第40話 保険に保険をかけて……

「あわわわわ! く、来るなぁああッ!!」


 これは演技か?

 来るな=来い。

 来て欲しい、という可能性がある。

 お笑い芸人が熱湯風呂を前にして、「押すなよ。絶対に押すな」というアレなのかもしれない。

 なにか策があるのかも?


 コイツを確実に倒すのは、隠している作戦を全て潰してからだ。


「こ、こうなったら最後の手段だ」


 ほぉ。

 やはり、まだなにかを隠していたか。


「ち、近づくなよぉ〜〜」


 そういいながら、勇者は亜空間に手を突っ込んだ。


 亜空間収納箱アイテムボックスか。まだ、なにかアイテムがあるのか?


「さぁ、この女に見覚えはあるかな?」


 取り出したのは女の子だった。


 なに!?


「スターサ!」


 彼女は、勇者のスパイ役としてロントメルダ領に送り込んだ孤児院の少女だ。

 数週間前に体調不良の手紙をもらったのだが、セアに捕まっていたのか。

 こいつ、勇者のくせに人質を盾にするのが得意技なんだな。


 スターサは俺の方をチラリと見ると、涙を流してつぶやいた。


「ザウスさま……。もうしわけありません……」


「ギャハハハ!! 形勢逆転だなぁああああザウスゥウウウ!!」


 セアは師匠のゲバルゴンザによってレベル82まで鍛え上げられたからな。

 スターサの気配を感じ取るのも容易だったということか。

 ミスったな。自分を鍛えることに夢中で、スターサのことを考えることができなかった。

 これは完全に俺の責任だ。わずか16歳の少女をスパイにして敵の本拠地に送ってしまったからな。


「スターサ……。安心しろ。すぐに助ける」


「おおっとぉお! 怪しい動きはするなよぉおお! 少しでもおかしい動きをとったら、この女の首はへし折るからなぁあああああ!!」


 スターサ……。

 ずいぶんと顔が腫れて、体が痩せているな。


「彼女になにをした?」


「ククク! 僕の周囲でウロチョロしてたんでね。とっ捕まえて拷問してやったのさ」


「拷問だと?」


「ククク。すぐに答えればなにもしないのにさ。バカな女だよ。正義のためならやむなしさ。食料を減らし、ほっぺたを引っ叩いてやったんだ。ハハハ! そしたら、涙を流して歯を食いしばっていたよ」


 酷い……。


「おまえは、それでも勇者か?」


「フン! 勇者の敵は殺したって正義なのさ。例え、女、子供、老人、病人だろうとね。勇者に逆らうやつは悪なんだよ」


「彼女に罪はない。命令を出したのは俺だ」


「ククク。やっぱりな。そんなことだろうと思ったよ」


「彼女を解放しろ」


「ギャハハハ! それはおまえ次第だねぇえええ!!」


「俺は悪の支配者だ。部下の物は俺の物。俺の物も俺の物。だから……。スターサの失態も俺の物だ」


「なんだぁああ? こいつが捕まったのが自分の責任だとでもいいたいのかぁ〜〜?」


「そうだ。だから、スターサ。泣くんじゃない。悪いのは支配者である俺だ」


「ギャハハハ! 今更、反省したって遅いんだよ! 謝ったって許しはしないぞ! 土下座をしてもダメだ。僕はおまえを許さない!!」


 彼女はさらに泣いた。


「うううう……。ザウスさまぁああああああ!!」


「もう少しの辛抱だぞ」


「ううう」


 セアは仰け反って大笑い。


「キキキキキキキキャアアアアア!! ウケるぅうううううううううううう!! ダメだぁあああ!! 笑いすぎて腹が痛いぃいいいいいい!! 無能な支配者に支えて不憫だなぁスターシャよぉおおおおおおおおおおお!!」


「ザ、ザウスさまの悪口をいわないで!」


「ククククゥウウウウ。それは悪かったな。おまえの境遇を思うと同情するよぉおおおお!!」


 やれやれ。


「要求をいえ」


「ククク。まずは両手を上げろ。ゆっくりだ。降参。のポーズだな。ククク」


 さて、どんなことを要求されるのやら。


「まだ、動くなよ。そのまま手を上げておくんだ。ククク。これを使ってもらおうか」


 勇者は亜空間収納箱アイテムボックスから果物ナイフを取り出した。

 それを地面に放り投げる。

 おおよそ、武器にするような物ではないが……。


「ククク。このナイフを心臓に突き刺してもらう」


「ほぉ」


「カカカカ! 大賢者の時は貴様をめった打ちにしてやろうと思ってそんなことはいわなかったけどな。今回は甘くないぞ」


 つまり、


「俺に、自分自身を殺させる作戦か」


「ブハハハ! そういうことだ! もう手は抜かないぞ! 徹底的にやってやる! 僕にミスはない!!」


 たしかに、俺自身に自殺をさせればレベルの差は関係なくなる。

 しかし、自分の手を出さないということは、それだけ追い込まれているということでもあるな。


「セア……。どうやら、それが最後の作戦らしいな?」


「ハハハ! そういうことだ。僕は入念に計画を練った。レベル999の 岩巨人ゴーレムを使い、それでもダメな時のために人質として大賢者を使った。そして、最期はこの女だ。保険に保険をかけ、貴様を倒すために、絶対に負けない完璧な計画を練っていたのさ!!」


