第6話 夕食
アベルが宿へと帰り、部屋を開けるとティアラの姿がない。まさか!と思い探しに出ようと慌てて部屋を後にしようとすると、そこには身体から湯気を立て、薄着でタオルで髪を拭いている彼女が驚いた表情で立っていた。
「は、早かったんですね!こ、これから旅に出るか、その、今のうちにお風呂に入っときたくて……」
「あ、ああ……その、そうだな!しばらくは風呂なんて、きっ、厳しいかもな……」
「お、おかえりなさい」
「た、ただいま」
「「…………」」
「い、今部屋から出るから」
「は、はい、直ぐ着替えますね」
なんともタイミングが良いのか悪いのか。驚きと緊張、そして照れと恥ずかしさでぎこち無く話す二人。
ようやく、アベルが部屋を出るとティアラも急いで身支度を整える。
「もう入って大丈夫ですよ」
「ああ、うん、なんかすまなかった」
「いえ、私の方こそアベルにばかり準備させといてお風呂だなんて……」
「いや、理にかなってるよ。今しかゆっくり入れる場所も時間もないんだから。それに女性は色々と気になるだろう?」
「そ、そうだ。アベルも今のうちに入って来たら?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
必死で普通に喋ろうとするが、なんとなくお互いが意識していることがわかってしまう。
ティアラは長旅に備えて今のうちにと宿に設置されている浴場で汚れを落とし、疲れをとって旅に備えていた。しかしアベルは、その旅の準備にと動いているのだ。少しばかり罪悪感が湧いてくる。
アベルは自分のタイミングの悪さが嫌になっていた。これは、彼女に気を使わせてしまったのだろうかと。彼女は今なにも出来ないのだから、しかたのないことだ。逆に何かしようと宿の外に出て、見つかったら今日の準備が全て水の泡になる。と、冷静に考えようとしていても、脳裏には彼女の湯上がり姿が焼き付いて離れなかった。仕方のないことだろう……アベルが風呂から上がり部屋へと戻ると、
「改めておかえりなさい。お疲れ様」
「改めてただいま。戻ったよ」
「ふふふ」
「ははは」
ティアラが改めて挨拶すると、アベルもそれに答える。二人共、このやり取りが気に入っていた。しかし、明日からは目的はあるが、目標がまだ無い旅が続くだろう。それでも今だけはと、明るく振る舞っていた。
「明朝に東門、夜明け前に出発だ」
「わかりました。でも随分と早くて助かりますね」
「商店の親父さんや、冒険者ギルドのギルマスの協力のおかげだよ……」
「アベル?」
「いや、なんでもない。早速食事をしながら今後の話をしようか」
「はい、早めに寝ないといけませんものね」
夕食には少し早い時間だが、明日の出発が早い事を告げると、女将は快く用意してくれた。
「明日からは野営だから沢山食べないとな」
「そうですね。でも私少食で余り沢山は……」
「今迄は食事はどうしていたんだ?忙しがっただろう?俺は屋台で買い食いして帰っていたけど、ティアラは店で寝泊まりだし、外に出る暇がなかったみたいなこと言ってなかったっけ?」
「私は朝に近くの食堂に食べに出かけて終わりです。昼と夜は栄養剤や自分で調合したポーション飲んでいました」
「それはまた……」
「でも、時間が足りなかったから食事の時間が削れた分、睡眠時間を確保したって感じかなぁ。これからは美味しい物を沢山食べてみたいです」
「そうだな、ここじゃ食べれない物も旅先なら普通に食べれるからな」
「それで、明日からどこに向かうんです?」
「先ずは、君の生まれ育った村を目指すつもりだよ、ティアラ」
「えっ!いいんですか?」
「いいも、なにも、君の目的は先ずはそこだろ?」
「はい、いつもどこかで考えています……あの景色がどうなったのか……村の人達がどうなったのか……覚悟は出来てます。でも自分の目で見ないと納得できない。前に進めない……」
「だよな……俺が君の立場だったらそうすると思うよ……」
「ありがとう、アベル」
「いや、お礼を言われることじゃないさ、本当に……」
礼を言われても、素直に喜べない自分が嫌になる。
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