第55話 スターサ、がんばる
〜〜スターサ視点〜〜
私は孤児院で療養していた。
勇者セアに捕まり、拷問を受けて体が弱っているからだ。
とはいっても、私の傷はエリクサーによって全快しているし、1週間も寝たきりで食事だけをとっていたので、体重は元のとおりに戻った。
でも、「はぁ〜〜」
元気がない。
ベッドの横には大金の入った袋が無造作に置かれていた。
これ……ザウスさまからの給金。
勇者セアに対するスパイ活動の給金らしい。
麻袋には大金貨が詰まる。その額、3万コズン。
これだけの金額があれば10年は無職で暮らせるだろう。
スパイ活動の給金としては、なんとも不釣り合いな金額だ。
院長先生は天を見上げる。まるで、魔公爵城に向かって想いを馳せるように。
「あなたは16歳だもん。それだけのお金があれば自分の人生を選べるわね」
私は任務に失敗した。
勇者セアの人質になって、あの方に迷惑をかけてしまった。
このお金は手切れ金だろうか?
「……ザウスさまは、ここに来ないのかな?」
「今は魔王軍と戦っているそうだからね。とても、そんな時間はないわよ。その代わり、孤児たちが大好きな果物が大量に届いたわよ。ふふふ。『腐らせるから在庫処分だ』なんて言伝があったけどね。あなたが大好きなモモーンやブドウマールがたくさん。しかも、腐るどころか、食べごろの上等な物ばかり。ふふふ。本当に……。ザウスさまったら」
「仕事に失敗した私なんて……。会いたくないかな」
「そうじゃないわよ。きっと、あの方は罪の意識を感じられているのよ。口では『人間なんてどうでもいい』って言うけどね。いつも私たちのことを心配してくれるお優しい方なんだから。スターサ。あの方は、あなたに辛い想いをさせてしまったことを悔やんでいるのよ。その大金は謝罪の意味があるのだと思うわ」
「ザウスさまらしい……」
「ふふふ。本当にね。あの方は底抜けにお優しいお方だから」
「ねぇ。院長さま。私は自分の人生を進んでもいいのかな?」
「ええ、もちろんよ。ザウスタウンにはあなたに職を与えるギルドが10種類以上はあるわ。どこでも好きな場所にいって将来のことを決めればいいのよ。1人暮らしができる準備金もあるだろうしね」
「じゃあ、私……。孤児院を出るね」
「……さみしくなるわ。子供たちも、あなたのことを本当のお姉さんのように慕っているものね」
「時々は顔を出すから」
「落ち着いたら連絡ちょうだいね」
「うん。手紙を書く」
私は荷物をまとめて大通りに出た。
よし、あの馬車にしよう。
手を挙げると御者は馬を止めた。
「どこまで?」
「魔公爵城」
私の行動力を見くびらないで欲しいわね。
馬車に揺られて3時間。
魔公爵城に到着する。
「スターサさん……。もう体は大丈夫なのですか?」
「はい。おかげさまで!」
でも、心は病んだままかも。
だから、どうしてもザウスさまに会いたい。
「元気になって良かったわ」
出迎えてくれたのは、ザウスさまのお世話係、メエエルさんだ。
優しくて賢い女の人。……なにより、すっごい美人。笑顔なんか女神さまって感じ。
ちなみに、お世話係とはザウスさまの身の周りの世話をやる職らしい。
うう……羨ましい。一度、お世話係になりたい要望を出したら全力で否定されてしまった。
魔族の歴史に対する教養が必要なんだとか……。人間に生まれたことをこんなに悔やんだことはない。
「今日はどういったご用件で?」
「ザウスさまにお願いがあってきました」
「今、修行をされております。訓練場へ参りましょうか」
私はメエエルさんに連れられて廊下を歩いた。
ズドォオオオオオオン!!
バシィイイイイイインッ!!
ガガガガーーーーーンッ!!
す、すごい音。
廊下のカーペットが浮き上がるくらいの衝撃。城内中がカタカタ震えてる。
「こ、これはなんですか?」
「ふふふ。ザウスさまが修行をされているのです」
その衝撃音がこんなところにまで?
「もうかれこれ6時間はぶっ続けです。これでは体が壊れてしまいますよ」
「うう……」
会いに来たのをちょっと後悔……。
魔王軍の戦いに備えて努力をされているんだぁ……。
ああ……。お邪魔かもしれない……。うううう。
ザウスさまは空を飛んでいた。
戦っているのは……もう1人のザウスさま??
「え? ザウスさまが2人ぃ?」
あれ? でも肌の色が違う。
「
「す、すごい」
道理で、肌が茶色なわけだ。
「ああ、でも、私……。お邪魔かもですね」
「いえいえ。もう、本当に休憩をしてもらわなければ城内が大変なことになりそうなのです」
え?
「ザウスさまーーーー!! もう本当に休憩をしてくださーーーーい!! 城内で部下モンスターたちが心配しておりまーーす!!」
「わかっている……。だが、もう少しやらせてくれ!」
「部下モンスターたちは心配のあまり、『ザウスさま心配の会』を結成して天に祈り始めておりますよーーーー!」
「なに!?」
「会員が続々と増えておりまーーす!! このままでは『ザウスさま心配の会』が発する祈りの声で城内が埋め尽くされてしまいますよーーーー!」
「……わかった。休憩しよう」
地上に降りたザウスさまは、すさまじい湯気を発していた。
あ、汗だくのザウスさまーー!!
ちょ! 待っ! はうぅうううううう!!
タオルで汗を拭く姿が眩しぃいいいいいいい!!
カ、カ、カカカカ、カッコイイィイイイイイイイイイ!!
