18.ちょっと不満なニワトリスと交渉する俺

「我の名を答えよ!」


 青虎せいこは俺たちから一定の距離を保って立ち止まると、低い声で叫んだ。

 みな震え上がっている。

 でもなんか俺には、その青虎がとても困っているように見えた。なんつーか、まるで迷子みたいに見えたのだ。

 確か、質問はしても構わないんだよな?

 俺が一歩前に出ようとしたら、クロちゃんに嘴で服を引っ張られた。


「ダメなの?」


 クロちゃんがぐいぐい俺を引っ張る。


「わかったわかった。服破けちゃうよ~」


 汚れに関しては浄化魔法でどうにかなるけど破けるのは勘弁だ。


「……お、お名前は……ルービックです!」


 ボアのかつらをどうにか被った人が叫んだ。すでにハゲているから更にハゲることはないとはいえ、すごい勇気だなと思った。


「違う!」

「で、では……ルマンドで!」

「全然違う!」


 ルービックってルービックキューブのことかなとか、ルマンドってお菓子の名前かな、おいしそうだなとか思っていたらかつらが吹っ飛んだ。


「っ!? 貴様、我を愚弄するかっ!?」


 やはり青虎はその人がかつらだとは思っていなかったらしい。青虎がその人に向かってとびかかろうとしたのでまずいと思った。


「とりあえずっと……」


 俺は鳥を取る時などに使っている、紐の両端に石を括り付けたボーラみたいなものを取り出し、急いで青虎の足元に投げた。


「ぬっ!?」


 一つ目は外したけど、二つ目、三つ目と投げたら青虎の足に絡みついて転がすことができた。ドーンとでかい音がした。ふぅ、危ない。


「貴様ぁっ、やや子じゃからと大目に見ればっ!」

「ええええ~……」


 やや子って赤ん坊とか幼子って意味じゃないか? 俺そんなに小さく見えるかな?

 内心ちょっと落ち込んだ。シロちゃんとクロちゃんがバッと駆けつけて青虎をつつく。


「あっ、こらっ、やめろっ、や……め……き、さま、らぁ……」


 ニワトリスのつつきおそるべし。あんなでっかい青虎も麻痺させるのか。確かに強いと言われるだけあるよな。

 俺はおそるおそる青虎に近づいた。


「名前がわからないからって人の毛を刈るとかやりすぎだよ。もうハゲにしないって約束してくれるなら解除するから」


 青虎は口はうまく聞けないみたいだけど、前足は少し動くみたいだった。


「名前はわからないかもしれないけど、貴方の事情を教えてよ。もしかしたら力になれるかもしれないじゃないか」


 青虎はかすかに頷いたように見えた。

 その目を見て、もう大丈夫だと思った。

 そっと青虎に触れて状態異常を解除する。

 青虎はぶるぶると身を震わせた。シロちゃんとクロちゃんが俺に寄り添う。


「たぶんもう大丈夫だと思う。ところでなんだけど、ボアの脱毛ってできる?」


 俺は真面目な顔をして青虎に聞いてみた。

 青虎は何言ってんだ? というような顔をした。


「……は?」

「脱毛するような魔法が使えるみたいだよね? 獲物の毛を全部一瞬で抜けたら捌きやすいなと思ったんだけど、どうかな? 一緒に食べない?」


 青虎は目を白黒させた。こちらの言っていることが理解できないという体だが、ちょうどその時青虎のおなかの辺りからぐぐーっと音がした。

 もしかして、肉を焼いている匂いにつられて出てきたのかな?


