第12話「お母さんに感謝を込めて・弐」
【市導光也side】
「お兄ちゃんおそーい!!」
「ごめんごめん」
全ての授業が終わり、ダッシュで下校して美乃梨と合流する。かくしてお母さんをとびきり喜ばせるための超絶最強メガマックスプランが開始された。
エスカレーターで上階へと向かいながら美乃梨のリサーチ結果を聞く。
「司令!私の調査によるとお母さんは新しいネックレスを欲しがっておりました!」
「ほう……ネックレスか」」
「そして友達から聞いた情報によると年上のお姉さんはブランド物ってやつが好きとの事です!」
「ブランド物……プューマとかアジーダスとかそういうのか?」
「多分!そんな感じだよ!ジ・オール?ってやつかセリーノ?とかが良いんだって!」
「了解だ!美乃梨課長!」
「課長なのわたし!?」
店員さんにブランド品コーナーの場所を聞き向かう。だが到着した俺達の前に広がっていたのは絶望だった。
「ちょっなんだよこれ!何から何まで高すぎるだろ!美乃梨おまえ何円ある!?」
「さ……3250円」
自分の財布の中身を確認する。俺も大した変わらない9000円ちょいしか入ってなかった。1万もあればだいたいは事足りると思っていたが甘かった。ブランド物ってやつをみくびり過ぎていたようだ。
「もおー!お兄ちゃんがお腹空いたってマックー寄るからだよぉ!!」
「お腹空いてたんだからしょうがないだろ!それに食べてなくても買えてないわ!!」
文字通り桁が違すぎる。こんなもん何十年貯金しないと買えないじゃないか。
二人して途方に暮れるがこんな事で俺たちの超絶最強メガマックスプランは挫けたりはしない。
「そ、そもそもブランド物じゃないといけないってわけじゃないって!お母さんがこういうの持ってたり調べてたりするの見た事ないだろ?」
「た、たしかに!!」
「ブランド物が良いって言うのは多分なんかしらのフェイク!そう思うことにしよう!こういう時こそ冷静に考えるんだ」
それから俺達は試行錯誤した。気がつけばすっかり日も暮れてしまっている。4時間は経過しただろう。そろそろ帰らないと本気で心配される。
最終的に聞いたことないブランドのネックレスをお互いのお金を出し合い購入し夜道を二人で帰る。
「お母さん喜んでくれるかなぁ」
「大丈夫だ。俺達の超絶最強メガマックスプランを信じろ!」
10分ほど歩いて家に着く直前。違和感を感じ、ポケットに手を突っ込む……やっぱりない。
「やべぇ!スマホ忘れてきた!」
「もー!なにやってるのよ!!」
「ごめん先帰ってて!」
急いでショッピングモールへと戻る。徒歩圏内にある場所で助かった。心優しい誰かが店員さんに届けてくれていたようで確認が終わるとすんなり返してくれた。
スマホを無事回収して歩いて帰っているとマンションの前に誰かがあからさまに困っている様子で立ち尽くしていた。
「き、君!もしかしてここのマンションの人かい?」
「へ?はい。そうですけど……」
「実は最近ここに引っ越してきたんだけど入口のロック解除番号を忘れちゃってね。よかったら教えてくれないかな?」
「え!?それはやばいじゃないですか!わかりました!」
鍵があれば入り口の認証パネルに鍵をかざすことで入り口のロックは開くのだが、このおじさんはうっかり部屋に忘れて来てしまったらしい。
まぁそういう時もあるよね。俺もさっきスマホ忘れて来ちゃってたし。
そう思って入口のロック解除番号を打ち込む事で扉が開く。
「おぉ!ありがとう!君のおかげで助かったよ!」
「いえいえ!」
そうして二人してエレベーターに乗り込む。自分の行き先である4階を押しておじさんに行き先の階を聞く。
「おじさんは何階?」
「奇遇だね。君と同じ階だよ」
「そうなんだ!すごい!!」
そう言っておじさんと一緒に4階で降りる。
「じゃあ俺ここだから!また会ったらよろしくおじさん!」
「うん。またね、光也君」
そう言うとおじさんはそのまま買い忘れた物があると言ってエレベーターに再度乗り込み下っていった。
扉を開けてただいまーと元気よく帰宅する。今日の晩飯は中華三昧だった。天津飯に餃子と好きな物ばかりで胸を躍らせながら一足遅れて晩飯を食べ始める。
「珍しく二人して出かけてたみたいだけどどこいってたの?」
「あー……ちょっと欲しいパーカーがあってさ!どんなのが良いか美乃梨に見てもらってたんだよ!な?」
「そ、そー!かっこいいやつ選んであげてたの!結局買ってはないけどね!」
