第3話 お姫さまは森の中で。
並木くんの取り出した写真には、ピースサインをしてにっこり笑う幼い女の子と男の子が写っていた。
「あー。それって、保育園の時仲良しだった、まーくんと私の写真。なんで、並木くんが持ってるの?」
驚いてる私の顔を見て、嬉しそうな並木くん。ますます訳がわからない。
まーくんとは、私がヒマワリ保育園に通っていた頃の親友であり、私のヒーローなのだ。
その日は、春の遠足で、みんなリュックにお弁当やお菓子をつめこんで、近くの中之島公園にやってきた。
「せっかくここまで遊びに来たから、少し自由に遊びましょう。でも、絶対に遠くまでいかないこと。約束できるひと〜」
「はーーーい」
みんな元気に返事をして、すべり台やブランコなどで遊び始めた。
そんな中、私は公園の隅っこにいる野良猫を見つけた。猫好きの私は猫に駆け寄ってみたが、すぐに逃げてしまう。私はその猫の姿に夢中になり追いかけているうちに、先生との約束も忘れ、公園の奥の方まできてしまっていた。
「まーくん。せんせ〜い、どこにいるの?」
鬱蒼と茂る木々の葉音が、不気味に聞こえ、木陰が揺れるたびに、絵本にでてくる奇妙な森の姿と重なった。
私はリュックの肩紐をぎゅっと握り、ありったけの声でさけんだ。
「こわくなんかないんだから〜」
すると、茂みがガサガサと音をたてる。2匹のカラスが大きな羽音を立てて飛び去った。思わずビクッとからだが震え、私は涙をこらえた。
「カノンちゃん、やっとみつけた」
そこには、さっきの野良猫を抱っこしたまーくんが、息を切らして立っていた。きっと色んなところを走り回ったのだろう。
「ひとりで遠くに行っちゃためだよ。早くみんなのところに戻ろう」
そう言って、私と手を繋ぎ、歩き出した。思わず涙があふれる。
「もぅこわくないよ、カノンちゃん。いつもいっしょにいるからね」
そう言って恥ずかしそうにうつむく、まーくんにぎゅっと抱きついたことを、今でも覚えてる。それから、まーくんは私だけのヒーローなのだ。
しかし、小学校にあがるタイミングで、まーくんは両親の都合で引っ越してしまった。いつもまーくんと呼んでいた彼の名前は、
まーくんのいない小学校は、とてもつまらなくて、しばらく学校に行きたくないとママを困らせた。
それでも、子供とは非情なもので、2週間もすれば、家にじっとしてられなくなり、すぐに小学校の生活に慣れてしまったわけで。
まーくんのことを、忘れてしまったわけではないけれど、また新しい恋をして、失恋をして、また恋をして、今に至るのだ。
「え?でどゆこと?」
並木くんは不敵な笑みを浮かべて、こっちを見ている。ま、まさか……
「うん。僕は名前は、並木
「いや名前は知ってたけどさ。ってかさ、並木くんはいつ私に気がついてたの?」
「そりゃ、入学式の日だよ」
あの日、僕は新しい高校生活に胸を膨らませ、緊張と期待の入り混じった感情のまま、高校の校門をくぐった。
慣れないネクタイを直しながら、教室にむかう。家から少し離れた高校なので、顔見知りがいないのはさすがに心細かったが、ここからがスタートなのだと、自分に言い聞かせ、前をむいた。
「アッキー、こっちこっち」
「あ、ごめんなさい」
ひとりの女の子と肩がぶつかった。気のせいだろうか、聞き覚えのあるような声にふと足をとめた。数人の女の子が新しいセーラー服を見せ合いながら、スカートの丈はどうとか、前髪の長さはどうとか、盛り上がっているようだ。
教室に入ってすぐの机に座り、友達と話している彼女を見て、僕は思わずほころぶ顔を隠すように、片手で顔を覆いながら、自分の席についた。
彼女の名前は、秋山カノン。保育園の時にずっと一緒に遊んでいた、初恋の人だった。まさか、この高校で再び彼女に出会えるなんて。もしかしたら、同姓同名の人違い?いや、そんなことありえない。
ケタケタと笑う彼女の笑い声が、淡い恋心をノックする。会わなかった9年間のうちに、彼女はすっかり女性らしく成長していた。
それに比べて僕は、両親の離婚や転校もあり、1年ほど家にひきこもった。そのせいか、すっかり陰キャ気質が強めのキャラに育ってしまったことは否めない。
みんなに、並木くんと呼ばれ、クラスの雰囲気には慣れたけれど、カノンちゃんとの距離は一向に縮まることはなかった。
2年生の夏休みに入ろうとしていた放課後。突然の夕立に、靴箱のところで困っているカノンちゃんの姿を見つけた。僕の手には、ひとつの傘。
思わず声をかけようか迷って、僕は柱に隠れ身を潜めた。
—これ使ってください
そのひとことを伝えるだけなのに、悩んでいる自分が恥ずかしかった。次の瞬間、昇降口を出ていく革靴の音が聞こえた。僕は、颯爽と雨の中をかけてゆく彼女の後ろ姿を見送ることしかできず、唇をかみしめた。
こうして気がつくと、また彼女ばかりを目で追う毎日を過ごしていた。再び僕は彼女に恋に落ちていたのだ。
あの頃よりも強く、切なく、彼女のことがたまらなく大好きになっていった。
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