第6話「夢の少女と暗躍と頑張る理由」

…………………………


「達樹さんー!!おーきーてくださーーい!」


 馬鹿でかい声が聞こえて目を覚ます。だが目の前に広がる景色は見渡す限り一切何もなく虚無と呼ぶに相応しい光景だった。布団で寝ていたわけでもないらしく本当に何もない。


「おはようございますっ!もぉ……やっと起きてくれましたね」


 そう話しかけてきているのは案の定いつもの夢に出てくる可愛らしい髪留めにサイドテールをなびかせる女の子だった。

 またあの夢を見ているようだ。だがここで違和感を感じる。

 

 (いつもは夢の内容をはっきり覚えてる状態で目が覚める……でもこれは今リアルタイムで話しかけられてるんじゃねぇか?)


 戸惑う俺を見て不思議そうな表情を浮かべる少女に問いかける。嫁の中だと自覚しているケースなんて今までになかった。

 またとない機会だ。聞ける事は聞いておこう。


「お前は一体誰なんだ?人間……だよな?」


「当たり前じゃないですかぁ!そんな事も忘れちゃってるんですか?うぅ……悲しいです」


「ご……ごめん。でも正直なところ本当に身に覚えがないんだ。名前だってわかんねーし」


「だーかーら!~~~~ですよ!」


 必死に訴えかけてきてるみたいだが全く聞き取れねぇ…….名前だけが明白に。変な感覚だ。何なんだこれ……。

 女の子はもういいですよとやや呆れ顔になりそっぽを向いてしまった。


「まだダメみたいですね……でも私、待ってますから。達樹さんとまた一緒にアイドル活動できる事」


 徐々に意識が遠のいていく。目が覚めそうなのか?クソ……まだ聞きたい事が山ほどあるってのに。

 女の子の姿が少しずつ消えていくに連れて俺の意識も底へと沈んでいく。

 抗おうとする感情とは裏腹に夢の世界は薄れていき、外は朝日が昇り始めていた。

 




…………………………

2023年 5月24日 3:00

 

 都心の隅にある誰も知らない廃工場。そこは夜な夜な愚かな愚者達が集う溜まり場と化していた。

 先客は2名。冷徹に見える男の見た目をした者と妖美な佇まいをする女の見た目をした者。

 そこに遅れて黒と白が入り混じった髪色をした長髪の男が遅れて到着する。


「あれ?もしかして最後?」


「遅いぞ負薄ふはくどこをほっつき歩いていた」


「そんなに怒んないでよ悲哀ひあい。良い感じに育ちそうだった娘がいたんだけど早々に潰されちゃってさ。病みそうだったから良い感じに擦れた娘いないかなーって視察してたの」


「それで?収穫はあったの?」


「そりゃもうすんごいよ!哀憐あいりん!やっぱり間違いない。ここ最近のアイドルに対して負の感情の増加傾向は10年前とは比べ物にならない。こっちから何もしなくても人が人を憎み羨み、負の感情が湧き出てくる。しばらくはたらふく喰らえそうだ」


「我らが王の復活も時間の問題……か」

 …………………………




2023年 5月24日 三玖須高校 13:20分


 昼休み真っ只中。だが腹は減ってない。授業は勿論頭に入ってねぇ。いつもは3割くらいは聞いてるけど今日はカケラも頭に入ってこなかった。

 ここ最近ありとあらゆるわけわかんねー事が起きすぎて出来の悪い地頭だと処理しきれないのだ。許して欲しい。

 今の俺にできるのは手元にあるスポドリをちまちま飲む事だけだった。

 ただ無心で飲んでいると机の上にどすんと弁当箱を置かれた。


「お昼ご飯それで済ませる気?」


 話しかけてきたのは莉乃だった。開けてみると食いかけだが美味そうなハンバーグとちょっとしたおかずと白米が程よく残されていた。


「残りはレッスンの休憩の時に食べようと思ってたけどあげる。それに結構美味しくできたと思うから」


 正直食欲はないが女の好意を無碍にするほど落ちぶれる気もない。何より本当に美味そうだから食べてみたくなったので遠慮なく頂くことにして食べ始める。


「美味い!!」


「えへへ、良かった。全部食べちゃって良いからね」


 少なかった事もあり瞬く間に完食し、莉乃に弁当箱を返す。


「いやぁ久々に食ったけど前よりも美味かった。ありがとな」


「全然!元気出してくれたならよかった」


 幼馴染の絶品手作り弁当を食べた事で俺のメンタルはかなり回復した。子供のころから料理に触れていただけあってそこらの女子よりかは遥かに美味い。


「!」


 ふと目線を下にすると太ももに湿布が数カ所貼られていた。腕にも治療の箇所があることに気づく。

 普段アイドルです感全く出してこないからたまに忘れるけど莉乃はアイドルなんだよな。

 昨日の夢の事もある。現状の何か解決に繋がらないかと莉乃に尋ねてみる事にする。


「なぁ莉乃。アイドルってどんな感じなんだ?……やっぱしんどいか?」


「ん?アイドルやってみる気になったの?」


「ちっげーよ!ちょっと……気になっただけだ」


 子どもの頃はひ弱で泣き虫だった莉乃。良いやつだけど積極的に前に立って動くタイプじゃなかった。アイドルだって親が勝手に応募して流れでやってると聞いた。

 確かに世間一般で言うに憧れる世界なのかもしれない。でもこんな怪我までして長時間レッスンがあって見返りが必ずあるわけでもない世界。

 その中でなんでこいつは頑張れるのか。アイドルは頑張り続ける事ができるのか。俺は気になった。


「うーん。全然まだまだ新人だから学ばなきゃいけない事も多いし大変だよ?上下関係が厳しかったりレッスンも夜遅くまである日もあったりするし。

 でも、そんな中でも私を応援してくれるファンの人がいて、それを見てると頑張らなきゃなって。

 歌もダンスもまだまだなのに全力でコールしたりして支えてくれて。中には他県から来てくれる人だっているんだよ?……だから精一杯応えてあげたいなって思うの」


「そんな怪我だらけになってもか?」


「うんっ!達樹ならわかってくれると思うけど……嬉しいんだ。誰かが幸せになってるのを見るの。

 喜んでる人の表情とか顔を見るのが好き。こっちまで嬉しくなって楽しい気持ちになるから。

 だから頑張れる。それが……私のやりがいで頑張れる理由かな」


「……そっか。今まで関心なかったけど、良いなアイドルって」


「そーだよ!だから当社は君の入社をいつでもお待ちしています!」


「それとこれとは別だ!!」


 ネットの情報や人から聞いた話なんかで決めつけるのは良くないと勉強になった。

 アイドルってのは俺が思ってたよりも誰かのためになっててファンだけじゃなくアイドル自身にも良い影響を与えているんだと。

 感傷に浸っていると5限目のチャイムが鳴り始める。ふと気がつくと周りには誰もいなかった。


「そ、そういえば次って移動教室じゃねーか!?」


「やばっ!話しすぎちゃった!!絶対遅刻だよぉ~~!!」


 二人して急いで駆け出す。だが案の定次の授業は遅刻してしまったのであった。

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