第12話 治療
「動ける人は重傷者を馬車の近くに集めてくれ」
アベルが周りに大声で呼びかける。イアンとナタリーは盗賊達が逃げ去った方角の警戒を続けながら、動けなくなっている盗賊達にトドメを刺して回っていく。ジャックは軽症で動ける護衛達と重傷者に手を貸し運ぶ。
集められた患者をアベルは優先順位をつけていく。一通り集め終わると、
「先ずは傷と一緒に、この周辺を清める。範囲浄化、エリアクリーン」
「「「おお!」」」
範囲浄化魔法を唱えると、怪我人達の傷口の泥や汚れが光の粒子になって消え去り、地面にある血溜まりまで無くなった。意識がハッキリしている者達は、その魔法の効果に驚き、声を上げる。
「範囲回復、エリアヒール」
「凄い!傷が塞がっていく」
「痛みが無くなった!」
「ああ、治癒士様」
「範囲魔法の連続発動とは!」
続いて範囲回復魔法を唱えると、軽症者達の切傷は逆再生のように見る見ると塞がっていき、打撲の晴れや痛みが引いていった。
しかし重症者の傷からは、今だ血が流れ、中には骨が見えている者もいる。しかしその痛みは少しはマシになったような表情だ。
アベルは先ず人手を確保したかったため、無理をして範囲魔法を使った。
範囲魔法
通常の魔法効果範囲を広げ、その範囲内全てに魔法効果を施す魔法技術である。時間短縮にはいいが、その分魔力の消耗が激しく、魔力量が多く、魔力操作力が高い熟練者にしか扱えない高等技術。時と場合によるが、基本一人一人の症状や傷に合わせてヒールを唱えていったほうが治癒士本人の消耗は少ない。
「俺はこのまま重症者達の治療に当る。今の魔法で回復した人達は指示に従い手伝ってほしい」
「「「はい、わかりました」」」
アベルの指示に従う護衛達。散乱した積荷や個人の荷物必要なものを告げ集めされたり、重症者へ話しかけさせたり、痛みで暴れる者を押さえつけさせたりと皆必死で行動する。仲間の命を繋ぎ止めるために。
そんな中、イアンが一人の盗賊の片足を持って引きずってきた。
「こいつが盗賊達の頭目らしいぞ。一応生かしておいた。虫の息だけどな」
「時間的に厳しいな。そいつの治療は最後だ」
蔑んだ目で頭目を見ながら冷たく言い捨てたイアンに、同じく冷たく返すアベル。
ティアラは、盗賊達の死体があちこちに転がっている光景に、そして冷たい表情のアベルとイアンのやり取りにショックを受け顔が青ざめ震えていた。それに気づき心配そうに付き添うキーラ。
「ティアラ、止血剤と造血剤を急ぎで作ってほしい。それと初級でいい。魔力ポーションを頼めるか?」
「…………」
「ティアラ!」
「はっ、はい……」
「たのむ、時間がない」
「……………」
彼女を気遣う素振りもなく、厳しい表情で指事を出すアベル。傷の深さや大きさにより、優先順位をつけ必死に治療行為をしているのだから余裕はない。それに重傷者の命の猶予も……
しかしティアラは、反射的に返事はしたが動けなかった。するとキーラがティアラに優しく語りかけた。
「こんな経験は初めてよね」
「はい……」
「でも、旅をしていたら身近な出来事なの」
「それは知っていました……」
「でも、聞くのと見るのは大違いでしょ?」
「はい……」
キーラが握ったティアラの手が、どんどんと冷たくなっていくのがわかる。悲惨な光景が視界に入らないように俯いてもいる。そんな彼女の頬を包むように両掌で挟み、膝をついて目線を合わせて、再びティアラに語りかけるキーラ。
「ティアラ、今アベルは必死にこの人達の命を救おうとしているの。そんな彼が、貴方の力を頼りにしているわ。恐いのはわかるわ。私も初めて見た時はその日食事ができなかったし夢にも見たわ。でもこのまま、なにもできなくていいの?貴女の力を必要としている人が眼の前にいるのに?救える命があるのに?アベルを手伝い助けることが出来るのは、ティアラ、あなたしかいないのよ」
私がアベルを助ける?まさか!頼りにされてる?本当に!キーラの言葉に少しだけ勇気が湧くティアラ。するとその勇気は彼女の心の中で少しずつ大きくなっていく。そしてようやく顔を上げると、
「その人の鎧は引っ剥がしてくれ。そっちは俺がいくまで傷を押さえ続けてほしい。君は歯を食いしばれ。出ている骨を中に戻す。少し痛いぞ」
汚れに塗れながらも必死で怪我人達に治療魔法を施しているアベルの姿があった。
「わ、わかりました。や、やれるだけ、作れるだけ作ってみます。まだ恐いですけど……先生、側にいてもらえますか?」
「ええ、わかったわ。そしてありがとう。でも無理はしないでね」
「はい、頑張ります!」
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