「そうか……。最後か」


 やはり、慎重に行動しておいて良かったな。

 大賢者を助けたあとに、こいつを簡単に始末していたら、今頃、スターサは亜空間で餓死していただろう。

 しかし、最後という確約が取れたのなら……。これはピンチではない。最高の好機だ。


「さぁ、ナイフを拾え。でも、ゆっくりだぞ。少しでも妙な動きをしたら、スターサは殺す。いいな?」


「…………」


「……おい。ぼーーっと突っ立ってないで動けよ」


「…………」


「動けったら。ククク。まぁ、怖いのはわかるがな。ククク」


「セア……。おまえはさっき、俺を倒すのに計画を練って、保険に保険をかけたといっていたな」


「クハハハ。当然だろう。僕は天才だからね。貴様を倒す算段に抜かりはないのさ」


「そうか……。実は俺もな。おまえを倒すために計画を練っていたんだ」


「フン……。それが今、終わるなぁ。ククク。僕の勝利で幕が閉じるんだ」


「チンという男を知っているか?」


「ああん? 武器商人だろ。僕が欲しかった剣を買い占めていたクソッたれ野郎だ。見つけたらぶっ殺してやるよ」


「あれは俺だ」


「にゃにぃいい!?」


「俺が変装して武器商人になっていたんだ。強い武器が、おまえに渡らないようにするためにな」


「クソがぁあああああああああああ!! ……フン。まぁいい。その苦労も今終わるからな。ククク。貴様を葬ることがチンへの逆襲になると思うと胸がスッとするよ! ギャハハハ!」


「武器屋の店主……。おまえに首を締められたってさ。ずいぶんとボヤいていたぞ」


「フン! 無能な店主だったからね。僕に暴力を受けるのは当然だろ。僕に剣を売らなかったんだ。殺されなかっただけありがたく思うんだね」


「店主はおまえに復讐したいと思っていたそうだ」


「ハハハ! 雑魚モブがなにいってんだよ。貴様を殺したら、次は店主をぶっ殺してやろうかな」


「俺はチンの姿のまま、彼に復讐のチャンスを与えた」


「はぁ?」


 俺は両手を上げたまま、パチーーンと指を鳴らした。


「おい、なんださっきの指鳴らしは!? まさか仲間を呼んだのか?」


「そんなことするかよ」


「怪しい動きはするなよ。こいつの首をへし折るくらい、1秒もかからないんだからな!」


「飴は旨かったか?」


「は?」


 勇者はプルプルと震え始めた。


「うぐ……。ぬぬぬ」


「はちみつとミルクの飴。クリィミーで甘くて。美味しいよな?」


「な、なぜ知っているんだ? そ、その飴は……。ぶ、武器屋の店主からもらった飴だ。魔鋼の剣が売れないからと……。店主が僕にくれた飴だ!」


「俺はチンに変装して、店主に飴を渡しておいたんだ」


「なに!?」


「これで勇者に復讐できる、ってね」


「なにぃいいいいいいいいい!? ぬぉおおお!! は、腹がぁああ、い、痛いぃいいい!!」


「あの飴には呪いが付与されていてな。俺の指鳴らしに反応して腹痛が起こる仕組みなんだよ」


パチィーーーーーーーン!


「ぐぅぉおおおおおおおおおおおおッ!」


「指の音を追加すれば、腹痛は加速する」


パチィーーーーーーーン!


「ぬぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「こんな風にな」


パチィーーーーーーーン!


「痛だぁああああああああああああああああああああああッ!!」


「俺は計画を練りに練った。レベルを限界突破させ、レベルカンストを目指し、そして、おまえの弱体化に努めた。当然、保険もしっかりとかけたわけだ。この飴のようにな」


パチィーーーーーーーン!


「あぎゃあああああああああああ!! ストップゥウ!! や、や、やめてぐでぇええええええ!!」


パチィーーーーーーーン!

パチィーーーーーーーン!

パチィーーーーーーーン!


「あぎゃあああああ!! ぬがあああああああああ!! ふぎゃにゃあああああああああああああああああああああッ!!」


 さて、


「スターサ。もう大丈夫だ」


「ザウスさまぁああああああああああああ!!」


 彼女は俺に抱きついた。


「辛い思いをさせてすまなかったな」


「ザウスさまぁああああ!! もうしわけありませんでしたぁああああ!!」


「気にするな。おまえのせいじゃないってば。よしよし」


「うぇえええええええええええええええん!!」


 俺は懐に忍ばせておいたエリクサーを取り出した。


「これを飲め」


「ぐすん……。それは?」


「これは大賢者カフロディーテから貰ったアイテムでな。どんな傷でも治してしまうんだ」


「そ、そんな貴重なアイテムを私に!? い、いけません! ザウス様がお使いください!」


「いいから飲め」


「うう。ありがとうございます」


 スターサの傷はたちまち全快した。

 よし。


「メエエル。彼女の介抱を頼む」


 スターサはもう大丈夫だろう。


 さてと、


「おいセア。この首輪。外すからな」


 俺は魔力封じの首輪をぶち破った。


 ふむ。


 気分爽快。

 魔力復活だ。


 あとはレベルを半分にする、半減の法典だな。


 こんなのは弱体化の付与魔法と同じでな。ほんの少し力を入れるだけで……。


「むん!」


 よし。

 解除だ。


「これで通常に戻ったよ。俺のレベルは6000だ。おっと、ステータス2倍強化のスキルが発動しているから、実質12000かもな」


「あががあがあががあががががががあっががががっ……。た、た、た、たずげでぐでぇええええええええ!!」


 それは演技か?


「安心しろ。俺は絶対に手を抜かないから」


 油断もしないし、侮ったりもしない。


 全身全霊をかけて……。





「貴様を倒す」





 俺は亜空間から漆黒の剣を取り出した


「デーモンソード……」





────

飴のイベントは21話にあります。

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