第23話「絶望こそが甘美なる蜜!迫り来る哀憐」
静葉は棘状と化した右手を突き刺すようにして達樹へと向ける。
光也らと違い武装顕現もできない現状ステゴロのみの達樹にとって斬撃や鋭利状の武器を用いる相手は相性が悪い。
『思いっきり力を込めて粉砕するしかありません!』
「だな!!」
達樹の内に秘められたアイドルが助言する。
常識的に考えて鋭利状の武器に対して真っ向から拳で立ち向かうという行為は愚策であり、正攻法とは言えない。
理屈的に考えれば考えるほど余りにトチ狂った対処法である。
その上でも己のやり方を貫き通すのであればその自然法則でさえも抗え粉砕できると言う揺るがぬ確信が必要になってくる。
達樹に向けられた五本の棘は達樹に届く事はなく力強く繰り出された達樹の拳により木っ端微塵に粉砕された。
「アレ……?」
「よっしゃ!!」
『狙い通りです!』
現時点での達樹の想力量は三人中群を抜いて高い。無理のあるゴリ押しも想力の上乗せで成立させていた。
想力とはゲームで言うMPのようなものであり、炎や雷を放出する際や身体に宿した想力の塊が破壊。消失した際に消費した分の想力が減少する。
唖然とする静葉の一瞬の虚をつき背後からウィザリングブレイガンと葬刀を構えた隼人と光也が斬りかかる。
「「貰ったぁ!!」」
二人の刃が静葉へと振り下ろされる。その刃が静葉へと触れようとしたその瞬間
「やめてっ……!」
「「っ!!?」」
涙ぐみながら二人へ哀願する。全身の棘を引っ込めた静葉は見てくれはただの人間でしかなかった。
両者の手がぴたりと直前で止まる。
「ケヒィ!!」
その哀願する切なげな表情から一変。狂気的な顔付きへと戻った静葉は二人を伸び切った針で薙ぎ払い猛スピードでこの場を去っていった。
「ま……待てっ!!……くそっ!」
「逃げられたか……」
――――――――――
2023年 5月29日 東京某所 空き家
(…………んん……ここは……?)
数年前から宿主を失いもぬけの殻となってしまった都心からは少し離れた空き家。
経年劣化により外壁材も脆くなっており、人の手が一切加わっていない事からカビや埃も多数見受けられる。
そんな到底人が立ち入ろうとは思わない場所で一人の少女は意識を取り戻した。
視界に入ってくるのは薄暗い暗闇の中に一般家庭によくある家具と伝統工芸らしき物品。老夫婦が住んでいようイメージを連想させる。
(ここどこ……?私レッスン終わりで家に帰ってたよね?……その途中で確か女の人に話しかけられて……)
――――――――――
「あなた綺麗ね」
「え?あ、ありがとうございます」
「堪らないわ。我慢できない」
「へっ?ちょっんむっ!」
――――――――――
(いきなり何するのかと思えばキスしてきたのよね……その後の記憶がない……それに身体も何か違和感がある)
彼女の腕は強い力で拘束されている。服も着ておらず覆われてるのは薄汚れたタオル一枚。何度も抜け出そうと試みたがびくともしなかった。
それもそのはず。その拘束具は人外の力によって創られた物だからだ。
「目が覚めたようね。笹倉静葉」
「あ、あなたは……!」
拘束されていたのは笹倉静葉であった。そんな少女の前に怪しげに現れたのは金髪を靡かせた碧眼のクールビューティーと言うに相応しい美女。
その正体は負薄と同じ上級憎愚の哀憐であった。その外観は何処から見ても人にしか見えない。
「ここは一体どこ!?あなたは何者なの!?」
「ただの空き家よ。もうすぐ取り壊されるみたいだし有効活用してあげてるの。二つ目の質問に対しての返答はそうね……第三者からしたらサディストって見られるのかもしれないわね」
「なによそれ……ここから出して!!どれくらい意識を失ってたかわからないけど、私の事を待ってくれてる人達がいるの!」
「うふふふっ……それってあなたを応援してくれているファンの人間達の事?」
「そ……そうよ!何がおかしいって言うの!?」
「今のあなたは笹倉静葉ではない」
「は?……何を言ってるのよ」
「……明かり点けてあげるわ」
突如として部屋の上部に禍々しくも光り輝く球体が現れた。暗闇に慣れてしまっていた事から突然の発光に顔を逸らす。
視界を正面に戻すと目の前に差し出されていたのは手鏡だった。
少女は意識を失ってから初めて自分の顔を把握する。
「な……なによ……なによこれぇ……!!」
映し出された顔はこれまで見慣れてきた自分の顔とは似ても似つかない物であった。見るも無惨な顔。一般的な顔立ちとも言い難い物。
ありとあらゆる人間の顔の部位を無理やり繋ぎ合わせたような統一感の無い顔立ちであり、何一つ同一人物の部位は無い。