さ、鎖骨にしたたる汗ぇえええええ……。
汗だくの青い肌ぁあああああ!! 良いいいいいいッ!!
ムフゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!
「なに、スターサが来てるだと?」
「ええ。ザウスさまにお話があると」
あ!
私に気がついた!!
「ザ、ザウスさま……」
はわわわわわわ……。
「スターサ……。体は大丈夫なのか?」
あ、今、ちょっと申し訳なさそうに目を伏せた!
「ザウスさま、もしかして、罪の意識を感じられていますか?」
「え? いや……。べ、別に……」
「嘘!」
「あのなぁ……。俺は魔公爵だぞ。人間に対してそんなことは微塵も思わん。おまえのことなんかどうでもいいのだ」
う……。
「ほ、本当に、私のことなんかどうでもいいのですか?」
その可能性は多いにある。
悲しくて泣きそう……。
「……あ、いや。それは少しは思うところがある。12歳のおまえに4年間も勇者のスパイ活動をさせたんだからな。しかも、たった1人でだ」
「それは、ハジメ村にモンスターを連れて行くわけには行きませんから仕方のないことです」
「とはいっても。鍛えている勇者の元に戦闘訓練もしていないおまえを送ったのは俺の落ち度だ。おまえが捕まって、セアから拷問を受けたのは俺の責任だよ」
「ほらぁ! やっぱり罪の意識を感じています! これがその証拠です!」
と、3万コズンの入った麻袋を差し出した。
「あのなぁ……。給金……。少ないか? だったらもう少し……」
「ザウスさまーーーーーーーーーーー!!」
「な、なんだ……?」
「私をこの城で雇ってください!」
「なにぃいいい?」
「私はこの城で働きたいのです」
「し、しかしだな。魔族の仕事は命に関わることだってあるんだぞ。おまえは身を持って体験したはずだ。それだけの金があれば、ザウスタウンでそれなりに快適な暮らしができるだろうが」
「ザウスさま……。私は、あなた様に仕えることが私の幸せでございます」
「うーーん。そういわれてもなぁ。危険な目に遭わせてしまった責任は重いからな。俺は悪の支配者なんだ。全ては俺の所有物。部下の失敗も俺のものなんだよ」
「物事には互いの利害関係で成り立つと思うのです」
「……急にどうした? まぁ、嫌いではないけどな。その考えは」
「私は流浪の孤児となっている時に、あなた様に救っていただきました。そのご恩を返すことが私の生き甲斐となっているのです。私は、その生き甲斐を達成するためにここに来た……。これが私のメリットです」
「しかし、だな。それで命を落としては意味がないだろうが」
「私が危険に晒されること、命の危険に遭ったこと。それがあなた様にとってのデメリットなのですね。では、そのデメリットを買わせてください」
「え?」
「このお金で」
と、3万コズンを差し出す。
私はゆっくりと土下座をした。
「どうか。私をこの城で雇ってください。お願いします」
「おいおい」
「どうか……」
急に、クスクスと笑い声が響く。
それはメエエルさんの声だった。
「ザウスさま。彼女は賢いです。ザウスさまが大嫌いなデメリットを3万コズンで買うというのですからね。これでデメリットは消滅しましたよ。メリットしか残りません」
「あのなぁ」
うううう。
もう本心で喋るしかない。
「な、生意気言ってごめんなさい。でも私……。本当にザウスさまの元で働きたいんです」
メエエルさんは背中を押すように声をかけた。
「ザウスさま」
「ったく。わかったよ。雇ってやる」
あは! やった!!
「ありがとうございます!!」
「でも、このお金は受け取れないぞ」
「え? でもぉ……」
「おいおい。勘違いするなよ。これは成果における対価だ」
「え? た、対価??」
「おまえがここに来なければ、俺は修行のやめ時を見失っていた。もしも、おまえがここに来なかったらどうなっていたと思う?」
「わ、わからないです」
「耳を澄ませてみろよ」
え? 耳ぃ??
すると、それは、地下から聞こえるモンスターたちの声だった。
「ザウスさまぁあ。無理はなさらずにゴブゥ〜〜」
「ザウスさまのお体が壊れませんようにランドォ」
「ザウスさまぁあ。休憩して欲しいハピィ〜〜」
「ザウスさまが疲れませんようにリザ〜〜」
「ザウスさまが休憩するまで、オデは食事を取らないブゥ」
な、なにこれ?
もしかして、さっきメエエルさんが言ってた『ザウスさまを心配する会』ってやつかな?
「このままだと俺を心配する会が大きくなって、この声が城の中で溢れかえるところだったんだ。おまえはそれを阻止したんだよ。だから、その成果における対価として、この金はおまえに受け取ってもらう」
ううううう。
そんなの……。ザウスさまの一言ですぐに収まる事案じゃない。
これが詭弁だってことくらい、16歳の私にだってわかる。
私からお金を取らないための優しい嘘。
ああ、本当に、心の底から、この人が大好きだ。
「ザウスさまぁあああああ!!」
「おっと……」
気がつけば、体が勝手に動いていた。
もう、思い切って抱きしめてしまう。
「私……。一生懸命働きます」
「ああ……。でも……」
「わかっています。危なそうな雰囲気ならすぐに撤退します。無理はしません」
「よし」
うふふふ。
ああ、この方に抱かれると心が安らぐ。
不安だった気持ちが一気に消えちゃった。
今は清々しいくらいに気持ちがすっきりしてる。
ああ、いい匂い……。
「ねぇ。ザウスさま」
「なんだ?」
「この3万コズンは私のお金なんですよね?」
「もちろんだ」
「じゃあ、その汗を拭いたタオルを3万コズンで売ってください」
「なんでだよ」
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