第2話 勇者と魔公爵

〜〜勇者視点〜〜


 僕の名はセア。

 10歳。


 勇者の血を引く者だ。


 僕の力で魔公爵ゴォザックを倒した。


 僕の手から光の波動が発生して、モンスターどもを消滅させたんだ。

 その力で地面は抉れ、山は半壊した。

 すさまじい勇者の力である。


 村人は僕を讃え、助かったことに安堵した。


 消滅した魔公爵は自業自得といってもいいだろう。

 なにせ、奴隷集めにこの村を襲ったのだからな。

 上半身が僕の力で吹っ飛んでいた。

 ふふふ。いい気味だよ。

 悪は死んで当然なんだ。

 悪は滅ばなければならない。


「いや〜〜。セアのおかげでこの村は助かったよぉ! 本当にありがとうなぁ!」


 今は宴会の最中だ。村人が僕にご馳走をしてくれている。

 

「セアは亡くなった親父さんの血を引いたんだなぁ」


 父さんは魔王に殺されている。

 魔王に支配されたこの世界はモンスターが蔓延り、魔族たちが人間を支配していた。


 こんな世界はクソだ。


 僕が世界を変えなければならない。


「この村はセアがいるから安心だな!!」

「本当だ。セアはすごいよ!」

「最高だぜセア!」

「ほらぁ。葡萄ジュースで乾杯だ。飲め飲めぇ。ははは!」


 やれやれ。

 これだけはいっておかなければならない。


「みんな……。気軽に僕のことを呼び捨てでいうけどさ。みんなの命は僕が救ったんだよ?」


 場は静まり返る。


「それに、これからは僕がみんなの命を守るんだからさ。そんな存在を呼び捨てにするのはよくないよね」


「な、なにをいっているんだセア……。おまえはまだ10歳じゃないか」


「はぁ? そんな子供に命を救われているんだよ? 僕がゴォザックを倒さなければみんなは奴隷になっていたじゃないか」


「それは……。そうだけど」


「国王から勇者の称号が授与されるのは5年後だ。それまではこの村を守ってあげるけどさ。別にいいんだよ。今、出て行っても」


 みんなは口をつぐんだ。


「僕の扱いには気を遣って欲しいね。僕は勇者なんだからさ」


 すると、村人は苦笑い。


「へへへ。すまねぇな。セアさん」


 やれやれだ。


 ん?

 この葡萄ジュース……。


 そこには1本の髪の毛が浮かんでいた。


「このジュースを入れたのは誰だ?」


 それは村の娘だった。


「わ、私です……」


「髪の毛が入ってるよ。こんなジュースを飲んで僕がお腹を壊したらどうするんだい?」


「ご、ごめんなさい。すぐに新しいのに換えるわね」


「ああ。謝ったら済むわけじゃないんだ。僕は勇者になる者なんだよ? 気を遣ってもらわないと困るよ」


「ど、どうしたら許してもらえるのですか?」


「んーー。土下座だよね。君の一生をかけて謝ってもらわないと」


 女は地面に額をつけた。


「申し訳ありませんでした」


 これを見た村人から「ひでぇ」とか「そこまでやらせなくても」なんて声がヒソヒソと聞こえてきた。


「文句があるなら目の前に出ていいなよ。僕は命の恩人なのにさ。自分の立場を認識して欲しいね」


 本当にわがままな村人たちだよな。


「あんまり僕を怒らせるなよ。本当に出て行くからね。そうなったらこの村は魔公爵領になり下がるんだ。そのことを肝に銘じておくんだね」


 やれやれ。

 勇者とは大変な職業だな。

 バカな村人の命を守るのは当然のこと。教育までやらなくちゃいけないからね。




〜〜魔公爵ザウス視点〜〜



 俺は父親の爵位を継いだ。

 家族はいないので俺が魔公爵城の主人である。


 勇者に殺されるのは5年後。

 この5年の間に強くなる。

 圧倒的強さで勇者を倒せば何も問題はないんだ。


 まずは戦力の強化だ。

 手下のモンスターを戦闘訓練させてレベルを上げなければならない。


 問題は初日から起こった。


 修行で傷ついたゴブリンが俺に謝罪してきたのだ。


「も、申し訳ありませんザウスさま! この傷は大したことがないんでゴブ。い、い、命だけはお助けくださいゴブゥーーーー!!」


 そういえば、元魔公爵だった俺の父親、ゴォザックは負傷した兵士は足手纏いだからといって殺していたな。

 子供の俺は意見しなかったが、今はそうじゃない。

 兵士を減らすなんて愚の骨頂。

 兵力の衰退が勇者の進軍を許すんだ。


「医療班は?」


「へ? 負傷者は殺処分ですから……。い、医療班なんてないでゴブ」


 やれやれ。


「ソーサラーゴブリンは回復魔法が使えるだろう。医療班を形成して負傷者を治療するんだ」


「は、は、はい……」


「なんだよ? 不思議そうな顔をしてさ」


「こ、殺さないんでゴブか?」


「はぁ? そんなことするわけないだろ。貴重な戦力なのにさ」


「き、貴重な……。せ、戦力??」


「ああ。おまえたちは勇者と戦う貴重な戦力さ」


「はわわわわわわわ! ゴブブブブゥウウウウ!!」


「どうした? 傷が痛むのか?」


「ゴ、ゴォザックさまは我々のことをゴミクズ扱いしていたでゴブ! き、貴重な戦力だなんて、とても名誉なことゴブゥウウ!!」


 やれやれ。

 俺は自分の命が惜しいだけだ。

 こいつらの傷を治すのも自分のため。

 全ては勇者から倒されるバッドエンドを回避するためなんだ。


 ゴブリンたちの修行はゴブリンリーダーが担当していた。

 兵士たちは肩で息をして棍棒を振っていた。


 修行のスケジュールはどうなってんだろう?


 俺はゴォザックが作った一覧表を見て目を見開いた。


「なんだこれ? 休憩の時間がないじゃないか!?」


 すると、ゴブリンリーダーは当然のように目を瞬く。


「きゅ、休憩なんてないでゴブ。ゴォザックさまには寝る間も惜しんで鍛えるようにと厳しく命令されているでゴブ!」


 おいおい。

 なんて非効率なんだ。


「適度な休憩が能力向上に最適解なんだよ。これからは3時間に10分の休憩を取るように」


「そ、そんなにゴブ!?」


「水分補給もしっかりするんだ」


「み、水を飲んでもいいゴブか?」


 熱中症で倒れたら意味がないんだよ。


 食事も酷いもんだ。


「もしかして1日1食だけなのか?」


「は、はいゴブ。それが当たり前ゴブ」


 ったく。

 こんな訓練スケジュールじゃあ兵力は減退して勇者に倒されてしまうよ。


「そんなんで筋肉がつくもんか。これからは朝、昼、晩。きちんと3食与えるように!」


「ええええええええええええええゴブゥウウウウ!!」


 ふふふ。

 俺は容赦せんぞ! 

 覚悟しておけ。

 おまえらを鍛えて鍛えて鍛えまくってやるからなぁあ!!


 呪うならモンスターに生まれた自分の運命にしろ。

 おまえたちのことなんか知ったこっちゃない。


 全ては俺が助かるためだ。


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