第3話「兆候・参」

 2023年 5月23日 20:45分


 放課後。気分を晴らすべくカラオケで熱唱しまくった俺と卓夫。気づけば夜も更けており、気分も高揚しきった俺達は色々語りながら帰りたかったので二人で歩いてのんびり帰る事にしていた。

 

「いや〜〜!久々にあの懐ソンアイドルソングから流行りの売れっ子アイドルソングメドレー!!拙者の魂を震え上がらせるには十分すぎる幸せタイムでしたぞ!」

 

「ほんとにな!あとやっぱ卓夫歌上手いよな。さながらジャンボマスターのボーカルにも見えるぜ!」

 

「ふふ……拙者、音楽の道を通じてアイドルと親睦を……!?なんつて!」


 二人で下品に高笑いを掲げてしまう。楽しく談笑していると気づけば人気のいない道に来ており、思ったより声が響いたことに気づいて少し恥ずかしくなる。


「この辺まじで人っ気ないよな。隠しルートみたいでテンション上がるけど女の子一人で通るとなると結構怖そう」

 

「それはそうでござる……って達樹殿!噂をすれば女の子のような人影が!!」


 前方を見ると確かに女の子の人影がある。かなり小柄だ。中学生に見えなくもないが暗いからわかりにくい。

 

「せ、拙者!!神風特攻隊として人生初ナンパ……もといジェントルマンとして真摯なエスコートを心みたい所存!!気を悪くしたらハイパーフルパワー土下座をして誠意を示す!!よろしか!?」


 卓夫が完全にハイになっている。

 男がここまで躍起になっているのを止める術を俺は知らない。それに卓夫も今回の件を必死に振り切ろうとしているのだ。


 卓夫は咳払いをしながら頑張って紳士的に立ち寄り少女に声をかけた。


「失礼致す。こんな夜中に女の子一人だと危ない故、拙者貴方様の事護衛してもよろしか……って!?」


 卓夫の様子がおかしい。二人とも立ち止まり呆然としている。加えて卓夫の方は明らかに動揺している様子だった。


「卓夫!どうした!!」


 駆け寄り卓夫の目線の先を見るとそこには昨日これでもかと言うほど見させられた動画に映っていたアイドル。前田けいが虚な表情でそこにはいた。


「け……けいちゃん……心配してたんですぞ!?今まで何して!!」


「ボコボコにしてたわ」


「え……?」


「私の事を悪く言うやつ片っ端から痛めつけてやってたの。当然よね。人の気も知らないであれだけ誹謗中傷したんだもの!!」


「けい……ちゃん……?」


 前田けいの目は狂気と殺意に満ちていた。彼女の目はとてもどす黒く、光が灯ってるって目はしていない。


 少なくとも今目の前にいる女性からは人間味を感じなかった。人として見れなくなった。ただ止まる事なく溢れ出てくる殺意を前に卓夫の手を取り走って距離をとる。


「達樹殿!?一体何がどうなって!?」


「俺もわかんねーよ!!ただあいつの近くにいちゃやばいって事だけはわかる!!」


 10m近くはとりあえず離れた。けいは静かにこちらにガン飛ばしながら無言で見つめてくる。


 ってちょっと待てよ。けいの姿を見返すと所々身体の形が禍々しく変わっていた。

 さっきまであんなものはなかった。コンクリートを容易に殴り潰せそうなグローブを模した武装が両手を覆っていた。


 他の身体のパーツも半分程所々禍々しい武装のような物が付いている。

 次のライブの新衣装なんて可能性はまず無いだろう。


「あなた達も私の事憎いんでしょ?こいつはゴミみたいな扱いしても良い人間だって思ってるんでしょ??」


「そんな事思うわけない!!けいちゃんは今も拙者にとってかけがえのない――」


「黙れ!!下衆が!!」


 けいはそう言い切ると一気に間合いを詰めてきた。咄嗟すぎて反応できない。


 バゴォッ!!!


