第7話「強襲・発現・決意」

あれから放課後。特に用事もなかったので帰宅の前に卓夫の家に軽い飯を買ってお見舞いに行った。

 いつもなら油っこいのを適当に買ってやる所だが健康面を重視したヘルシーなチョイスにしといた。

 怪我自体は幸い重症ではなかったらしく明日からは登校できるらしい。

 だが一つ驚いたのは昨日の前田けいとの一件の記憶が交通事故に巻き込まれた体になってた事だ。

 記憶改竄ってやつなのかわからないが手から波動砲みたいなのを出せる人間が絡んでるわけだからその辺も何かしたんだろう。


「達樹殿!今日はありがとうございました!!」


「おう!ちゃんと安静にしとくんだぞ!」


「御意!!」


 卓夫の敬礼を見守り帰路に着く。結局格ゲーを数時間やり込んじまったが元気な友の姿を見れて安心した。ボコボコにされたけど。

 ぶらぶら歩いて帰ってると見慣れた人影が見えてくる。あの親の顔ほど見たボブと金髪ギャルは間違いない。莉乃と莉乃の友達の亜耶沙だ。

 

「あっ達樹じゃん。こんな夜中に一人で何してるの?」


「暇なんでしょ」


「暇じゃねーよ!!」


 つい反射的に否定してしまったが暇ではあったかもしれない。咳払いをして誤魔化す。


「卓夫の家に見舞いに行ってたんだよ。そっちは?」


「莉乃のレッスンが早く終わったから二人でカラオケ行ってたの。それの帰りー」


 レッスン終わりにカラオケて。元気すぎんだろ。JKの溢れんばかりのアグレッシブさをリアルタイムで実感する。なんかおっさんみたいだからこれ以上考えるのはやめた。


「一人で寂しそうだし一緒に帰ってあげよーか?」


「別にいいよ。ガキじゃあるまいし……」




 クゥワィイナァ……シタイナァチュュウゥ……




 全身に悪寒が走る。振り向くとそこにはいたのは異形。まず120%人間ではない。完全な化け物がそこにはいた。

 四つん這いで這う化け物。親指に人の顔が滲み出てるかのような。虫の幼虫にも見えるその見た目はとにかく不快でしかない。周りも粘りっこさがありそうで女子が見たら確実にトラウマもんだ。

 こんなやばそうなもんが目の前にいるってのに全く動じてねぇ……見えてないのか?


「達樹……?どうしたの?」


 憎愚ってやつ……なのか?でも昨日のけいちゃんとは全く違う。

 昨日の奴はけいちゃんの面影があったし身体の一部が変化してるだけだった。だがこいつは違う。正真正銘ただの化け物って感じだ。目の前に広がる狂気の光景に生唾をぐっと飲み込む。


「わりぃ二人とも。やっぱどうしても一人で帰りたい気分になっちまったからよ。今すぐダッシュで帰ってくれねぇか?」


「はぁ?いきなり何言ってんのよ」


「莉乃!!」


 必死に訴えかける。目の前の狂気を伝える事なくこの場を離れさせるために。無垢なクラスメイト及び幼馴染に今までと変わらない日常を送れるようにするための配慮。

 その言葉は簡潔に一言、今の自分の心情をただ込めて言い放った。


「う……うんっ!いこっ!亜耶沙!」


「ちょっ!えぇっ!?」


 莉乃が亜弥沙の手を取り駆け出す。とにかくやばい状況だって事は伝わったようだ。

 問題はこいつをどう処理するかだ。奴がこの後どう動くのか。狙いはなんなのか。この前みたいに対処出来るかもわからねぇ。

 適度に距離を取りながら相手の出方を見る。拳を握り、臨戦態勢を取り身構える。瞬きひとつ許されない緊張感が走る。


 「ア……マッテエエエェェェェ??!??!ギュゥゥゥサセテエェェェ!!?!!??」


 「ちっ!!」

 (やっぱり狙いは莉乃達か……!!)


 憎愚がこちらへ向かってくる。見逃せば莉乃達に追いつかれる。やるしかねぇ!

 

「う……うおらぁっ!!」


 嫌悪感を無理やり振り切って放った渾身の右ストレートは全身に滑りがある奴には届かず難なく横切られてしまった。

 反撃を考慮したが奴は一切の攻撃は行わず眼中に無いとばかりに目線はひたすらに莉乃達へ向けられていた。

 今までは地をゆったりと這う鈍重な動きであったが標的を追う速さは今までの比ではなく莉乃達を追う求める。


(だが追いきれねぇスピードじゃねぇ!俺でも追いつく!)


