3.ボクだけじゃなくて雪永も病んでるのか?

 雪永は訊きづらそうに、遠慮がちにそう訊いてきた。

「ううん、愛されてるよ。ちゃんと愛してもらっている」

 声に感情が込もっていないどころか、棒読み口調になってしまった。今まで大切に育ててくれた両親に対しての罪悪感と申し訳なさに苛まれる。

「今日がクリスマスなのは知ってると思うけど、実はボクの誕生日でもあるんだ。……ハッピークリスマス&凛来誕生日おめでとうって当然のようにクリスマスとセットで祝われることに文句がないと言ったら嘘になる。けど、ボクの両親はちゃんと両方祝ってくれるから、別に問題ない。お母さんはご馳走を手作りしてくれるし。……ボクは愛されてるのに、ボクは両親のことが大嫌いで、そんなボクのことはもっと大嫌いで殺したい……。ボクがお父さんとお母さんのことが大嫌いなのは多分。お父さん『凛来が男だったらよかったのになぁ』って残念そうに笑った時に、お母さんがお父さんに注意せずに同じように笑って頷いたことを、未だに根に持っているからだと思う。自分の密かな期待が裏切られたと感じたのも、この時だ。両親が最も喜ぶのは、ボクが男の子として産まれてくることで、今よりもっと愛してもらうためにもそれが絶対条件なんだと理解して、心の底から絶望した。今すぐ死んで生まれ変わりたくなった」

「お前、マジで病んでるな……。いや、お前だけじゃなくて俺も。病んでる。愛されてる人間に対して嫉妬して傷つけて、自分がいる地獄に引きずり下ろそうとするのはおかしい。間違ってるし、病んでる証拠なんだ」

「ボクだけじゃなくて雪永も病んでるのか?」

 ああ、と雪永は深く俯きながら頷いた。

「大概人をいじめる奴の方が病んでて、病んでる奴がいじめ続けた結果、いじめられた奴も病んでしまう」

「そんな話初めて聞いたけど、そういう捉え方もあるのか……」

「心配しなくても、俺はもう二度とお前をいじめない」

 雪氷のその一言を聞いた瞬間、ボクの鼻の奥がつーんと痛んだ。

 真冬の冷気のせいでも、雪の中に突っ込んだせいでもない。

 いじめられるようになってから今日まで、ずっと切望していた言葉だ。素直に喜べないのは、急にいじめをやめると宣言するなんてどう考えてもおかしいからだ。

「痛ッ!」

 大きな声を上げたのは、雪永が突然ボクの左腕を握り締めてきたからだ。

 ボクは怒りを込めて睨みつけながら立ち上がった。

 だけど、握り締めた直後から地面に視線を落とし続けている雪永は気づかない。 

 下から顔を覗き込むと目が合った。でも、先に逸らしたのは近づいたボクの方だった。

 雪氷はボクと目が合った瞬間、悪夢にうなされているかのように苦しそうに眉を顰め、目を細め、唇を噛み締めていた。

 雪永の苦しそうな顔をこれ以上見ていられなかった。

「お前、腕捲ってたし絆創膏貼ってるから目立ってたけど、できる限り視界に入れないようにしてた。見たら思い出すから……。俺が利き手とは逆の手で軽く掴んだだけで、お前の左腕が痛むのは、俺が冬休み前日にカッターナイフで切りつけたせいだよな?」

 答えることができない。うんと小さく頷くだけでいいのに、好きな人にそんな顔をされたら、肯定することなどできるわけがない。

「俺のせいだろ? お前が今日自殺しようとしたのも」

 雪永がつらそうに顔を歪めながら「ふ」と白い息を漏らした。



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