第75話 カクガリィダンは勝ち誇る

 タイセン草原。


 そこはザウスが占領して間もない領土だった。


 平坦で、草木が生い茂る豊かな場所。


 設置されたばかりの監視クリスタルが等間隔で置かれており、それが魔公爵領であることの証明であった。


 そんな監視クリスタルに向かってアピールしているのが角刈りの魔族、カクガリィダンである。


「おいゴブ太郎。見ているか!? 私と勝負しろ! この弱虫ゴブリンが! 貴様の小根を叩き直すために決闘を申し込む! 規律正しく、堂々と、この私と戦うのだ!!」


 監視クリスタルに音声を拾う効果はない。

 よって、このカクダリィダンの素振りだけが魔公爵城の監視室に届くのだった。


 彼は獣人の軍団を束ねていた。

 それは動物のサイの顔をしたサイ戦士たち。体は鉄の鎧を着ており、それぞれが大きな槍を持っている。


 サイ戦士たちは規律正しく整列していた。リーダーであるカクガリィダンの命令には絶対である。

 2千匹はいるだろうか。百匹の列が正方形の列を作り、それが10個以上も存在して、カクガリィダンの後ろに控えているのだ。


 しかし、カクガリィダンは進行を止めて、タイセン草原で待機した。

 幟を立てて仁王立ちの姿勢を見せる。


 その幟には、


『弱虫、ゴブ太郎。逃げるな卑怯者。私と戦え』


 そう記されていた。


 そんな中、現れたのがザウス重騎士団だった。

 強固な鎧を身に纏ったオークの軍団である。

 サイ戦士ほどではないが、それでも数千匹の軍勢であった。

 ブタとサイが向かい合う。そんな光景を想像してもらえればいいだろう。


「我々は、ここ周辺を警備しているザウス重騎士団ブゥ! ここはザウスさまの領土ブゥ! 今はまだ、領主さまから攻撃命令がでていない。よって、警告だけをさせていただく。命が惜しくば、すぐに立ち去るブゥ!」


「グハハハ!! 豚どもがぁああ!! たかだかレベル280程度でいい気になるんじゃぬぁああああい!! かかって来ぉおい!! 私が規律正しく駆逐してくれるわぁあああ!!」


「受けた命令は、こちら側から攻撃しないことブゥ。しかし、相手から戦いを挑まれればやらざるを得ないブゥ」


 サイ戦士たちのレベルは250程度。若干、重騎士団に負けてはいるが拮抗しているといってもいい。この草原で合戦が起これば混戦は免れないだろう。


 しかし、


「おまえたちは手を出すな。私の勇姿を目に焼き付けるがいい!」


 その力を誇示するように、カクガリィダンが前に出た。

 と同時。

 オークたちは雄叫びを上げる。

 それは互いを鼓舞するように。


「今こそ、ザウスさまのために戦う時だブゥ!!」

「魔公爵領を守るブゥ!!」

「この時を待っていたブゥ!!」

「やってやるブゥウウ!!」


 ザウス軍は平和だった。

 護衛の仕事とはいえ、日々の修行は高みを目指す厳しいもの。

 そんな中で初めて、その修行の成果を発揮できるのがこの時だったのだ。

 オークたちは日頃の鬱憤を晴らすように、カクガリィダンに突進した。


 しかし、それはカクガリィダンの一振りだった。

 空を切るように横一閃。

 たったそれだけの素振りで、すさまじい強風を発生させてオークたちは吹っ飛んだ。


「ふはははは! 貴様らでは勝負にならんわぁああああ!! 規律正しく、私は負けんのだぁああ!!」


 彼は腕を掲げた。

 手の平を空に向けて広げる。

 すると詠唱とともに岩土が空中に浮かんで集まった。


天地あまつちを集めたる地龍の躍動。逆鱗の恐慌は大地を揺るがす──。くくく。ゴブ太郎が来る前にぶち殺しておいてやるか」


 それは土を固めた巨大な球体だった。

 土属性の高度な魔法である。

 完成したのは直径50メートルの巨大な土の塊。

 そんな物が、掲げた手をひょいと下げるだけで、巨大隕石の墜落のように動いた。



「規律正しく雑魚は死ね。グランドメテオ!」



 球体はオークに向かう。

 激突すれば甚大な被害が出ることは確実であろう。

 オークたちは死を覚悟した。この一連の流れだけで、相手との実力差を思い知ったのである。


「「「 あわわわわわブヒィイイ……! 」」」


 彼らの脳裏には、魔公爵領で過ごした楽しい日々が走馬灯のように流れた。

 ある者は家族と楽しく過ごし、ある者は恋人と甘い時間を過ごした。1人身の雄オークが雌オークに恋をすることだってあった。

 そんな平和な日常を送れたのは全てザウスのおかげなのである。彼が日頃から提唱している『楽しいは正義』。この言葉が、オークたちにとっては何ものにも変えられない生き甲斐だったのだ。

 しかし、そんな素敵な日常も今、終わる。あの大きな土の球体がぶつかれば全てが終わってしまうのだ。

 もっと、ご飯を食べたかった。もっと、家族と楽しい時間を過ごしたかった。そんな想いがグルグルと脳内を駆け巡る。


 巨大な球体は暗い影を落とした。

 その影に包まれた時、オークたちは覚悟した。




 ””ああ、今、終わる””



 

 その瞬間。




ドバァアアアアアアアアアアアアンッ!!




 大きな破裂音とともに日の光がオークたちを照らした。


「「「 え!? 」」」


 オークたちは目を見張る。

 眼前まで飛来していた巨大な球体は消滅しているのだ。

 辺り一面は砂煙。

 

 そこには1匹のモンスターが立っていた。



「待たせたゴブ」



 それはゴブリンの姿だった。

 しかし、立ち上った土煙でその顔が見えない。

 辛うじて、声だけは男ということがわかった。


 彼は、たった1撃でグランドメテオを破壊したのである。


 オークたちは歓喜の声を上げた。


「マ、マジかブゥ……」

「すっげぇブゥ……!」

「し、信じられないブゥ」

「い、一体誰なんだブゥ?」


 やがて、その土煙が治まると、その正体が判明する。


「ゴ、ゴブ太郎!! ゴブ太郎ブゥウウ!!」

「マジか!?」

「ブヒィイ!」

「す、すごいブゥウウ!! あの土魔法を破壊しちゃったブゥ!!」

「ありがとうゴブ太郎!!」

「助かったブゥ!!」

「今度、スーブッタのパイナプールをあげるブゥ!」


 オークたちは口々に賞賛した。


「ほぉ……。弱虫ゴブ太郎。やっと来たか。ククク」


「よくもオイラの仲間を痛めつけてくれたな。この借りは必ず返すゴブ」


 ゴブ太郎の瞳は輝いていた。

 それは勝利を確信したように、一切の曇りがなくキラキラと輝く宝石のように。

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