80.いらだつニワトリスたちと、モールだけは駆除したい俺

 昨日の獲物の解体は夕方には終わるとのことなので、何か依頼がないか見てみることにした。

 シュワイさんには字を習い続けているので、ゆっくりであればギルドの掲示板の文字も読めるようになっている。まぁ、悪筆だったり走り書きだったりするとまだ難しいが。(それは普通に文字が読めたとしても厳しいかもしれない)


「モール駆除の依頼が三件か……」


 思ったよりモールの被害が多いみたいだ。

 一日一件ずつ受けていたら三日かかってしまう。その間もモールは畑の中を荒らしまくるわけで……想像しただけで眩暈がしそうになった。農家にとってモール駆除は何を置いてもやらねばならぬ案件……。


「……全部受けます」


 受付に手続きを頼んだ。


「受けていただけるのはありがたいですが、の期日は明日までですよ?」


 俺たちが北の山へ行く準備をしている間に出された古い依頼の期日は明日だ。受付のおじさんが心配そうに聞く。


「問題ないです。これから行ってきます」

「オトカ、目が据わってるぞ」

「すみません」


 シュワイさんに指摘されて作り笑いをした。モールだけは一匹残らず駆除すべし。そんな思いが溢れてしまったのかもしれない。

 いかんいかん。

 シュワイさんは当たり前のように付いてきてくれるけど、依頼料はいらないという。


「私は見ているだけだからな」

「でも農家に話をしたりしてくれるじゃないですか」

「その方が円滑に進むからやっているだけだ。何度も言うが金には困っていない。オトカが受けたい依頼を好きなように受けろ」

「……僕も今はそんなお金に困っていませんけどね」


 そう言うとシュワイさんはフッと笑った。


「オトカは今のところ武器や防具に金を使う必要がないからな。こだわったら稼いだ金など一瞬で消えるぞ」


 日本円にして数千万が一瞬にして消える、だと?

 シュワイさん、どんだけ金持ちなんだよー。

 と思いながらまた羅羅ルオルオの背に乗せられて農家へ急行した。


「遅いじゃないか!」


 農家のおじさんが怒っていた。


「申し訳ない。別の依頼を受けていたもので」

「……モール駆除の依頼を積極的に受け付けてると聞いたから依頼したんだぞ! 見ろ、この畑を!」

「おお……」


 シュワイさんに謝らせてしまい、申し訳ないと思った。俺は羅羅から降りてところどころ穴が空いたり盛り上がったりしている畑を眺めた。なんじゃこのおじいはー! と攻撃的になっているクロちゃんとシロちゃんを宥めながら。

 ほらほらなでなでするよ~。


「……失礼ですけど、対策はされてないんですか?」


 畑がたいへんなわりに、罠などの設置もされていないように見える。今まで行ったところは溝を掘ったりとか、農家さんなりに対策はしていたように思う。


「ああ? 依頼を出したらすぐ来るって聞いたから待ってたんだよ!」

「……えーと、いつ頃から農業ってやってます?」

「去年からだ!」


 おじさんは胸を張った。

 あちゃーと思った。

 畑の横の家から、困ったような顔をした女性と、俺より少し年長ぐらいの子どもたちの顔が覗いていた。


「以前はなんのお仕事をされてたんですか?」


 羅羅に畑の周りに土魔法で壁を作ったりしてもらいながらおじさんに聞いた。


「あ? 俺はこの町の南西にあるニシミナミ町で防衛隊をしてたんだぞ!」


 おじさんは誇らしげに胸を張った。その体型を見て、防衛隊? と首を傾げそうになった。おじさんはとても恰幅がよかった。これではとても戦えないのではないかと思ったけど、防衛隊には事務の人とかもいるんだろう。そういう仕事をしていたんだろうなと思うことにした。


