第43話『いや、敵ならば初めからいたじゃないか。』

 リエラは見つからなかった。

 ヴィスを倒して店の奥を抜けて彼女たちの宿舎に向かうと、怯えた少女たちが集まって不安そうな顔をしていたが、もう安全だと告げると安堵から泣き出す子もいた。

 そんな彼女たちにひとりひとり聞いてまわったのだが、リエラの行方は知れなかった。


 あの混乱だったから、他のコの事なんか気にしていられないかもしれないけどね。

 店を出ると集まっていた人たちから歓声が沸き、更に色んな人に声をかけらた。どうやら用心棒仕事を持ちかける人もいたが、その混雑の中リエラの行方を聞いてもやはり見た者はいなかった。


 あんなに人気者だったのに、誰も気づかなかったなんて事ある?

 混雑から抜け出して何とか一息つくと、ケイガとフェザナが駆け寄ってきた。


「ヴィアス、リエラは?」

 私はケイガの言葉に首を振った。

「どこにもいない。誰も見てないってんだ、どうなっちゃってんだ?」

「あり得ない状況だったのですから、みんな自分のことだけで精一杯だったんでしょう」

「確かに店の中にいたんだよ、あのヴィスが出てくるまではちゃんと……」

「その後は?」


 ケイガは答えようとして少し逡巡し、

「ヴィスに気をとられて……見てなかった……ごめん」

 そう言って視線を落とした。私はため息をついた。

「別にお前が悪いんじゃねぇよ。普通の反応だろ」

 完全に守られているはずの街の中でヴィスが現れちゃうんだから、ホントに常識が覆ったに違いない。しかもそれこそ超ド級のヤツが。


 私たちはそのまま宿へ向かって歩き出した。街は先ほどのヴィスの話で持ちきりだ。何人かが私に気づいて振り返ったりしているが、たぶんまた、伝言ゲームの要領で変な風に噂になるに違いない。


「でも、ヴィアスがヴィスを倒す代わりにリエラを身請けしたのは聞いたぜ。反故にされるとイヤだから、ほら」

 そう言って、布地を出した。そこにはどうやらリエラをヴィアスに譲るという内容にビセンテのサインと、その上にキラキラ光る太いラインが描かれていた。

「誓約書。これがあるからリエラは見つかり次第ヴィアスのもんだぜ」

 そのモノって言い方が気になるんだけど。この光るラインは?

「これはオルです。オルを指で潰しながら誓約書のサインをなぞって、誓約を絶対的なものにします。オルを潰した時のパターンは一人ひとり違うのです」

 フェザナが説明した。そうなんだ、指紋みたいなもんかな。


「ってかお前、誰に聞いたんだ?」

「ビセンテ本人。混乱に乗じてってワケじゃねぇだろ? ちゃんとヴィアスは倒したんだし。俺はヴィアスの代わりに誓約書を取っただけだし」

 すげ、あの混乱の中でそこまで冷静に行動できるとは。


「あーいう手合いはどさくさに紛れて逃げるからな。ヴィアスがヴィス倒しちゃう前に持ちかけようと思って近づいたら、もうそういう話になってるって洩らしたから、それなら逃げられないようにちゃんとしとかないと」

「俺が倒す前に?」

「ヴィアスが負けると思ってねぇもん。実際倒したじゃん」

 ケイガは屈託無く笑って言った。私は胸元に触れる。

「……あのヴィス、俺に触れてたヤツだったんだ」

「何だって?!」

 二人とも驚いて、立ち止まって私を見る。

「戦闘中にカザキの魔法が切れて、それでわかったんだ。それで、」

「……それで?」

 二人は私を見る。私は、その続きが続けられず、無言で歩き出した。

 二人は不思議な顔をして視線を交わしたが、何も言わずにまた歩き出した。


 何て言っていいんだろう、ヴィスが何のために私に触れていたのかは、わからないままなのだ。気まぐれ? ヴィスが人に触れるのは気まぐれで、目的があるわけじゃないってカザキが言ってたっけ。

 でも本当に気まぐれだったんだろうか。気まぐれで触れたヴィスが、気まぐれで街に現れたって言うのか?


――― それはありえない。


 だいたいヴィスが街の中に現れる事自体が常識を覆してるってのに、それが気まぐれであるはずがない。やはり私に触れた事が原因なのか? 街にヤツが現れたのは。

 だとしたら、ヤツの目的は?


