57.機嫌の悪いニワトリスたちと話を聞く俺

 こちらの世界の文字は、思っていた通りアルファベットに似ていた。

 そしてローマ字みたいなかんじの表音文字だった。これならば覚えやすそうだ。音をあてはめていけばいいなら、比較的容易に覚えられるだろう。それに、文字と文字の間に句読点っぽいものもある。

 ……日本語みたいに文字がひらがなカタカナ漢字とかじゃなくてよかった。そしたら覚えるのも一苦労だよな。漢字の読み方がいくつもあるとかなんなのあれ。


「オトカは物覚えがいい。すぐに読むことはできるようになるだろう」

「それならいいんですけど」


 ギルドで掲示板を見るのもシュワイさん頼みじゃ困っちゃうしな。

 明日は簡単な絵本のような物を持ってきてくれるという。ありがたいと思った。

 日が落ちた頃にチャムさんが帰宅した。


「ただいま~、いやー家に誰かがいるっていいですね」


 チャムさんは笑顔だった。


「あー、疲れました……。オトカ君」

「はい」

「どうやらニワトリスがつついて麻痺させた二人は町を出たみたいです。どこに向かったかまでは知りませんが、一応近隣の村や町には連絡をしておきました」

「あ、はい。ありがとうございます」


 つい一昨日のことだというのに俺はすっかり忘れていた。つーか町についてからがなんか濃いんだっつーの。


「捕まるのは時間の問題だと思うのですが、大きな組織だった場合が厄介です。この町ではオトカ君を狙う者はいないはずですが、くれぐれも気を付けてくださいね」

「はい」


 どう気をつけろというのかと聞きたいけど、うちの従魔たちといればだいたい問題ないとは思う。


「チャム、夕飯後に話がある」

「どうかしましたか?」


 夕飯はまたシュワイさんが用意してくれた。俺は例によって肉を出した。ジャイアントモールの肉とボアの肉である。


「こ、これは……なんの肉ですか!?」


 チャムさんがへんなところから声を出したせいか、驚いたシロちゃんにつつかれていた。


「シロちゃん、だめだよー! チャムさん、すみません」


 チャムさんに触れてすぐに麻痺を解除する。


「……死ぬかと思いました。で、なんの肉なんでしょう?」

「ジャイアントモールの肉です」

「ジャイアントモールの肉!?」


 驚いた声を出したことで、チャムさん、今度はクロちゃんにつつかれてしまった。


「こーら! クロちゃんもだめだろっ!」


 今回は麻痺しなかったみたいだ。よかった、とほっとした。


「すみません、チャムさん。なんか今日は虫の居所が悪いみたいで……」

「それじゃしかたありませんね~」


 許してくれるんだから優しいなぁ。

 でもニワトリスたちがいけないことをしたことに変わりはないので、「チャムさんをつついたらだめっ!」と叱った。二羽ともしゅーんとなっていたのがかわいかったし、チャムさんに、「ゴメーン」と謝っていたのもすっごくかわいかった。チャムさんにちょっとすりっとしている姿がたまらなくて、悶えそうだった。


「ニワトリス……なんというあざとさ……」


 チャムさんはチャムさんで悶えていた。

 自分たちだけでなくうちの従魔たちにもごはんをあげ、少しくつろいだところでシュワイさんが口を開いた。


「ニワトリスたちがチャムをつついたのは落ち着かなかったからだろう。私のせいだ。すまない」

「は? どうかしたんですか?」

「実は……」


 とシュワイさんは話し始めた。

 冒険者ギルドに行ったら指名依頼があったこと。それは魔法師協会からで、北の山の攻略を魔法師たちとしてほしいという内容だったこと。

 それだけでなくその魔法師たちが冒険者ギルドに来て、依頼を拒否したらごねたことなどを伝えた。もちろん最後には駆けて逃げてきたということもである。


「……それは困りましたね。ということは、その魔法師たちがシュワイの家に向かった可能性もありますか」

「しばらくここに置いてもらっていいか」

「それはかまいません。ですが近所ですからね。ここにいるのがバレるのは時間の問題だと思いますよ」


 チャムさんは嘆息した。

 俺はソファに腰かけたままニワトリスたちにぎうぎうくっつかれていた。いつものことである。かわいいからもふりまくっている。


「オトカ君にも迷惑をかけるかもしれませんから、シュワイの事情は話した方がいいかもしれませんね」

「えええ」


 思わず声が出てしまった。面倒事は勘弁してほしい。


「……オトカ君はかなりいい性格をしていますね?」

「おほめに預かり光栄です」

「本当にいい性格です」

「すまない、オトカ。聞いてほしい」

「はーい……」


 まぁここで聞かなくても嫌でも知ることになるんだろうと思ったから、素直に聞くことにした。



 ……よくある話といえばよくある話だ。

 この国の子どもは8歳で魔法を生涯いくつ覚えるかを調べてもらうことになっている。それによるとシュワイさんは十八個と出たらしい。(チャムさんは十個)

 魔法を十個以上覚える者は魔法師協会に招待され、魔法師の学校に通うことができるのだそうだ。(半ば強制。魔法師の学校ではできるだけ早期に魔法を発現させられるよう教育している)

 それでチャムさんもシュワイさんも学校に通ったのだが、シュワイさんについてはその顔面があだになった。

 元々線の細かったシュワイさんは、学校内の男女に好かれ、とにかく告白されまくったらしい。

 そういう気が全くなかったシュワイさんは毎回丁寧に断り、仲のいい相手なども特に作らなかった。

 そうして過ごしているうちに、魔法をたくさん覚えた者たちがシュワイさんを口説き始めた。中には付き合っているのだと吹聴した者もいたという。

 純粋に魔法を研究したいと思っていたシュワイさんは音を上げ、冒険者ギルドに入り浸って依頼を受けまくったそうだ。

 そのせいでまだ十八歳だというのにSランクにまで上りつめた。Sランクになれば国からの指名依頼なども拒否できるかららしい。

 どうなっているんだと俺は頭を抱えそうになった。

 そうやって実力をつけてある程度魔法を覚えたので(現時点では十二個ぐらい)、親戚のチャムさんがいるこの町へ逃げてきたのだという。


「……もう男も女もごめんです……」


 それで自分も家も真っ黒にしていたのかと合点がいった。ようは人間不信に陥っていたわけだな。


「たいへんだったんですね」

「……巻き込んでしまい、申し訳ありません」


 シュワイさんに深々と頭を下げられてしまった。

 うん、まぁもう巻き込まれていることは間違いないだろう。あの三人、しつこそうだったし。

 ちなみにあの三人は魔法師学校で特にシュワイさんに絡んできた面々だったらしい。それはもううわあ、というかんじだった。

 ただ、いくら好きだからってシュワイさんに迷惑をかけたらだめだよな。

 ところであの三人て、冒険者ギルドでのランクはいくつなんだろう? 北の山には怖い魔物がいるらしいし。そこへ挑むってことはそれなりに強いんだよな?

 なんとなく気になってしまった俺だった。



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カクヨムコン9応援ありがとうございました!

まだまだ続きます~

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