第4話 ふたりの赤い糸。

 明らかに困惑しているカノンちゃんに、今日はもぅ帰ろうと促した。もちろんまだ、僕の気持ちは伝えていない。


 6月11日の彼女の誕生日に、僕はこの気持ちを伝えようと決めているのだ。


 それからもカノンちゃんとの距離は変わらなかった。いや、むしろ離れてしまったようにも感じる。もしかすると、再会を喜んでいたのは、僕だけなのかもしれない。


 それでも僕の気持ちは変わることはなかったし、副学級委員として、委員長のカノンちゃんを支えていくことに変わりはない。あの笑顔を守るのだ。



 並木くんから、衝撃の事実を聞いてからというもの、動揺が隠せない私がいた。まーくんと並木くんが同一人物だなんて。私はこれまで何度、並木くんに助けられてきたんだろう。なにより、何も気づかずに過ごしていた自分が恥ずかしかった。


 ふと考えごとをしていると、中山先生に呼ばれ我にかえる。話によると、今卒業アルバムの写真の選考をしてるから、時間があれば参加してほしいとのことだった。


 並木くんにも話して、一緒に作業に参加することになった。1年生の頃からの膨大な写真から、みんなの記憶に残っているような写真を、パソコンでピックアップしてゆく。


 入学式の写真には、あどけない笑顔の並木くんの姿があった。体育祭でも、文化祭でも。


「本当だ。ずっと私達一緒にいたんだ」


 いろんな思い出の隣に、いつも並木くんがいたことを改めて感じた瞬間だった。みんなで行った修学旅行の東京の写真。ガイドさんが可愛くて、男子は盛り上がってたなぁ〜。


 懐かしい感情と共に、並木くんとの写真がないことが寂しく思えた。隣でパソコンとにらめっこしてる並木くんの横顔を見つめる。


「ど、どうしたの?な、何見てるの?」


 私の視線に気づいて慌てる並木くんがおかしくて、ふきだしてしまった。


 私、なにひとりでいじけモードに入ってたんだろぅ。今の私はどーしたいのよカノン!


「ねぇ、並木くん。このあと少し時間ある?」


「う、うん」


「帰りに少し寄り道しませんか?」


 私達はとりあえず写真選考のお手伝いを終え、バックをとりに教室に戻った。並木くんとも話して、すぐ近くの見晴らしのいい公園に寄り道することにした。


「秋山さん、どうかしたの?寄り道のお誘いなんて、珍しいですね」


「ねぇそういえば並木くん、進路は?」


「あ。僕は、大学に進んで会計士目指したいなって思ってて。秋山さんは?」


「私は、専門学校かな。もう少し経理の知識深めたいし。そっか。当たり前だけど、また離れちゃうんだね」


 少し遠くを見つめながらつぶやいた私。並木くんが大学受験のために頑張っているのは知ってたし、わかってたけど。改めて、突きつけられた現実に戸惑いを隠せなかった。


「ねぇ、並木くん、再会できた記念に一緒に写メ撮らない?」


 思わずふたりの距離は近くなる。やっと手に届くとこに並木くんがいるのに。離れなきゃいけない現実。それでも、日を追うごとに、好きが大きくなってゆくのを、私は止められなかった。


 写メを撮ろうとスマホを構えた画面には、涙目の私がうつっていた。


「どうしたの?秋山さん。ここじゃ嫌だった?」


「ううん。ダメだね私。いまだに泣き虫で。また会えなくなると思ったら、寂しくなっちゃって。私、自分でも思ってた以上に、並木くんのこと……」


 すると、顔を左右に振りながら、並木くんは私の唇に人差し指をあてた。


「秋山さん、待って……あと1週間待ってください。僕も話したいことがあるので〜」


 そう言うと、並木くんはバックを片手に走って帰ってしまった。撮れずじまいの写真。言えなかった好きの気持ち。でも、1週間後は私の誕生日。並木くんの話を待とうと、私は決めた。