 負けじと奴を追い走り出す。

 でも追いついてどうする。数秒の時間稼ぎにはなっても根本の解決にはならねぇし昨日ほどの手応えもねぇ。だが現状どうすることも……


「!!……待てよそういや……!」


 …………………………

『これ俺の番号だから気が変わったら連絡してよ』

 …………………………


「捨てずに持っといてよかった!」


 昨日恋ってやつから貰ったケー番の存在を思い出す。だが悠長に話してる余裕もない。

 こうしてる間にも憎愚と莉乃達の距離は近づいてるし何より莉乃達もいつ走るのをやめるかわからない。


「一旦こいつの動きを止めるしかねぇ……!!」


 全速力で駆ける。奴の丁度真ん前に向かい打つように待ち構え構える。全神経を集中させる。


 こういう時こそポジティブになれ。さっきの俺の攻撃は躊躇いがあった。不愉快極まりない見た目をした例えるなら虫に似た存在。それに直の手で触れるという事への嫌悪感。その苦手意識が原因で力に迷いが生じ、奴に攻撃が届かなかった。

 そういった余計な雑念は捨てる。目の前にいる存在は全力でぶちのめすしかない存在だと言い聞かせ、今度こそ一切の躊躇なく拳に力を握り込み、憎愚が奇声を上げながら這い寄ってくる。


「歯ぁ食いしばれ!!!」


 ドゴォォォ!!


渾身の右ストレートが決まり、憎愚がぶっ飛ばされる。

 奴が怯んでいる今のうちに電話をかける。


『はいこちら最愛恋ですけども』


「緊急事態だ!!憎愚に襲われてる!!悪りぃけど助けに来てくれ!!」


「それはいいんだけど実はこっちも戦闘中なんだよね」


「なっ!?嘘だろ!?」


「まぁ5分もしたらそっちに行けると思うよ」


「5分間耐久しろってか!?」


「聞いてる感じ余裕もないだろうし手短かに言わせてもらうけど、俺達の力の根本は想像力だ。自分が思う最強の形をイメージして具現化し、行使する」


「最強のイメージ?」


「適正とかもあるけどその辺はまた今度。なるはやで行ってあげるからとにかく頑張ってねファイト!」


 そう言い残してあいつは電話を切った。

 よくわからねぇが想像力を駆使するらしい。でもそんな事急に言われたって漠然としか思い浮かばない。


「キシャアアァァァ!!」


 憎愚も俺の攻撃が通った事で標的が俺に変わったようだ。今度はこちらへ拳を掲げて向かってくる。


「迎え撃ってやる!!」


 こちらも殴りかかろうと距離を詰めたその刹那。憎愚の殴打が顔面に直撃してしまった。

 殴られながらも目線を奴から離さずにいたおかげで理解できたが憎愚の腕が伸びた事で俺まで攻撃が届いたようだ。

 してやったり顔でニヤニヤこちらを嘲笑うかのように見てくる。


「一気に人間離れした事してきやがって……!」


 伸縮以外にも出来ることがあるんだとしたらやべぇ。5分耐久なんかしてる間にマジで殺される。想像力……イメージってなんなんだよ……!!


(達樹さん!!)


 突如として聞き慣れた声が聞こえてくる。周りを見渡したが誰もいる様子はない。


「この声、夢の子か!!」


(だから~~ですって!……ってそんな事言ってる場合じゃなかった!今とんでもなくやばい状況ですよね)


「過去一でやべー状況だよ!!ってあぶねっ!!」


 ギリギリで奴の伸縮パンチをなんとか避けた。だが次も避けれる自信はない。


(えっと。今から達樹さんに私の力を注ぎます。一体化するみたいなイメージでその、ぎゅぅぅぅってまとまるみたいな感じを頭の中で思い描いてください)


「お、おう!わかった!わかんねーけど頑張る!!今すぐやってくれ!」


 憎愚が今度は両手を伸縮してこちらへ攻撃を仕掛けてきた。今まで舐めプをしてたらしく比べ物にならない速さでそれは繰り出され目前まで迫ろうとしている。


『行きます!』


 ゴォォォォォォ!!


 パシッ!!


