並木くんはあなどれない

にこはる

第1話 王子さまは突然に。

 あれは桜も散りゆく高校3年生の4月初旬。特にクラス替えもないまま進級した私達商業科3年は、1クラス35人みんな顔見知りといった環境だった。


 私は窓際の席から、テニスコートを眺め、癒えぬ失恋の傷をなぞっていた。3月に卒業してしまった先輩の姿はもうそこにはない。


「あ。俺って、キラキラした女の子にしか興味ないからさ〜ごめんね」


 って、なんなのよ!キラキラってなんなの。地味で目立たない私が、どれだけの勇気をふりしぼって告白したと思ってんの。私の積み上げた片思いの2年間を返せ!あのイケメンヅラに思いをはせ、まどろんでいた毎日がなんとも切ないではないか。……とはいえ、大好きだった先輩のいない毎日は、炭酸の抜けたコーラみたいに、虚しく味気ないものとなった。


 ふと空を見上げると、空のキャンパスに悠々と筆をすべらせ、飛行機が白い線を描いてゆく。この空の下、どこかに私の王子さまはいるのかしら?な〜んて柄じゃないんだけど。


「では、今日のHRでいつものように学級委員を決めたいと思います」


 中山先生の明るい声とは裏腹に、みんな気だるそうに視線をそらす。もちろん喜んで係りを引き受けるヤツなどいないような状況である。


「では立候補者はいないようなので、今年もクジで決めていきます。各自一枚ずつ引いて、席に戻ってください」


 担任の中山先生に決して罪はない。しかし、なにが嬉しくてやりたくもない学級委員の仕事などしなければいけないんだか。そんな感情をひきずったまま、1枚のクジをひく。白紙こそが当たりなのだと心に言い聞かせ、ペラリと紙をひらく。


─学級委員 長─


「ん?なにこれ?」


 私の人生史上かなりの緊急事態だというのに、冷静に奇声をあげなかった自分を誇りに思う。神様、少しだけ時間が巻き戻せるのであれば、何卒今ここでお願いしたい。何卒……。なんて願いが叶うわけもなく。私は何の経験もないまま学級委員長をやるはめになってしまったのだ。


「あっちゃ~見事にひいちゃったね、カノン」


 仲良しの友達に慰めてもらいながら、半ばやけくそに係りを引き受けることになった。だって、引き返せる手立てなんて何もない。みんなの同情の視線すら痛々しい。


「はい。では秋山さんが今年度の学級委員長ね。よろしくお願いします。みなさん拍手~。それと、副委員長は並木くん、よろしく」


 ん?並木くん?って……。


 隣を見ると、眼鏡をかけなおしながら、マジメを絵に書いたような並木くんがたっていた。これまで挨拶以外で話したこともなかったけど、大丈夫かしら。一抹の不安を抱えながら、並木くんのほうを見ると、バッチリ目があい、思わずペコリとお辞儀した。


「あの、えっと、よろしくお願いします」


 並木くんは、かぼそい声で声をかけてくれた。う~ん不安は高まるばかりだが、共に戦う兵士となるのだと、心に言い聞かせる。


「よろしくね。私初めての経験で不安だけど、マジで逃げ出したいけど、がんばるしかないんだよね」


 その時、並木くんの眼鏡に光が反射し、キラリとひかった。


 その日の放課後、他のクラスの学級委員も集まり、生徒会との会議が行われることとなった。もうそこからは気持ちはどん底、母さんが作ってくれた大好きなオムライス弁当さえ、味がしない。


 この教室の扉を開けたら、知らない異世界に転生してたりなんかして……そんな願いもむなしく、いつもの廊下があるだけだった。うつむきながら廊下を歩く私に近づく人影。見上げると並木くんが珍しく声をかけてきた。


「秋山さん、大丈夫ですか?顔色悪いよ。あの……これからのこともあるので、よかったら連絡先だけでも交換しませんか?」


 彼は少しだけ頬を赤らめながら、そう提案してくれた。そうだ!ひとりで悩むより、ふたりで悩んたほうが、気持ちは楽になるはずだよね。小さな灯火にすがるような気持ちで、私は並木くんと連絡先を交換したのだった。


 そしてその日の放課後、指定された図書館への足取りは、石をひきずっているように重たい。自己紹介とかするのかなぁ。何から話すの?周りを見回してみても、知り合いは誰ひとりいない。隣にいる並木くんだけが頼りである。


「緊張しなくてもいいですよ」


 優しく微笑んでくれる並木くんをよそに、生徒会長の話が始まってからも私の緊張はピークに達していた。話の内容も頭に入ってこない。焦りだけが空回りしていた。


「では、初めての集まりなので、まずは軽く自己紹介からお願いします。3年生からいいですか?」


 な、なにっ!突然やってきた自己紹介という重責。立ち上がった私に集まるみんなの視線。私は頭が真っ白になり、思考回路がピタリと音をたてて停止した。


 その時、隣に座っていた並木くんがスッと立ちあがり、口を開いた。


「あの~すみません。本日、委員長の秋山さんは喉の調子が悪いので、代わりに紹介させていただきます。商業科3年、委員長の秋山と、副委員長の並木です。初めての経験でわからないことばかりですが、よろしくお願いします」


 その後もスムーズに話し合いは進み、年間行事などの説明があった後に会議は解散となった。


「秋山さん、もう終わっちゃいましたよ。帰りましょう」


 みんなが帰った図書館で動けなくなっていた私。情けないったらありゃしない。


「並木くん、ごめんね」


 並木くんへの謝罪の言葉と一緒に、我慢していた涙が溢れ出してしまった。


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この度は、第一話を読んでいただきありがとうございます。

短編とはなりますが、最後までおつきあいいただければ嬉しいです。




 


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