「そちらの方が給料はよかったでしょうに、何故農家に?」

「そんなの、自分で採った野菜を食べるのが一番の贅沢だろうが! 一念発起してこの町で農家を始めたんだよ。それだってのに……いったいなんなんだこのモールの数は!」

「春先にはモールが繁殖して農家の畑を荒らすのは毎年の恒例行事みたいなものです。依頼するのもいいですが、今回みたいにすぐに対応できる冒険者がいるとも限りませんし、自分たちである程度は駆除できた方がいいですよ」

「ガキが生言うんじゃねえよ!」


 耳に痛い話かなと思ったけど、大切なことなので伝えた。案の定おじさんは激高した。


「やめだやめだ! もっとまともな冒険者を連れてこい! ギルドに苦情を入れてやる!」


 最初の声かけだけしてくれたシュワイさんの眉がピクリと動いた。


「……そちらからのキャンセルの場合は違約金を払うことになるが、いいのか?」

「なんだって!? そんなことは聞いてないぞ!」


 聞いてないわけないんだなー。おじさん自身が聞いてなかっただけなんだろうなー。しかもこのおじさんの依頼料、ありえないほど安かったんだよな。多分俺ぐらいしか受ける人いないんじゃなかろうか。

 一応羅羅に畑の周りに壁を作ってもらったから(けっこう土中深くまで作ってもらった)、この畑のモールが別の場所へ移動することはないだろうけど、ご家族が気の毒だよな。


「あのー、あんな安い依頼料じゃ僕以外受ける人はいないと思います。それと、僕の家は農家だったので貴方よりは農業を知っています。キャンセルしてもかまいませんが、どうしますか?」


 改めて聞いてみた。

 おじさんはぐっと詰まった。


「い、依頼料以上は払わんぞ!」

「確認させてください。モール一匹につき銅貨二枚ですよね? 狩ったモールはどうされますか? 食えないことはないですが」

「ふん! モールなんてまずいもんはいらん!」

「ではこちらで回収しても?」

「ああ、餌が増えて嬉しいだろ?」


 おじさんは俺の従魔たちに腰が引けそうになりながらも、バカにするように言った。

 さすがにカチンと来た。


「……うちの従魔はモールの肉は食べませんよ。森の魔物を自力で狩ってきますから」

「じゃあどうするんだ?」

「欲しい人がいればあげますね」


 贅沢になったなとは思うけど、ジャイアントモールでもない限りモールの肉を食いたいとは思えない。それよりも機嫌が悪そうなクロちゃんとシロちゃんを留めるので精いっぱいだ。


「父ちゃん!」


 家から子どもがたまらないというように飛び出してきた。


「モールの肉でもいいから食べたいよ!」

「な、何を言うんだ! モールの肉なんて……」

「モールどころかここんとこ全然肉を食べさせてもらってないよ!」


 子どもに抗議されて、おじさんはたじたじになった。


「そ、そんな、ことは……」

「肉をいつ食べたか覚えてないの? もう四日も前だよ! しかもちっちぇー切れ端だけじゃん!」

「お、お前……」


 おじさんの顔が赤くなった。

 それは健康に悪いな。


「じゃあ、駆除したモールは置いていきますね。ちゃんと依頼料は払ってください。これから畑を思いっきり耕すんで、離れてくださいねー」


 この畑には生きている野菜の苗はなさそうなので徹底的にやることにする。モールさえ駆除すればまた作物を植えられるはずだ。

 ってことで、おじさんに当たるわけにはいかないので、従魔たちと共にモールを一匹残らず駆逐したのだった。(ピーちゃんはシュワイさんの腕に留まって踊っていた。俺たちを応援してくれていたらしい。かわいい)

 おじさんとその家族の顔が引きつっていた。

 ふう、いい汗かいた。


「ありがとう!」

「ありがとうございます……」


 おじさんの家族にはとても感謝された。モールはしめて三十匹もいた。しばらく肉には困らないだろう。(日持ちはしないから一部は人にあげるだろうけど)

 依頼完了の札をもらい、一旦ギルドへ戻ったのだった。



次の更新は4/8(月)です。

誤字脱字報告はご遠慮ください。非常に多忙の為、次の更新で見直して修正します。

どうしても誤字脱字報告をしたくてたまらない場合は感想と一緒にお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る