第121話 強くてニューゲーム

「別の世界に転移するとは、どういうことだ?」


『吟遊の魔王、神聖ヘブラァは強い。レベル100億の力には誰も勝てんだろう。だからの。お主だけでも別世界に飛ばして助けてやろうという計画なのじゃよ。この大賢者の究極魔法ラストスペリオンならば、お主1人を別次元の世界に飛ばすことなぞ簡単なことなのじゃ』


「そんなことをしてなんになる」


『人生をやり直せるぞ。ふふふ。新しい世界でな。強さはそのままなんじゃ。ほぼ最強じゃろう。また仲間を作って楽しく過ごせばいい」


 なるほど。

 強くてニューゲーム。みたいなもんか。

 だがな、俺1人が助かり、他の部下が全滅するなんてことはあり得ない話だ。

 いや、正確には部下のことなんかどうでもいいがな。そうではなくて、せっかく最強に育て上げた部下たちを別世界に連れて行けなくては無意味だということだ。

 そんな勿体無いことがあってはならん。

 

「そんなことは却下だ」


『そうはいうても、勝ち筋が見えんのでは全滅してしまうじゃろう。相手はレベル100億のバケモンなんじゃから』


「俺があいつの奴隷になればいいのさ。奴と奴隷契約をすれば、みんなの命は助かる。いや。その条件でみんなの命を助けるつもりだ」


『バカバカ。まったく。どこまで底抜けに優しいのじゃこの男は』


「勘違いをするな。せっかく育てた部下を失うのが惜しいだけだ。効率を重視したまでに過ぎん。別におまえたちを助けるのが目的ではないさ」


『愛した男に苦汁を呑ますわけにはいかんのじゃよ。そんな条件は飲めん』


「いや、俺が奴隷になるのはおまえのためでもあるのさ」


『なんじゃと?』


「奴なら持っているかもしれない。レベル100億の 未知の能力アンノウンアビリィ。俺の知らない未知の力なら、おまえの体を元に戻せるかもしれない」


『なるほど……。魔王へブラァの 未知の能力アンノウンアビリィか────。うむ。残念ながらないようじゃな』


 一瞬探るような間があったな。


「その感じ……。まさか覗いたのか?」


大賢者の輝く部屋ワイズマンルームわしの思念を具現化する魔法でな。神クラスの事象には干渉できぬが、隠蔽魔法で隠されたステータスを覗くくらいは容易いのじゃ。ヘブラァのステータスは存在せんがな、潜在能力を覗くことはできる。これを意識の 同期シンクロという』


 レベル100億の能力を遠隔で覗くなんて、相当に応用の効く魔法だな。

 神クラスの事象には干渉できないとはいえ、応用の幅はありそうだぞ。


 突然。

 目の前にカフロディーテが現れた。

 その体は淡く光っており、この部屋の力で具現化したエネルギー体だというのがわかる。

 しかし、実体化しているのだろう。その体からは温もりを感じる。そこには確実に存在するカフロディーテがいた。

 彼女はボロボロと大粒の涙を流していた。


『ザウス。あと4分じゃ。わし……。あと、4分で、さよならじゃよ』


 なんて悲しい顔だ。

 咲終わって、萎れてしまったアサガオみたいにクシャクシャだよ。

 こんな悲しい顔は見たことがない。

 俺は胸が締め付けられる思いがして、気がつけば、彼女を抱きしめていた。


「カフロディーテ」


『ザウス。大好きじゃ。ザウス。大好きなんじゃよぉおおおおお!』


「泣くな」


『ザウスゥウウ……。ザウスゥウウウウウウウウウ』


 4分後には、彼女のことを忘れているかもしれない。

 そう思うと、彼女と過ごした楽しい日々が走馬灯のように脳内を駆け巡った。


《ワハハハ。わしの魔研究は世界一なのじゃぁああ!! ワハハハハ!》


 あ、ダメだこれは。思い出したらダメなやつ。


《んなーー! わしの胸は膨らんでおるのじゃあーー!!》


 みんなでゲームをしたり、食事をしたり、時には修行と称してピクニックにも行ったりした。

 そんな時は、いつもカフロディーテがムードメーカーで、彼女が笑って、俺たちも笑っていたんだ。

 あんなに楽しい日々を過ごせたのは、彼女がいたからこそだったな。


 そんな彼女があと4分で……消える。


 気がつけば俺も泣いていた。


 いかん……。泣いている場合じゃない。

 こんなことは生産性のかけらもない無駄な行為なんだ。


 俺は魔公爵だ。

 勇者さえも倒した最強の悪役だぞ。


 考えてやるさ。

 カフロディーテを元に戻す方法をな。


 どんな邪悪な方法でもいい。

 非合法でもチートでもなんでもありだ。

 彼女を元に戻すのに手段なんか選ばんぞ。

 俺は悪役キャラなんだからな。

 

 俺は号泣する彼女を抱きしめた。


「カフロディーテ。俺の本心を言ってやろうか?」


 彼女は泣くのを堪えて俺の言葉に注目した。

 その顔は真っ赤になり、心臓の鼓動は激しさを増す。


「俺はおまえを助けたい。絶対に元に戻してやる」


『んな!? バカバカバカ! 愛の告白を期待したのにぃいいい!! 4分じゃぞ。あと4分で……。うぇええええええええん! ザウスゥウウウウウ!! 大好きじゃぁあああああああ!!』


「まだ4分あるさ」


『……し、しかし、希望なんてないじゃろうが』


「希望はあるさ」


 俺の知らない 未知の能力アンノウンアビリィなら、彼女を戻す力があるかもしれない。


同期シンクロを使って、レベル100億に潜在するステータスを見たんだよな?」


『うむ。その中には 大賢者の輝く部屋ワイズマンルームに干渉を与える能力はなかったぞ』


「だったらそれ以上ならどうだ?」


『え!?』


「レベル100億以上に存在する 未知の能力アンノウンアビリィなら、おまえを元に戻す方法があるかもしれない」


『なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!? そ、そんな力は神の領域じゃぞ!? 下界人が踏み入れない神聖な領域かもしれぬ!』


「んなこと知るか」


 神とか礼儀とか関係あるか。

 俺は魔公爵。

 最強の悪役キャラだぞ。

 ルールなんて無視だ。

 絶対に見つけてやるさ。


 レベル100億を超える方法をな!

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