1-12b話:粗末な料理2
質素が過ぎる室内、王子の世話をしようともしない侍女、王子の身体に刻まれた呪い以外の傷跡、そして……王子に対する粗末な料理と、公爵がいるときだけ提供される見栄の張った料理。
離宮の使用人たちの職務態度に対し、彼女は内心で怒りを膨れ上がらせていた。
(面接のときに仰っていた、彼の手がおよばない使用人たちと言うのは、このことだったのね……)
第一王子アネモスに対する処遇は、まるでかつての王妃であった彼女の境遇と似ている。
いや、アネモスの方が余程酷い扱いを受けているだろう。
王妃だった頃、彼女を慕ってくる臣下や民は多く居た。しかし同時に、国王に愛されていない彼女を蔑む者も当然存在したのだ。
そして、後者は国王や元側室ティファレに近しい者に多かった。
現状のアネモスの様に凄惨ではないにせよ、かつてのリコリスは国王を取り巻く人物たちによって、次第に追いやられていた。
唯一の拠り所を息子だけに求めるほどに。
「……王宮の人事は、腐っていますね」
彼らが腐りきって甘い密を吸い続けた結果が、呪われた王子を虐げて蔑ろにする離宮の現状なのだろう。
そして、行方不明になったレンデンスの捜索に殆ど手が借りられず、一向に見つからなかった原因の一端も、家臣たちが王族を蔑ろにする態度にあったのだろう。
五年経過した今、彼女は実感した。
「え……うん?」
リコリスが思わず口にしてしまった率直な呟きに、公爵は意外そうな瞳で目を見開き、彼女を凝視する。
「……公爵さまは何故、今日勤め始めたばかりの私に、そのようなことを仰るのでしょうか」
「そうだね。君なら、何とかしてくれるような気がした……そう表現しようかな」
「お会いしたばかりですのに、買い被り過ぎていらっしゃいませんでしょうか?」
「……。いや? きっと、そんなことはないと私は思うよ」
リコリスの言葉に公爵は一瞬、悲しそうな表情をする。
それも僅かな間のことで、公爵は人指し指を目元に当てると、苦笑した。
「こういうときの、私の
発言からは自信を感じるが、表情からは不安も感じる。
今日リコリスが久方ぶりに公爵に出会ってから、何度かどう判別したら良いか戸惑う反応を彼は見せている。
今回も例にもれず、そういった反応の一種だった。
彼女は困ったように目を瞬かせると、すぐに頭を切り替えた。
「……では公爵さまのお目にかないましたので、早速働きましょう」
「働く? もう働き始めていると思ったけれども……なんのことかい?」
リコリスが粗末な料理の乗ったトレイを手に取る。
「もちろん、王子殿下に召し上がって頂くお料理を作ります。おそらく、まだ昼食をお召し上がりになられていないのでしょう」
「君が?」
公爵は意外そうに目を丸く見開いてリコリスを凝視する。
「ええ、はい」
「つ、作れるのかい?」
「料理人ではございませんが、侍女ですので、人手不足の補充要員程度には」
「そ、そうか。侍女だったね」
「はい、侍女です」
(やっぱり、今日のヴァレアキントス殿下の態度は時々不思議な反応をされることが多いわね……。しばらくお会いしないうちに、性格が変わられてしまったのかしら……)
公爵の言葉に頷いたリコリスは、表情には出さないものの内心で首を傾げていた。
「王族の方々にお出しするには相応しいお料理ではありませんが、人並には嗜んでおります」
「なるほど……?」
「このような料理そのものを馬鹿にした物質をお出しするくらいでしたら、人並みの私がお作りした方がまだ宜しいと存じます。如何でしょうか?」
離宮の使用人たちに対して険を隠さなくなったリコリスの発言に、公爵は驚きながらも頷く。
「そ……そうだね。君がそこまで言うなら、いったん作ってみてくれるかい?」
「お任せください」
一礼ののちに静かに王子の私室から退室しようとしたリコリスを、公爵が引き止めた。
「リ……リコリス、厨房の場所は分かるかい?」
「……いえ」
「じゃあ……ジオラス。一緒に行ってあげてくれるかい?」
「ああ」
公爵が懸念した通り、リコリスは肝心の厨房の場所を把握していない。
リネン室のときと同じように、ひとりでは手当たり次第に部屋を探すことになるだろう。
「え……。しかし……公爵さまをおひとりにしては……」
そんな彼女に、公爵は親切に案内を寄越そうとしたが、果たして侍従は彼に着いていなくても良いのだろうか。
「遠慮する必要はないよ。アネモスのためになることなら、助力するからね」
「何か問題のある時は、主の名を借りるが?」
「問題なんてないと良いのだけれども……。まあそうは言っていられないか。ジオラス、君に許そう。場合によっては、今後も彼女が厨房を使えるように取り計らう必要があるからね……」
「心得た」
まるで何らかの問題が起きると見越した主従二人組の様子に、トレイを持つリコリスは気を引き締める。
問題ばかりの離宮内で迷わないように、リコリスはジオラスのあとをついて行った。
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