3話 鶴の嘘

 俺たちは学校帰り、カフェに来た。

 新作ドリンクを鶴岡が飲みたがったからだ。


「悪いね。付き合ってもらって」

「本当にそう思っているなら帰らせて欲しいんだけど」

「亀山くんはすぐそういうこと言うね。だから友達がいないんだよ」

「余計なお世話だ。俺なんかに関わらなくても鶴岡には友達が沢山いるだろうが」


 俺がそう言うと鶴岡の表情が曇る。


「……今はいるけど、昔は友達なんていなかったんだよ」


 そう言ってから鶴岡は新作の桜をイメージしたフラペチーノに口をつける。


「美味しい! 亀山くんも一口飲む?」


 ストローをこちらに向けてきたので俺は首を横に振る。

 学校の人気者と間接キスなんて勘弁して欲しい。


「友達がいなかったようには見えないな。自分で言うのは癪だが友達がいない人間というのは俺みたいな奴だ」


 暗くて捻くれていてネガティブ思考。そんな人間が孤立する。世の中はそういう風に上手にできている。


「昔、ある人がね、助けてくれたんだ。それで私は救われて、今みたいに学校を楽しめるようになったの」


 現実にそんなヒーローみたいな奴がいるんだなと思いながら俺は頼んだアイスコーヒーを飲む。冷たくて苦い、現実のような味がする。


「それは良かったな」


 他人事なので俺はそんな感想を口にする。


「うん、本当に助かった。ありがとね、亀山くん」

「なぜ俺に礼を言う。言うならお前を助けてくれた奴に言え」


 鶴岡は苦笑してから真剣な顔で口を開く。


「君が私を助けてくれたんだよ」


 一瞬、何を言われたのかよくわからなかった。


「小学生の時さ、私の通っている学校に亀山くんが転校して来て。それで私に亀山くんは優しくしてくれたの」


 ヤバいな。全然、記憶にない。転校した小学校に鶴岡なんていたっけ。他のクラスだったのだろうか。


「悪いけど全然覚えていない。小学生の時だけで転校も沢山していたから」

「そっか。それは残念だな」


 悲しそうな顔を鶴岡がするので俺は罪悪感を感じる。


「……まあ、嘘だけどね」


 鶴岡は舌先を出して小悪魔のように笑う。


「嘘?」


 コクリと鶴岡は頷く。


「そう、嘘。ほら、さっき亀山くんが幼馴染が欲しいって言っていたでしょ。だから、さっきのは設定だよ」


 なるほど、鶴岡はリアリティのある幼馴染を本気で演じてくれるという訳か。


「よく分からないな、お前がそこまでしてくれる理由が」


 なにを企んでいるのかわからない。それでも俺は幼馴染という甘美な響きに興奮した。


「友達は断ったのに、幼馴染は断らないんだね。ねえ、亀山くんはなんでそんなに幼馴染に拘るの?」


 俺が幼馴染に拘る理由。それは転校ばかりしていたから。転校先で幼馴染同士が楽しそうに話しているのが羨ましかったからだ。


 でも、そんなことを鶴岡に伝えるのは癪だった。


「特に理由なんてねえよ」


 そんな強がりを言ってみた。理由がないなら幼馴染になんてならないと言ってくれるかもしれないと思った。


「そっか。まあ、なんでも理由があるわけないよね。それは私も同じ。亀山くんの幼馴染になりたいというのに深い理由なんてないよ」


 そう言ってから鶴岡は微笑んだ。


 俺と鶴岡は根本が似ているのかもしれないと思った。



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