「卓夫!!!!」


 卓夫が殴り飛ばされる。続け様に俺へも右手による掌底が腹のど真ん中に入った。

 

「がはぁっ!!」


 あまりの衝撃に吹き飛ばされてしまい無様に転げ回ってしまう。


 くっそ痛え……ここまで強烈な腹パンは人生で一回も食らったことがない。何より初めて口から血を吐いた。


 なんとか立ち上がるが視界がぼやけ始める。

 卓夫は気を失ってしまっているようでぴくりとも動かない。そんな卓夫の髪を女は無理やり掴み上げる。

 

「あんたもどうせ私に失望したんでしょ?どうでもよくなったんでしょ?オタクなんてそんなもんよ。勝手に期待した癖に勝手に裏切ったって騒いで本当迷惑」


 ……やめろ……


「あんたも掲示板に書き込んでるようなカスアンチと変わらないわ。下心しかないような自分勝手の下衆。人を不快にしかさせない陥れる事しか脳が無い害悪オタクは私がここで殺す!!」


――――――――――


「拙者どこまで行ってもアイドルが好きで候。推しアイドルが歌って踊って笑顔をくれる。拙者達オタクの生きる糧になる。希望をもらえるでござる。だから、自分のお金や時間、大切な物を、対価を払ってでも応援したいって思える」

 

「最悪のケース。解雇や引退。もし仮にそうなってしまったらと考えると……けいちゃんの歌って踊る姿がもう見れないのかと思うと……それが何より悲しい」



『拙者けいちゃんのことが大好きでござる』



 ――――――――――


 ドゴォォォ!!!


 拳と拳がぶつかり合い、衝撃音が鳴り響く。

 卓夫に殴りかかろうとした女の拳をこちらも渾身の右によるストレートを喰らわしてやった。とはいってもけいは生身の拳ではない。強固な鉄鉱石か何かで作られたようなグローブをはめている。

 正直右手は使い物にならなくなる覚悟だったが友達の命の危機の前では繰り出さざるおえなかった。

 だが不思議と痛みはあるが骨にダメージがいった様子はない。アドレナリンってやつか。


「お前……生意気にも邪魔をするか」


「こいつ言ってたぜ……あんたに彼氏がいようがなんだろうが応援し続けるって。アイドルとして歌って踊ってる姿が見たいから。アイドル、逆境にも負けずに続けて欲しいってよ」


「そんな事あるわけ……!」


「うるせぇ!!俺はあんたのこと知らないし、アイドルの事も全然わかんねぇよ!!でも一つだけわかることがある!」

 

「自分を心から好いてくれてる人間の好意くらい素直に受け止めろ!!」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!」


 再びけいが両手を構えてこちらへ向かってくる。

 こちらも拳を構えるがこちらがジリ貧なことに変わりはない。

 受け止めれはしたものの向こうにダメージが入っている感触もない。一方こちらは確実に受ける度にダメージが蓄積されていく。

 

 迫り来る敵。決死の覚悟で拳を握るがけいの拳が直撃する直前。数秒前までは人っ子一人いなかったはずのこの場に気がつくとセミロングの茶髪を靡かせる高身長イケメンが突っ立っており軽々と片手で拳を止めていた。


「間一髪だったかな?」


「くっ……何者だ!?」


「君に纏わりついてるその気色悪いのを浄化しに来たの」


 けいは距離を取りたがっている。突如として現れた謎の男に対し危機感を感じているんだろう。

 かなりの力を加えているのが側から見ててわかる。だがこの男、微動だにしてねぇ。何者なんだ。


 ザッ!!


けいが距離を取ることを諦め、もう片方の手で直接殴りかかろうとする。だが男は人間離れした反射速度で拳を振り翳したけいの顔前にそっと右手を添える。

 そして漫画やアニメでしか見た事のない波動砲のような物をぶっぱなした。


「ちょ!?何も殺さなくても!!」


「大丈夫。浄化しに来たって言っただろ」


 土煙が消えるとさっきまで纏わりついていた禍々しい武装は消えて無くなっており、人の形をした前田けいが横たわっていた。


「任務完了♪あっ君、動けるよね?救急車呼んでくれるかな?」


 俺は男の指示通り迅速に119へ怪我人が二人と電話をかけた。

 電話を切って卓夫とけいちゃんをなるべく地面が平なところへ移動させる。

 んで問題はここからだ。聞きたい事が山ほどある。


「なぁ。さっきの化け物はなんだったんだ?そもそもあんたも何者なんだよ?なんでビーム出せるんだよ」


「答えてあげてもいいけど……その代わりこっちからも一つ提案がある」


「な、なんだよ」


「アイドルを……やってみる気はないかな?」


「…………はい?」

 

 この時の俺は知らなかった。今俺たちがごく普通に享受している平和ってやつが少しずつ崩れ始めてることを。

 想像もつかなかった。アイドルが世界の命運を握ってるなんて事も………………


 To be continued

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る