「キィッ……!?」


 憎愚の繰り出された両手をこちらも両手の掌で受け止める。

 今までと違い、攻撃を受けた際のダメージが緩和されている。何よりハッキリと奴の攻撃を目で捉えることが出来た。


『やりました!成功ですねっ!』


 よくわからないが成功したらしい。それは身をもって実感している。身体中に得体の知れない力が流動していく感覚。嫌な気は全くしない。

 両手を鷲掴みにされ振り払うこともできず動揺している憎愚。そらならばとぱっと両手を離してやるも即座に一気に間合いを詰め、顔面目掛けてハイキックをかまして蹴り飛ばす。


「我ながらすげぇ……」


『流石ですねっ!サイドテールも可愛いですっ!』


「サイドテール?……ってなんじゃこりゃ!?」


 気づけば俺の頭部には身に覚えのないサイドテールなるものがひらひらと可愛らしいシュシュと共にぶら下がっていた。


「これいる!?」


『細かい事は気にしちゃダメですっ!これももう30秒も保ってられないんで次で決めちゃいましょう!』


「おう!!」


 まじかよ。でも不思議と無理だとは思わない。

 今の俺が持てる最大の力を込めてぶち込めば倒せると言う確固たるイメージがあった。

 細かい事は一切考えず【全力】をイメージし右拳に込める。


「キッショアァァァァ!!!」


 憎愚の攻撃が勢いを増して向かってくる。身体が軽い。その全てを瞬時に避け、軽快にステップを踏み、瞬く間に眼前へと辿り着く。


「キシェッ!?!?」


 急いで伸び切った腕を戻そうとするが戻り切る前に絶対に仕留め切る。すかさず沸る力の渾身の全てを込めた右拳が憎愚の顔面に直撃する。地面をバウンドしぶっ飛んでいく。するとみるみると憎愚の肉体は崩壊を始めていき、やがて激しい悲鳴と共に消滅した。


「お……終わった……よな」


 安堵共に地面に座り込む。全身に感じていた湧き出るような力は気がつくと消えており頭のサイドテールも無くなっていた。

 少女へありがとうと伝えたかったが気配が消えている事に気がついた。そういや30秒も持たないって言ってたもんな。何にせよ彼女のおかげで助かったのは言うまでもない。


 (また今度ちゃんとありがとうって言わなきゃな)


「あれ?もしかしなくても終わっちゃってる?」


背後から声が聞こえて来たと思えば意気揚々と立っていたのは先ほどの電話の主である最愛恋がドヤ顔で見下ろしていた。


「……おせーよ」


「ごめんごめん。でもまさか一人で憎愚を倒しちゃうとはね、やっぱり才能あるよ」


「……一つ聞いていいか?」


「なにかな?」


「クラスメイトが狙われた。中に人がいないってんなら狙われた理由がわからねぇ」


 こいつは昨日言っていた。中の人間の憎んでいる対象が狙われるんだと。


「中に人間がいないケースは日々人間から溢れ出ている欲望がちりつもになって形成された負の塊と呼んでもいい存在。その欲望は様々だけどその多くは痴情に塗れた欲望が多い。そういった憎愚は無差別に異性を襲い貪り喰らう」


 痴情……言われてみればそれに近しい事を言ってた気がする。


「またあいつらが狙われるかもしれないのか?」


「勿論」


 ……莉乃は辛い事、しんどい事もある中で芸能界っていう決して報われる訳ではない世界で自分のためだけじゃなく、他人をも幸せにするためにアイドルって仕事と向き合い努力している。ここまでひたむきな姿は今まで俺が見て来た莉乃には見られなかった。それだけ前向きだって事だ。

 ハッキリ言って聖人すぎる気がする。何故なら人間は自分の人生をなんとかするだけで手一杯だからだ。見ず知らずの他人に手を差し伸べていられるほどのキャパシティを有していない。

 それを応援してくれるファンに少しでも喜んでもらうために全身怪我して夜遅くまで練習して寝る間も遊ぶ間も惜しんで誰かのためにあいつは頑張ってる。それをあんな訳わかんねぇ化け物に訳わかんねぇクソみたいな理由で邪魔されるかもしれないってのか?そんなもんは絶対に間違ってる。


「俺も戦う。戦いたい。もっと強くなって憎愚から人を護れる力が欲しい」


「ありがたいお言葉だけど生半可な気持ちで巻き込ませる訳にはいかなくてね。そう思った理由を聞かせてくれないかな?」


「自分勝手に身勝手な理由で人を襲う憎愚が許せねぇ。理不尽な事がこの世で一番嫌いでね。あいつの人生をゲスな奴らに無茶苦茶にされたくねぇ」

「あいつが誰かの笑顔のために頑張るなら俺はあいつの笑顔を護るために戦う。理由はこんなもんでいいか?」


ようやく見つかった気がする。母ちゃん父ちゃん。危ない道を選んでごめん。でもこれが俺にとって大事な物でやらなきゃいけない事らしい。


「……いい眼だね。わかった。それじゃあ案内するよ。俺たちの所属する秘密結社『Delightディライトへ」

 

 

―――――――― to be continued――――――――

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