第2話 近づくほどに、遠く。

「あ。秋山さんが、どうしよう」


 私は情けない気持ちと、並木くんが助けてくれてホッとしたせいだろうか、しばらく溢れる涙を止められなかった。


 すると何かを思い出したように、並木くんはバックからハンカチをとりだし、私にそっと差し出してくれた。その優しさが心に染みわたる。


「少し落ち着きましたか?」


 鼻を真っ赤になるし鼻はでるし、もう最悪な状況。


「あ、見ててください秋山さん!」


 そう言うと、並木くんはバックからもう一枚真っ白なハンカチをとりだした。すると手のひらにハンカチを押し込み、3、2、1とカウントして、ポンと叩くとチョコレートに早変わり。


「うわ〜なにそれ!手品?次は?鳩も出てくる?」


「いや、ごめんなさい。さすがに鳩は連れてきてないです」


 少しくやしそうに言う並木くんが可愛くて、私はケタケタと笑い転げた。ん?なんだかこの感じ……懐かしい記憶がボンヤリと揺れる。不器用ながらに、私を慰めてくれたのだと思うと嬉しくてたまらなかった。あの日の甘ったるいチョコレートの味は忘れることはないだろう。


 それから私と並木くんは、週に1度行われる学級委員の会議をこなしながら会話を交わしていくうちに、少しずつ距離が近くなっていった。


 気がつけば季節は5月。ここ4日程雨が続いている。いつもなら憂鬱な雨音も楽しげに聞こえちゃうから不思議なものだ。


 ふたりで過ごす時間は増えていき、なんとなくいい感じの私達。もしかするとこのまま付き合ったりしちゃうのかも……なんて思ったりしていた。


 そんなある日。教室に入ろうとしたら、めちゃめちゃ気になる話し声が耳に入ってきた。


「ねーねー。最近さぁ、うちの学級委員のふたりっていい感じじゃない?」


 恥ずかしいけれど嬉しいような、私と並木くんの話をしているようだ。思わず廊下で立ち止まり、教室の隅の会話に耳を澄ます。


「付き合ってるのかな、あのふたり?」


「こないだも一緒に帰ってたみたいだよ〜」


「誰かカノンに聞いてみる?」


「いやいや、あの雰囲気は間違いないでしょ!」


 盛り上がる会話の中、沈黙を守っていた舞ちゃんが静かに口を開いた。


「いや、それはないんじゃない?」


 何かを知っているかのような舞ちゃんのひとことに、みんながざわめく。


「え、なんでよ!今、ふたりがいい感じだって話してんのに〜」


「いや、実はさ。私、塾で並木くんと一緒なんだけど。仲良しの後輩がこないだ並木くんに告ったみたいなのよ」


「え!マジそれ!それで?その後輩の子と並木くん付き合ってんの?」


「ふふ。それがさ……」


 廊下で耳をすましたまま固まっていた私に、非情にも予鈴のチャイムが邪魔をする。みんなの話の続きが気にならないわけがない。ザワつく気持ちを抑えながら、私は席についた。


 確かに最近気がついた。並木くんって改めて解析するとなんとも素敵な男性である。うつむきがちで陰キャなタイプではあるけれど、あの優しい笑顔はたまらなくかわいい。


 ダメダメ。もしかしたら彼女いるのかもしれないんだってば。カノンしっかりしないと!あの優しい笑顔の奥には、底知れぬ欲望の塊が潜んでいるのやもしれぬ〜。


 恋は盲目ってよく言うけど。ん?いや、まだ恋かどうかはわからないけど。でも、並木くんを見てるだけで心の奥がキュンってする理由を、恋以外の言葉で語ろうとすれば、どれだけの言い訳が必要なのだろうか。


「お〜い秋山さん。どうかしたんですか?何度呼んでも振り向いてくれないから」


 心がフリーズしてて、まともに並木くんの顔が見れないなんて言えない。意外にモテてたりするのかな並木くん。私の知らない並木くんの素顔ってどんななんだろう。


「具合でも悪いんですか?」


 突然目の前に並木くんの顔があらわれ、動揺を隠せない私は視線を合わせることができなかった。でも真実を知りたい!私は勇気をふりしぼり並木くんに質問をぶつけた。


「ねぇ今日の放課後少し話せる?あの〜ちょっと聞きたいことがあって」


「あ!もしかしてこないだ話してたゲームの新作の話ですか?気になりますよね〜。僕も予約するかどうか迷ってるんですよ」


 並木くんの眼鏡がキラリと光った。この手の話になるととまらなくなる。あぶない、あぶない!


「ま、まぁ〜そんなとこ。後でね〜」


 うまくその場を回避し、放課後に話す時間が作れた。もちろん聞きたいのは彼女の有無。どこからどう切り出そう。そんなことを悩んでいるうちに、あっという間に時間は過ぎた。


 午後からも雨は降り続き、どんよりとした空から晴れ間は見えない。朝聞いてしまった後輩からの告白という事実。そのことだけが頭の中をグルグルとかけめぐる。


「うーっ秋山さん。そんなに思いつめるほどゲームのこと考えてたの?」


 並木くんは心配そうに私を見ている。このままウジウジ悩むなんて私には無理!


「あのね、並木くん。噂で聞いたんだけどさ。並木くんって……彼女いるの?」


 バックをガサゴソしていた並木くんの手が止まった。そしてゆっくり私の方を向いて答える。


「か、彼女なんているわけないじゃないですか?あ、でも。ずっと片思いしてる人がいるんです。そのことで僕も話したいことがあって」


 そう言うと、並木くんはバックの中から一枚の写真をとりだし見せてくれた。


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この度は2話目を読んでいただき、ありがとうございます。


 

 

 

 

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