 

 僕は走りながら、心臓が口から飛び出しそうだった。けして運動は得意ではない、こんなに走ったのは久しぶりだった。


 秋山さんも、もしかして僕のことを……。夜になり、僕は秋山さんに一通のメールを送った。


—6月11日。放課後の教室で待ってて。


 当日、誰もいなくなった放課後の教室。秋山さんは、ひとりで待っていてくれた。


「来てくれて、ありがとう」 


 まず僕は、こんな僕に時間をくれた秋山さんにお礼を言った。今日の秋山さんは、いつにもましてキラキラしていた。

  

「あのね。話の前に見せたいものがあるんだ。この席に座って」


 僕は、以前秋山さんに見せた手品を披露した。白いハンカチから出てくるのは、オモチャのピンクの指輪。猫のブローチ。お花の髪どめ。


「こ、これ、なに?」


 秋山さんはにこにこしながら、机のうえに出てくるオモチャ達を見ている。


「これは、まーくんがカノンちゃんに渡せなかった宝物。ずっと預かっていました。こないだの写真と一緒に」


 そう言って、僕はハンカチを白から赤に変える。真剣な眼差しの秋山さんに見惚れてしまいそうだった。


 僕が赤いハンカチから取り出したのは、赤い1輪のバラの花。


「これは、今の僕。並木 駆の気持ちです。秋山カノンさん、あなたのことが大好きです。ずっと隣にいてもいいですか?」


 にこっと笑う秋山さんの目から涙がこぼれた。


「ありがとう。私も大好きです。ずっと一緒だよ。もう離れないでね」


 秋山さんは僕の両手をギュッと握っていた。この時、僕は初めて、誰かのことを抱きしめたいと思ったんだ。


 ガタン、ガタッ。


 ん?教室の扉の方から何やら物音が。バツが悪そうに出てきたのは、クラスメイト数名だった。


「ごめん。なんか遠目にいい感じだったから、声かけれなくて。うちら忘れ物取りにきただけだから。まじ、ごめん」


 慌てた様子で忘れ物をつかむと、そそくさと教室を出ようとしていた。その時、林田さんが振り向き、秋山さんに声をかけた。


「アッキー、お誕生日おめでとう。素敵なカップル誕生だね!並木くん、アッキー頼んだよ。じゃっ、また明日ね〜」


「あっ、ありがとう」


 なんだか突然の出来事に面くらったけれど、証人ができたみたいで僕は嬉しかった。


「ねぇ、並木くん?今日もハトはなしか〜」


 と笑う秋山さんの目の前に、僕は1匹の猫のぬいぐるみを登場させた。


「これじゃダメ?ハトは生き物だから連れてくるのがやっぱり大変で……」


「ダメなわけないじゃん。ありがとう、駆、だいすき」


 秋山さんは、僕に抱きつき、頬にキスをした。僕は、そのまま彼女を抱きよせ、ふたりの影はひとつに重なった。



 あの日から、私達は恋人になった。お互いを、名前で呼び合うようになり、手を繋ぎ、こっそり何度もキスをした。


 まだ高校生の私達に、永遠という言葉は偉大すぎる。でも、今の自分の気持ちを大切に、ひとつひとつ大人になっていこうと思う。


 あの日の帰り道。雨上がりの空は、なんだか眩しくて。駆の背中は、やたら大人に見えた。でも、この手を離さないように。もう迷子にならないように。この好きが溢れる感情が、全てなのだから。


「ほら、カノンいくよ」


「待って、駆」

 

 ふたりの歩幅で、ゆっくり前に歩いてこ。

 


――――――――――――――――――――


この度は、最終回を読んでいただきありがとうございます。


甘酸っぱい恋心を思い出しながら、なんとかゴールできました。


「カノンちゃんと駆の幸多き未来を願って」



 






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並木くんはあなどれない にこはる @nicoharu

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