 今までにない、言葉を発するヴィス。発するといっても、直接頭の中で響く声。

『オマエハダレダ』

 お前は誰だ?

 繰り返し問いかける言葉。それ以上を語らない。もしかしてあのヴィスは言葉を発する事ができるんじゃなくて、あの言葉だけを私にかける事ができただけなんじゃ? インコかオウムのように、覚えた言葉をただ繰り返していただけでは?


――― だとしたら、なんで?


 どうしてあんな事聞いたのだろう。そもそも、覚えた言葉を私にかけるために街に現れたのだとしたら、ヴィスに言葉を教えたのは誰なんだ?


 ぞくりと悪寒が走る。

 ヴィスに言葉を教えるだって? あの悪意の塊で実体を持たないヴィスに?

 力の強いヴィスは形を持つと聞いた。でもそれは形だけの話じゃないのか? 濃いヴィスの影が形を持つように見えただけでは?


――― 違うのかもしれない。


 力の強いヴィスは、ヴィス自体を操る力があるのかもしれない。大きなヴィスが小さなヴィスを飛ばしたりできるのは、単に分裂しているのではないのかもしれない。

 だとしたら未だ見た事のない力の強いヴィスが、全く別のヴィスを操って私に触れさせ、あの問いかけをかけに来させた……


――― 違う……見た事が、ある……


 見た事あるじゃないか! 実体を持ったヴィス。あの湖のほとりで!

 異世界での記憶を手放し、一歩ヴィアスに近づいたあの夜、私を観察しながらも手を出さずに消えていったヴィス。

 あのヴィスが? あのヴィスが私にあの言葉を送ったのか? でも、何で?

『お前は誰だ』

 そんなわかりきった事を聞くために、なぜこんな事までしたんだ? しかも悪意の塊なだけのはずのヴィスが、こんな回りくどい事を。


 何かが動いてる。たぶん私の知らない所で、私に関わる何かが。

 でもそれは余りに遠すぎて私には見えない。


 だいたいこの世界に私が存在するのを一体どれだけの人間が知っているんだ? そしてそれは誰?

 フェザナが言うには彼の魔主が私の来訪を告げ、それで彼は私について、というか運命の剣士「ヴィアス」について学んだんだっけ。つまり彼と彼の魔主は知っているはず。


 でもこの世界の混沌について一般の人は全く知らされていないようだ。カザキやケイガ、リエラも知らなかったし、今まで出会った人間が誰一人口にしないところを見ると、やはりこの混沌と「ヴィアス」の来訪を知る人物は限られてくる。

 フェザナと彼の魔主(今は私と契約してるから元魔主か?)以外に知る事のできる人物は? そしてそれはつまり、


――― 敵がいるって事か……?


 ……いや、敵ならば初めからいたじゃないか。

 フェザナは確か、剣と祭壇を悪用した者がいると、最初に言っていた。


 何て事、すっかり忘れてた……守護者と時空の剣のある祭壇を見つける事がこの旅の目的であって、どこにあるかもわからないその祭壇を見つけるのが旅の最大の困難だとばかり思っていた。でも本当はそうじゃない。

 この混沌そのものをもたらした張本人がいるんじゃない。そしてそれは、何らかの目的があって行われたんだ。


 それならば、私の存在はそいつにとって、邪魔になる。


 ああ、バカみたい。そりゃ色々大変な思いはしてるけどさ、それでも最初から考慮してたってよさそうなもんじゃないか。

 見つからない祭壇、見た事もない時空の剣。失われる記憶、取り戻す力。それだけがこの旅の困難じゃない。この旅を妨害するヤツがいる。


「ヴィアス、」

 フェザナが遠慮がちに声をかける。もう宿の前まで到着していた。ああ、結構長い時間無言で歩いちゃったな、結局彼らに何も語らないまま。

「ヴィアス!!」

 宿の中からティアルが走り出してきて私に体ごとぶつかって来た。勢いに押されながらも受け止めると、

「ヴィアス、いつものヴィアスだね!」

 そう言って顔を上げた。


 やっぱりあのヴィスを倒したから私の中に残されていたものは消えたんだ。そのまま抱き上げる。

「当たり前だろ、俺がヴィスごときに好きにされてるワケねぇっての」

 そう言うとティアルは嬉しそうに笑って私の首にしがみついた。

 明るい笑顔にネガティブな考えを吹き飛ばされそうだ。私は目でフェザナとケイガを促して宿の中に入る。


 見えない敵も考えなきゃならないが、今はまずリエラの事を考えないと。

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