二人してかなり慌てふためいてしまったがなんとか誤魔化し切ったようだ。
飯を食べ終わり宿題を済ませると部屋の飾り付けにかかる。こういった飾り付け作業の下準備は美乃梨が日に日にしてくれていたので後は取り付けていくだけだ。
ちょっと子どもっぽい気がしないでもないがこういった内装もこだわる姿勢は割と嫌いじゃない。
2時間の飾り付けを経て、部屋中がパーティー会場と化す。手作りで不恰好かもしれないが俺たちは達成感に満ちていた。
「よし!これで完璧!」
下準備は完成した。終わり次第風呂と歯磨きを済ませて自室へ移動。俺はすかさず今日の疲れを癒すべく、ベッドへダイブし目を閉じる。次第に意識は遠のいていき推定3分以内に俺は眠りに着いた。
――――――――――
翌日 5月5日 19:00
ついに誕生日当日。予約していたケーキも回収し豪華ディナーのフルコースも出揃った。
夜ご飯に備えてあえて朝と昼は控えめにしていたので腹の虫が鳴り止まない。それは美乃梨も同じだった。
「もうお腹ぺこぺこだよぉ~~!!」
「お母さんももう限界!それじゃあみんなで……」
「「「いただきまーす!」」」
俺も美乃梨も目の前の料理にかぶりつく。やっぱりお母さんが作る料理はめっちゃ美味い。箸を止める間も無くどんどんと料理がなくなっていく。
「光也、あんまり食べ過ぎたら美乃梨の分なくなっちゃうでしょっ」
「あっ!うっかり!ごめんな美乃梨」
「いいよー!ちょうどお腹いっぱいになって来てたし」
和気藹々とした時間。心地のいい時間だ。お母さんは元アイドルという事もあって頻繁にテレビ出演の仕事などが入る。こういった家族みんなで集まれる機会というのは貴重だ。
幸せを噛み締めるのはここまでにしてそろそろ頃合いだ。
「なぁお母さ、
コンコン
「?……誰かしら?」
なんだよいい所で。こんな時に客かよ。しかも部屋の前の扉が叩かれている。すぐそこまで来てるって事だ。
「二人ともちょっと待っててね、ちょっと行ってくるから」
「いいよお母さん、ここで待ってて!」
主役がわざわざ動かなくていいよと善意を押し付けて俺は玄関へと駆け出す。近隣の誰かか俺か美乃梨の友達あたりだろうと想定して扉を開けた。
だがそこに立っていたのは昨日の最近引っ越して来たと言ってたおじさんだった。おじさんはにっこりと笑いながら告げる。
「光也君は本当に良い子だね。さすがは僕の愛する柚原詩織の息子だよ」
「……どういうこと?」
あれ?……俺このおじさんに名前名乗ったっけ……
ドゴッ!!
そんなことを考えた次の瞬間には俺は壁に叩きつけられていた。打ち付けられた衝撃で頭がふらつく。
「光也!!」
物音を聞きつけてお母さんが駆けつけて来た。おじさんの顔を見るや否やお母さんの表情は暗く不穏なものになった。
「あなたは……ユッキーさん?」
「久しぶりしおりん……年老いて生で見てもやっぱり綺麗だ……」
「一体何の用!!」
「そんなに怒らないでよ……しおりんがアイドルをやめた後も僕はずっとしおりんを愛し続けていたんだよ?」
「現役を退いた後も僕の愛情は留まることはなかった……アイドルとしてのしおりんが見れなくなっても僕はひたすらしおりんをずっと応援して支え続けてきた。そしたらどうだ?気づけば子どももこしらえて幸せな家庭を築いている。僕というものがありながら……そんな事は許されない」
このおじさんが何言ってるのかはわからない。いきなりの出来事に中学一年生の脳みそがついていかない。だがこれだけはわかる。
こいつは正真正銘まごう事なき不審者で俺はバカみたいにそいつをまんまと家の中に入れてしまったって事だ。
「でも勘違いしないでほしい。これは報復でもあり和解でもあるんだ。今日はしおりんの誕生日だろう。
それらをめちゃくちゃにした事で僕の報復は済んだ。後はしおりんがぼくの愛を受け入れてくれるだけでいいんだ」
男がお母さんの元へ少しずつ歩み寄っていく。俺はふらつきながらもなんとか重心を保って男に飛びかかる。
「光也!!」
「お母さんに触れるな!!それ以上近づくな!!」
「……はぁ。ダメだよ光也君。君は僕の息子としてこれから生きてくんだから。お父さんに反抗したら……」
ドゴっ!!
強烈な腹パンを喰らう。クリーンヒットしてしまった。歳も30以上離れてる大の大人の本気の殴打は中学生の動きを封じるには十分すぎる威力だった。
(う……動けないっ……!)