「……我にも分けてくれるのか?」


 一応話はわかってくれたみたいだ。ニワトリスたちを見る。


「シロちゃん、クロちゃん、あと二頭ボアが残ってるだろ? 脱毛してもらってさ、少し分けてあげようよ」

「エー」

「エー」

「毛を毟るってホント重労働なんだよ? 毛が毟れたら、もしかしたら僕でも解体できたかもしれないのに……」

「キルー」

「オトカー」

「分けてあげてもいい?」

「チョコットー」

「チョビットー」


 どこでそんな言葉覚えたんだよー。

 というわけで村の人たちにはどうにかなったという話をし、広場みたいなところを借りて二頭のでっかいボアをアイテムボックスから出した。

 青虎は目を丸くした。


「……やはり、ここは違うのか……」

「これ、脱毛できる?」

「造作もない」


 青虎はそう言うと一瞬で、ボア二頭に魔法をかけた。


「おおー!」

「おおお!!」


 俺だけでなく村人たちも感嘆の声を上げる。


「オー?」

「オトカー?」


 シロちゃんとクロちゃんはイマイチ、ピンときていないらしくてコキャッと首を傾げた。かわいいなぁもう。


「ありがとう~。これで解体が楽になるよー。ちょっと待ってて~」


 村の人たちにはさすがに新たな二頭の分は分けてあげられないけど、毟らなきゃいけない毛がないだけでも楽なので、みんな快く手伝ってくれた。


「そういえば、内臓って食べる?」

「ああ、もらえるならもらいたい」


 二羽にまた聞いたら「チョコットー」「チョビットー」という返答だった。不満は不満らしい。つーんてしちゃうシロちゃんがかわいい。でも分けてくれるというのだから優しいよなー。


「シロちゃん、クロちゃん、ありがとう~」


 礼をしっかり言って内臓を少し青虎に分けた。青虎はとてもおいしそうにボアの内臓を食べた。

 ってことはやっぱ魔物のたぐいなんだろうなと再確認した。そうじゃなければ毒があると言われている内臓を食べてピンピンしてるはずがないし。

 もちろんボアの肉も分けた。


「うまいのぅ……して、我の名は知らぬか?」


 ズッコケそうになった。自分の名を知っている者がいないか、やっぱり気になるらしい。


「うーん……間違ってても脱毛の魔法をかけないと約束してくれるなら、心当たりがある名前を言うよ?」

「約束しよう。……そこなニワトリに似た魔物が怖いのでな」


 青虎は茶化すように言った。腹がくちくなったせいか随分と機嫌はよさそうである。二羽がじーっと青虎を見ていた。

 村人たちも俺たちの様子を見守っている。


「その前に教えてほしいんだけど……毛って元に戻せるの?」

「いや、我に戻せはせぬな」


 ハゲにされた村人たちがくずおれた。「そ、そんな……」「大事な髪がぁ……」と絶望したような声が届く。一応後で脱毛の状態異常だけ解いておこう。そうすればいずれまた生えてくるだろうし……。


「戻す魔法はあるのではないかと思うが……」

「無責任だなぁ」


 そういうのがとても困る。青虎は申し訳なさそうに大きな身体を縮めた。

 あれ? なんかこれはこれでかわいい、かも?


「うーんと……心当たりのある名前はね──羅羅ルオルオ、かな」


 間違ってたらごめん、って思ったけど、青虎は目を見開いて、次の瞬間にはダバァッと滝のような涙を流した。


「うぉっ!?」


 どうやら俺が知っている魔物というか生き物で間違いはなかったらしい。

 ってことは青虎は異世界転移? したんだろうか。でも山海経自体が物語だろうし、なんともいえないかな。

 青虎はしばらく泣いていたが、やがて泣き止んだ。青虎の下には水たまりができたほどだった。こんなに涙流して脱水症状にならないのか? と心配してしまうほどである。


「そなた、名をなんという?」

「え? オトカだけど?」

「……そうか、オトカか。ではこれより我、羅羅はオトカを我が主と認めよう。そこな魔物たちもよろしく頼む」


 青虎は俺とニワトリスたちに向かって、深々と頭を下げた。


「……え? えええ~~~!?」


 なんだか知らないけど、青虎、もとい羅羅が仲間になった。

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