老若男女幅広い人間のパーツによって歪に形成されたその顔は異形そのものであり少女は突きつけられた現実に耐え切らずその場で嘔吐した。
「あぁっん……堪らないわ。その絶望に満ちた表情……ゾクゾクしちゃうっ!」
「あなた……私に何したの!?」
「奪わせてもらったの。笹倉静葉という人間のガワをね。抜け殻になったあなたには代わりに適当に私が殺した人間のパーツを繋ぎ合わせてるってわけ。脚の長さとかも全然違うでしょ?」
変わっていたのは顔立ちだけではなく身体もだった。片方にだけ膨らみがある胸。歯も奥歯はあるのに前歯がごっそりと抜け落ちている。
脚も片足だけやたらと贅肉が着いて弛んでおりもう片方は元はスレンダーな女性だったのか美しい形をしているがこの何もかもがチグハグな身体にとっては不気味さを駆り立てる要素でしかなかった。
「返して……私の身体返してよぉ!!」
「それは無理。返してあげるメリットが私に何も無いから」
「そんな……なんでよぉ…………」
少女は今にも泣き出しそうな声で必死に哀憐へ訴えかける。
だがその哀れな姿こそ哀憐が求めている物であった。
「う……ウフフッ…………いいわ。もっと悲しみなさい。嘆きなさい。憂なさい!悔やみなさい!絶望しなさい!!その哀れな姿が渇いた私を癒してくれる唯一の蜜!!」
昂る哀憐の高笑いが部屋中にこだまする。その人智を超えた狂気の前に少女はただ怯え戸惑う。
「今あなたのガワは別のモノに被せてる。今こうしてる間にもあなたのガワを着たそいつは笹倉静葉として好き勝手してあなたのアイドルとしてのイメージ、価値を暴落させているわ。間違いなく解雇にはなっているでしょうね」
「な……嘘でしょ……!!?」
そんな事あり得ないと一瞬脳裏を過ったが今のこの状況が今までの常識と価値観を完全に否定してきている。
重い生唾を少女は飲み込んだ。
「私をどうする気よ……私に何の恨みがあるのよ!!」
「別に恨みなんてないわ。お腹が空いただけ」
「ど……どう言う意味?」
少女は言葉の意味が理解できなかった。この状況に対しての説明とは思えなかったからだ。
「とにかくあなたはここでもう少し待ってなさい。笹倉静葉がアイドルのどん底まで堕落し、人間として完全に無価値になるまでね」
そう言い残し哀憐は部屋を去っていった。
――――――――――
同日 Delight 社内
あれから笹倉静葉を逃してしまった達樹達は即座にDelightへ向かい最愛恋と合流し経緯を話していた。
「おそらくその憎愚は哀憐が産み出した憎愚だろう」
「哀憐?」
「確認されてる上級憎愚のうちの一人だ。隼人がこの前戦った奴と同じ」
「……あの銀髪のやつか」
「哀憐は対象の人間の見た目を奪う能力を持ってる。自分の産み出した憎愚を奪った見た目に変え、その人間に成り変わり非道の限りを尽くす事で対象となった人間を絶望に追いやる」
「じゃああの静葉ってやつの見た目をしてる奴は憎愚その物で本気で殺っちまっても問題無いって事だな?」
光也が確認を取る。光也と隼人が攻撃を直前で止めた理由の一つとして笹倉静葉が操られているというパターンも考えられたからだ。
無論止めた理由がその一点だけではないのはここにいる全員わかりきっていた。
「問題ない。でも君達はこの事実を踏まえた上でもそいつをぶちのめせるかな?」
三人は少しの沈黙の後に出来ると公言する。だがその言葉からはやはり迷いが伺える。
「人間はどうしても視覚の情報を最優先で受け取るからね。これが子どもの姿や子猫の姿であっても同じ事になってると思うよ。まぁそれは正しいモラルを持ってるって事で誇って良い事なんだけど……」
表情が曇る三人。その様を見て最愛恋が深く座っていた椅子から立ち上がる。
「俺は獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とす的な考えがあるから不必要な手助けはしないようにしてるんだけど……今回は俺も動こう」
「えっ!まじ!?」
達樹は想定外の発言に期待の眼差しを向ける。
「上級も出張って来てるからね。迅速に対応するべきだ……っていうかお前ら学校は?」
「「「…………あっ」」」
時刻は16時半過ぎ。下校の時間となっており完全にバックれた扱いになっている。
達樹は内申点。光也と隼人は転校初日、初出勤日に無断で行方をく暗ませた事であらゆる方面からの信頼を失いつつも憎愚を倒すため東京の街へ繰り出していった。
――――to be continued――――
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