかねぇ!!未萌奈も出向いてんだぞ!!」


「私に考えがあります」


「なんだよ」


「私と達樹さんとを隔てる大きな要因は一つ。達樹さんが私を護ってあげないといけない一人の女の子だと強く思い込んでる事でのズレ。これ以外考えられません。

 達樹さんが私の全てを受け入れてくれたらきっと光也さん達みたいに私の本来の力を引き出す事が出来るはずです。そうすればあいつにだって……絶対勝てます!」


「そうは言っても一体どうすりゃ……」


「簡単です。今から私と戦ってください」


「はぁ!?」


 思いがけない提案に動揺し驚愕する。

 これまでバカやったりして友情も芽生えて来た男女が真剣に殴り合うなんて事は万に一つとして考えていなかった。


「ここは達樹さんの心の中みたいな物なんでダメージを負っても今だけのもので後には残りません。

 この前明日香さんとやってた時みたいに全力で来てください」


「そうは言ってもな……明日香ちゃんの時だって恋さんの中にいたって言ってたし、戦いのセンスもかなりのもんで」


 ズゴォォォォ!!


 瞬間少女は達樹の正面まで移動して達樹の顔横にハイキックを繰り出し寸前で止める。

 その激しい衝撃は同時に突風を引き起こす程だった。


 (早いっ……!?反応できなかった!?)


「構えてください。あいつを倒す為にも、みんなに追いつく為にも……私達は今、全力でぶつかり合う必要があります!」


 ―――― to be continued ――――

 

 

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