第7話 別れ

 アベルは迷っていた。ギルマスの話を聞くかぎり、相当酷いことになっているらしいのがわかっているからだ。それをティアラに伝え、村には寄らず領堺を目指すほうがいいのかもと。もしかしたら彼女がより傷ついてしまうのではと。しかし、もし自分だったらと考えると、多分どんな事をしても見に行くのだろうな。もし故郷があればだが……だから彼女の為に村に寄ると決めた。決めたがギルマスから聞いた話はティアラに伝えることはどうしても出来なかったが……


「あっ、薬の素材なんだけど、明日の護衛が持ってきてくれるから、旅の道中に使ってくれて。それと女性メンバーのいるパーティーを頼んだから、同性でしか話せないことや問題はその人を頼ってくれて構わないよ」

「凄い!今日一日だけで全部の段取りと荷物を用意したのにそこまで気を配ってくれるなんて」

「これぐらいあたりまえだろ?旅の仲間なんだから」

「仲間か……いいですね、仲間」

「そうだな、仲間……なんかいいな」

「アベルが自分で言ったんですよ」

「そうなんだけど……今まで本当にそう思える人は身近にいなかったからさ……」

「私もです……」

「乾杯しないか?」

「何にです?」

「自由と仲間に」

「いいですね!自由と仲間に」

「「カンパ〜〜〜イ」」

一一ガシャ


エールのジョキを掲げ、ぶつけ合う二人は嬉しそうに飲み干し、部屋へと帰っていく。しかしその直後、招かれざる客が宿屋の酒場に入ってきた。


「すまない女将、人を探している」

「はぁ……どんな方で?」

「教会の関係者で白いマントを羽織った青年だ。よく下町をうろついている」

「ああ、あの治療士様?」

「そうだ」

「ウチは男女のカップルしか泊まっていませんよ」

「そうか……邪魔をしたな。もし、そんな奴が来たら教会に教えてくれ。謝礼は弾むぞ」

「は〜い」


(ふん、嘘は言ってないもんね。そんな奴じゃ無くて御本人様がいますよってんだ。誰がアベル様をお前らに売り渡すもんですか!あの人だけが私達を救ってくれた本当の聖人様よ)


「お〜い、客か?」

「いいや、尋ね人だってさ」

「へ〜〜〜見つかるといいな〜」

(ニヤリ)

「そうね〜見つかるといいね〜」

(ニヤリ)


そんなやり取りがあったことも知らず、二人はそれぞれのベットに入り横になってはいたが眠れないでいた。


(なんか意識してしまうな……)

(なんか緊張するです……)


昨日とは打って変わって、意識のハッキリしている二人は、逆に寝れずにいた。アベルもティアラも異性と泊まるなんて始めての経験だった。勿論、昨夜は数に入れてはいない。途中から覚えてないのだから……

しかしそれもつかの間、昼間に動き回ったアベルは、疲れがどっと出てきたのか直ぐに眠りに落ちた。それを見届けたティアラも、少しばかりアベルの寝顔を見つめた後に、布団を被り睡魔に負けた。


まだ暗い夜ともとれる時間に目が覚めたアベル。隣のベットを見ると、まだティアラは寝ていた。その寝顔を見ていてふと思った。


(本当に心が強い娘だ。俺なんかより、とても酷い環境にいたにも関わらず、こんなに明るく前を向いて生きている。そんな彼女と今日から一緒に旅をするんだ。俺も恥じない生き方をしないとな。それと絶対に彼女は守ろう。どんな事をしてでも俺の命に変えてでも)


出会って日が浅い、たったの二日だ。しかし彼はそう思ってしまったのだ。もう理屈ではないのだろう。思い出の数ではないのだろう。自分の命が軽いと思っている彼にとっては、彼女はとても眩しく、大切な、守りたい存在になっていた。責任感か、それとも……


「う〜ん……おはようございます、アベル」

「ああ、おはようティアラ」

「私も直ぐに準備しますね」

「焦らなくていいよ。まだ時間はあるから」

「はい、ありがとうございます」

「そういえば、ティアラは魔法属性や戦闘って」

「もちろん経験無いですよ。魔法も水属性でウォーターボールぐらいです。戦闘用のアイテムは作ってましたけど、アベルは?」

「少しだけ、本職に比べたらただの一般人だよ。剣をちょっとだけ教わったぐらいだよ。攻撃魔法はホーリーアローぐらいかな。戦闘用のアイテムってどんなのを作ってたんだ?」

「虫除けや殺虫剤、毒薬に麻痺薬ぐらいですね」

「十分過ぎるだろ!」

「でも今はなにもないです」

「それなら今日の夜は、早めに休んで調合したらいいじゃないか?」

「いいんですか?」

「いいもなにも、材料さえあれば出来る薬やアイテムだけだけどな。身を守る準備は早めにしておいたほうがいい」

「そうですね、今夜早速調合してみます」


起きた彼女と挨拶を交わし、焦らないよう声を掛ける。戦闘に関する話をしていなかったと、念の為にと確認を取るアベル。ティアラの予想通りの回答と予想外の回答。本当に優秀な薬士のようだ。戦闘用のアイテムまで任されていたとは。そうなると、いったいこの娘の師は何をしていたのだろう?毒や麻痺ならいざという時に助かる。それが魔物や魔獣、時に人であっても……


「よし、いこうか」

「はい」


部屋から出ると宿の主人と女将が扉の前に立っていた。不思議に思い、声を掛けるアベル。


「二人共、こんな時間にどうしたんですか?」

「街の皆を代表して二人を見送りたくてな」

「もう……ここには戻って来ないんでしょ?」

「はい……色々とありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」


照れくさそうに笑う主人と、泣きそうな顔の女将。アベルが礼を述べ頭を下げると、慌ててティアラも頭を下げた。


「気をつけてな」

「元気でね……」

「はい、お二人ともお元気で」

「本当に素敵な宿でした。お元気で」


名残惜しいが、いつまでも話している訳にはいかない。もうすぐ日が昇る。心を込めた一言をお互い最後に言い合い、アベルとティアラは東門へと向かった。到着すると門番と話をしている冒険者パーティーが一組いた。他の冒険者は見当たらない。暗い中ゆっくりと近づくと、門に掲げてある松明が冒険者達の顔を照らし、その顔を見たアベルは安堵した。

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