第7話 アルジェナの気持ち

〜〜アルジェナ視点〜〜


 私が魔公爵ザウスの城に来て1ヶ月が経つ。


 ハッキリいって半信半疑だった。


 魔公爵は奴隷狩りで有名な魔族。

 魔王の配下で人間の敵だ。

 そんな存在が周囲に慕われるなんて、まだ信じられないくらいだわ。

 正直、嘘をついているなら討伐するつもりでこの城に来たんだ。


 でも、ザウスは本当に優しい。

 部下に慕われ、人間にも人気がある。


 こんな魔公爵がいるなんて驚きだ。

 なんなら、普通の公爵より優しいかもしれない。


 あたしが宛てがわれた部屋は綺麗な所だった。

 広くてフカフカのベッドが設置してある。

 快適な職場。

 毎日、美味しい3食がついていて、その上、給金までもらえるのだから、すさまじい高待遇と言わざるを得ない。


 そんな部屋に、世話係のメエエルが入ってきた。


「アルジェナさん。一応、城内のルールがあるので、あなたにもお話ししておきます」


 それは夜の添い寝係の話だった。

 城内にいる女は、希望者を募って、主人であるザウスの夜のお供をするらしい。

 つまり、一夜限りのイチャコラする相手ということだ。

 まったく、男という生き物はどこに行っても同じね。

 エロいことばかりを考えている。あの優しいザウスも同じか。

 まぁ、これが魔公爵の本性なのだろう。


「このノートには夜の添い寝係の希望者を募っております。あなたは戦闘訓練の教育係ですが、城内の女には変わりありませんからね」


「それは強制なの?」


「まさか。そんなことをザウスさまがするわけがないでしょう」


「どういうこと?」


「このシステムは先代の魔公爵さまから引き継いだものなのです。妾候補に自主性を重んじたわけですね」


「つまり愛人希望者を募っているってこと?」


「正確には第二以降の夫人ですね。本妻は政略的に決まるでしょうから」


「まぁ、どちらにせよ、ザウスとエチィことをしたい人がそのノートに記帳するんでしょ?」


「んーー。というより、意思表明かしら」


「どういうこと?」


「ザウスさまはこのシステムを使っていません。魔公爵を継いでから、夜はお一人で寝られているのです」


 ……意外だったな。

 利用しまくっていると思った。

 待てよ。


「そのシステムを知らないんじゃないの?」


「まさか。魔公爵になられた初日にお伝えしましたよ。でも、そんな気分になれないみたいですね。今は強くなることが目標のようです」


「ふーーん」


 ……なんだか安心してる自分がいるな。

 変な気分だわ。


「それで……意思表明ってどういう意味よ?」


「そのままですね。ザウスさまに自分をアピールするってことです」


「…………」


 たしかに。

 そんなノートに記帳したら、いつでも自分を抱いてくださいってことだものね。

 そう考えたら恥ずかしいわ。


「アルジェナさんに伝えているのは、あとで苦情が来ないようにです」


「え?」


「城内にいる女は平等に権利があってもいいと思うのです」


「ど、どういう意味?」


「ザウスさまに公平に愛されるということですよ」


「!?」


「ザウスさまが恋人を作ろうと思った時、どうすると思いますか?」


 そうか!

 絶対にノートを見る。

 そして、その中から恋人候補を選ぶんだ!!


「あなたがこのシステムを知らなかったら、悔やむ可能性があるでしょ? だから、不公平に思われないように事前にお伝えしているのです」


「あ、あたしが悔やむわけないでしょ!」


「それはわかりません。なにせ、ザウスさまの人気は止まることを知りませんからね。あの方は人垂らしの達人なのです」


 ノートを捲ると、その中には希望者がビッシリと書かれていた。


「すごい……。ゴブリンやオークのメスまであるじゃない……」


「まぁ、恋の権利は平等ですからね。記入は自由。でも、選ばれるのはザウスさまに指名された者だけです」


「す、すごい人気……。いったい何百人が書いてるの?」


「城内にいる若い女は、あなたを除いて全員が記入していますね。すべての侍女がザウスさまの妾になりたいと思っているのです」


 ぜ、全員……。


「ということはメエエルも?」


 彼女は1ページ目の1行目を指差した。


「ここに」


 すさまじい圧力。


「世話係としては当然です」


「ふーーん。恋心はないんだ?」


「…………」


「どうして答えないの? 立場上の義務ってこと?」


「名目はそうです」


「名目?」


「私のような身分の女が、本気になってはいけないということです」


「じゃあ、本気で好きなんだ?」


 そういうと、彼女は真っ赤になった。

 わかりやすいな。


「どうしますかアルジェナさん? 記入、されますか?」


「す、するわけないでしょ!」


 彼女はホッとしたように笑顔になった。


「そうですか。でも、お伝えはしましたからね。あとはご自身の意思を尊重してください。それでは失礼します」


 メエエルは上機嫌で帰って行った。

 恋のライバルとでも思われたのかな?


 そもそも、恋ってなに?


 あたしは子供の時から剣技しかやってなかったしな。

 そんなの気持ちが湧いてくるなんて想像もできないわ。


 あたしがザウスを好きになる……?


 ははは。ないない。

 絶対にないってば。

 ははは……。あたしが男を好きになるなんて絶対にないんだから。

 異性に対してドキドキしたことなんか1度だってないんだからな。

 ははは……。



 翌日。


 あたしはザウスに剣を教えていた。


「じゃあ、剣の素振りをやってみて」


「うむ」


「あーー。もっと、こういう感じのがいいかな」


「そうか。こうか?」


「違う違う。もっとこう」


「ふぅむ。こうかな?」


 あーー、後ろから手で掴んで教えた方が、感覚が掴めるか。


 あたしはザウスの背中に体を密着させた。


「もっと……。こうね」


「う、うむ……」


 う……!

 い、今、めちゃくちゃ体が密着してるじゃない!


 あわわわわわわわわ!


「ちょ! ザ、ザウス! 勘違いしないでよね!!」


「なにがだ?」


「す、好きで抱きついたんじゃないんだからね!」


「それはわかっているが??」


「ったくぅ」


「?」


 うううううううう……。

 な、なんか意識してるぅううううう!!


 あのノートのことが頭から離れないいいいい。


「おいアルジェナ。体が真っ赤だが熱でもあるのか?」


「な、ないわよ!」


「なんか、汗の量がすごくないか?」


「う、うるさいわね! 素振り千回追加よ!」


「なんで?」


 はうううう……。

 もう、嫌ぁ。

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