「そこでじっとしててね。今から僕としおりんは熱いキッスを交わして晴れて夫婦になるんだ」
「…………意味わかんないこと言うなキチガイ……!」
「おやまだ反抗するのかい?どうやらもっとお仕置きが必要みたいだね」
「やめなさい!!」
お母さんの声が聞こえる。次に聞こえて来たのは鈍器による衝撃音。お母さんは恐怖に震えながらも手に取っているフライパンで男を殴打していた。頭蓋にヒットしふらついている男の隙を見て俺の前に立つ。
「これ以上私の子どもに手を出すなら……殺すわよ!!」
「ふふっ……それは不可能だよ。しおりんはこの世の誰よりも優しい人だからね。それにこれを目の前にしても同じ事が言えるかなぁ」
男懐から取り出されたのは鋭利なダガーナイフだった。そこらの包丁なんかよりもよっぽど鋭そうであんなので刺されたら一溜りもないぞ……。
「しおりん……もういいだろ?素直に僕を受け入れて幸せな家庭を築こうよ?僕、しおりんのためなら何だってできるよ!天に誓ってさぁ!!」
このキチガイ野郎は完全に目がイってしまってる。一言一句余計な一言が命を左右する。そんな局面である事が手に取るようにわかる。
「私はこの子達の親よ。そして私にとって何より一番の宝なの。それを容易に傷付けるような男と添い遂げる気は毛頭ないわ」
「はぁ……失望したよしおりん。まさかここまでお馬鹿さんだったとは……」
男は嬉々とした表情でお母さんの前まで歩み寄る。次の瞬間。
バコッ!!
お母さんの右頬が男により殴られる。そのままの勢いで床へ突っ伏す。
「お母さんっ!!」
「僕知ってるんだよ。バカな女は暴力を振るえばお利口さんになるって!!」
そのまま男はお母さんを体中殴り蹴りを繰り返していく。
その様は人の心があるとは到底思えないものでお母さんはただうずくまるしかできなくみるみると傷や流血が増えていく。
(畜生畜生畜生……何なんだよ……!!今日はお母さんの誕生日なんだぞ!!なのに……こんなのってないだろ……クソッ!!)
このままじゃお母さんが殺されてしまう。俺のせいで。俺が考えなしにドアを開けたばっかりに。暗証番号を教えたばっかりに。部屋を教えたばっかりにこんな事になってしまっている。
ただお母さんがクソみたいな男に傷つけられてる様を見てるだけしか出来ない。それだけは心の底から許せなかった。俺は流れる涙を拳で拭い、死力を尽くして最後の力を振り絞り立ち上がり男へ飛びかかった。
「もうやめてくれよぉ!!お母さんがお前に何したんだよ!!頼むからこれ以上お母さんを殴んないでくれよぉ!!」
俺の必死の願いは届かず男は強引に振り払う。
「泣きながら懇願する姿……素晴らしいね光也君!でもそろそろうざいよ……君達は僕としおりんから産まれた子どもではないからね。やっぱり死んでもらおうかな。キモいし」
男は狂気の眼差しでナイフを構えてこちらへ迫ってくる。
目でわかってしまった。こいつは本気で刺してくる。この男は完全にタガが外れてしまっている。
俺に出来るのは目を瞑り、眼前に迫る狂気から目を逸らすことだけだった。
「あ……あぁ……」
男の慌てふためく声が聞こえてくる。だが何の痛みもない。
静かに目を開けると俺はお母さんによって抱きしめられていた。
その背中には見覚えしかないナイフが突き刺さっている。
「……大丈夫?怪我してない?」
「し、してないよ!!それよりもお母さん!!血が!!」
医療の知識なんてないけど根本から完全にねじ込まれてしまっている。死ぬ可能性だってある事は容易に想像がついた。
しかも場所も悪い。流血の量も尋常じゃない。早く止めないと。
「救急車!!救急車呼ばないと!!」
男は気がつけば居なくなっていた。事が大きくなり一般家庭からはまず想像もつかない衝撃音が鳴り響いていた。
パトカーのサイレンの音も聞こえて来ている。おそらく近隣の誰かがこの異常事態に気付き通報してくれたのだろう。
だが今はそんなことを気にしている場合じゃない。
急いで119へ電話をかけるためスマホを取る。いやまずは止血をするのが先か?でも止血なんてやった事ないし包帯とかもどこにあるかわからない。
「美乃梨!!いるか!!」
大声で美乃梨を呼ぶとクローゼットから泣きじゃくりながら出てくる。お母さんの許可が出るまで隠れてる様に言われていたようだ。
「お母さん……死んじゃうの?」
「死なねーよ!!美乃梨救急箱の場所わかるか!!」
「わ、わかる!」
「俺は119に電話するから美乃梨はお母さんの止血しといてくれ!!」
「え、でも止血なんてしたことないよ……」
「俺だってねぇよ!!なくてもやるしかないんだよ!!だからやれ!!わかんなかったらお兄ちゃんに聞け!!」
美乃梨は涙をぐっと堪えてお母さんの介抱に着く。俺はすぐさま119へ連絡した。連絡を終え次第すぐに美乃梨に合流する。
(ごめんなさいお母さん……俺のせいで……ごめんなさいごめんなさい……絶対死なないでお母さん)
それから救急車が来てお母さんはなんとか一命を取り留めた。だが受けた傷は想像以上に深く後遺症が残るものだった。
精神的にもトラウマが植え付けられ肉体的にも精神的にもお母さんは治療が必要になってしまった。
こうして俺達の最悪の5月5日は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます