第44話『うわーうわー! かわいいよ、こいつ!!』

 次の日は丸ごと、リエラを探して街を歩き回る事になった。

 ティアルもカザキと一緒に探すのを手伝うと言う。だから昨日と同じくフェザナと私、カザキとティアルという組で、ケイガは単独で街を回る事になった。

 前日の事もあり私があのヴィスを倒した剣士と見ると、また商売ごとを持ちかけてくる輩も多くいた。しかし彼らもリエラの行方は知らなかった。一体どうやってこんな風に完璧に消える事ができるんだ?


 私はフェザナと一緒にまた、彼女が消えたビセンテの店に行ってみる事にした。

「あれは……」

 店の前に何だか人だかりができている。

 人だかりの中へ入ってみると、ビセンテの店の前には不思議な一行がいた。

 小柄ながら服装のしっかりとした人を囲んで地味な服装の数人の男がいる。小柄な人は、後ろから見ると男性か女性かはっきりしないが、黒いショートカットの髪で、黒いマントのスタンドカラーには濃く品の良い紫のラインが入っている。


「ああ、あれはこの街の霊師様だよ。昨日の一件で、ビセンテの店を検分に来たんだ」


 隣にいた若い男性が教えてくれた。

 そうか、確かに守っていたはずの街の中にヴィスが現れちゃったんだから、きちんと検分しないとならないよな。

 でもあのヴィスは多分私を目的に現れたんだ。自意識過剰かもしれないけど、この旅の使命があるだけに、通常のヴィスの気まぐれだけとは思えない。やはり声をかけるべきなのかな。


「どうする?」

 私はフェザナに声をかけた。彼は隣で私を見上げ、それから視線を一行に戻し、

「そうですね、あのヴィスが原因でリエラが消えたのだとしたら、彼女が何か軌跡を残しているかもしれません。そういう事でしたら霊師に聞くのが一番かと思います」

と言った。そうか、そんな事もできるんだ。

「フェザナ、」

 私は彼に向き直る。私の態度に驚いたフェザナは私の顔を覗き込んだ。周りに聞こえないように気を配って声を落とす。

「あのヴィスが現れたのは、俺のせいだと思う。気まぐれに現れたんじゃない。だからもしかすると、霊師に会うのは誤解を招いて危険かもしれない」

 私は昨日の夜、結局誰にも話さなかった事をフェザナに伝えた。彼は驚いて目を見張ったが、すぐに心配そうな表情になった。


「あなたに触れたのは、何か目的があったという事ですか?」

「わからない。いや、何が本来の目的なのかはわからない。ただあのヴィスは、俺に伝える言葉があったんだ。だから現れた」

「それは……」

「『お前は誰だ』」

「え?」

「『お前は誰だ』。ヤツはそう言ってたんだ。なんの意味があるのかはわからない。でもそれを伝えるためにヤツは来たんだよ。俺に触れたのも、俺を誘うためか何かだろう」

「お前は、誰だ……」


 フェザナはうつむいて私の言葉を繰り返した。

「それでもあの霊師に話を聞いて、俺が街に災いを持ち込んだって誤解されないかな」

 フェザナはしばらく考えていたが、やがて顔を上げると、

「この街は大きい街です。あの霊師もそれなりの地位にいる方だと思います。だから大丈夫です」

 そう言って微笑んだ。説得力があるんだか無いんだか、多分何か考えがあっての事だろうけど、話してくれないからわからない。


「何で大丈夫か、話してくれないんだな」

「え? いえそれは、」

「別にいいけど、そういう約束だし。でも、」

 私はフェザナの顔に触れるほど顔を近づける。

「あいつらがハナシ聞いてくれなくて、それこそ俺たちのせいにして襲ってきたりしたら、お前を守るために俺は容赦なくヤツらを斬るからな」


 彼らに話しに行って、何を思われようと別に大した事じゃない。

 運良くリエラの情報が手に入ればそれこそ儲けもんだけど、それより危険とみなされた時に、自分よりフェザナに累が及ぶのは耐えられない。フェザナは魔法使いだから、ただの剣士の私よりも不思議なヴィスを操る疑いをかけられてもおかしくない。それだけは避けたい。


「ヴィアス……」

「俺は別に平気だけど、お前が変な疑いかけられたら何かムカつく」

 私は体を起こして一行に顔を向けた。その隣でフェザナが吹き出す。

「大丈夫ですよ、きっと。でももしそんな事になったら、彼らを傷つけるんじゃなくて私を抱いて逃げて下さい」


 驚いてフェザナを見ると、彼はいたずらっぽい目で私を見上げていた。


 ……う、うわーうわー! かわいいよ、こいつ!! っつか、いつの間にそういう返しができるようになったんだよ!


 私は赤面するのを気力で抑えて視線を一行に戻す。

「しょうがねぇな、お前運ぶよりぶった斬る方が楽なんだけど」

 そう言って店に向かって歩き出した。

 言ってみたけど、なんか見え見えの誤魔化し方っぽいよな……いや、フェザナも一応男なんだから自分で走れよとか言えっての。あー、ツッコミ返せませんでした……敗北。

 うっかりフェザナをお姫様抱っこして走る自分の姿を妄想しちゃった私の隣に、きょとんとした罪の無い顔でフェザナが追いついてきた。


 店に入るとそこでは、ビセンテ本人が身振り手振りで当時の状況を説明していた。

 大げさに騒ぐばかりで何だか要領を得ない説明だけど、無表情の霊師の連れたちはそんなビセンテを見下ろしていた。聞いてるんだかわかりゃしない。


 私が店に一歩足を踏み入れると、すかさず霊師本人が振り向いた。うわっ、気配ですか?

 振り向いた霊師は、まだ幼さを残した少年だった。十五、六歳……もうちょっと若いか、それじゃ向こうでの私と同じくらい? 同じくらいでそれなりの地位にいる霊師なんだ……カザキの事もあるし、何か卑屈になりそう……


「あなたは、」

「ああ、あんた! あの人ですよ! あのヴィスを倒してくれた!」


 霊師の言葉をビセンテが大声で遮った。その言葉に招かれて私は彼らに近づく。

 近くで見てもやはり霊師は少年だった。ドノスフィアの霊師ってのは幼い人間がなるもんなのかな。私は霊師の少年を真っ直ぐ見た。


「ちょっと聞きたい事があって来たんだ」

「リエラだろ? あんたがリエラの事探してるって街中の噂さ。さぞ骨抜きにされたんだろうってね。でも誰も知らない。誰一人見てない。でもわしには関係ないからね。わしが隠してるワケじゃない。あんたにリエラは売った、でもリエラは消えた。だからってあんたに賠償しろとか言われる筋合いはないからね!」

「うるさいよ、お前」


 私は横からわめき、ひたすらリエラの行方不明の責任から逃れようとするビセンテを一言で黙らせた。だいたい、賠償しろなんて言うつもりないし、聞きたい事があるって言ったのはビセンテにじゃない。


「こいつの言ったリエラはヴィスが現れた時ここにいたんだ。だから何か残ってるんじゃないかと思って、あんたに聞きに来た。その軌跡を見れるのか?」

 霊師の少年は少し視線を落とした。彼の前に、無表情な男が割って入った。

「お前、ずうずうしいぞ。たかだかいなくなった踊り子ごときを霊師様に探させるなんて」

「ちょっと待って、」

 霊師の少年が男の後ろから手を伸ばす。男は彼に道をあけて横に下がった。


「私からも聞きたい事があります。ここでの検分が済み次第、私のマヨルに来てほしいのですが、よろしいですか?」


 少年は丁寧な口調でそう言った。この年でこんな言葉遣い、私はできなかったよ……彼の言葉に男は一瞬目を向いて少年を見たが、結局何も言わなかった。

 私は確認するようにフェザナを一度見てから、彼に向き直って頷いた。


「いいよ、それじゃ待ってる」

「ありがとう、すぐ済みます」

 そう言って彼は子どもっぽい仕草で振り返ると、ヴィスが現れた正確な箇所をビセンテから聞きながら離れて行った。男は何か言いたげな視線を向けたが、やはり黙って彼について行った。


「マヨルって何だ?」

 私はフェザナに小さな声で聞いた。

「マヨルとは霊師が気を増幅させるための部屋です。基本的には霊師はその部屋で気のコントロールをすることで街を守ります。しかし、滅多な事では客人を直接マヨルに入れたりはしません。気が乱れる恐れがありますから。普通は面会用の部屋が別にあるのですが」

「でもあいつ、マヨルに来いっつったよな?」

「ええ、ですから何か重要な事と思っていいでしょうね」


 フェザナは少し怪訝な顔で少年を見やった。私も彼の視線を追って少年を見る。

 霊師の少年はヴィスが発生したと思われるポイントで、体から両腕を少し離し、両手を広げて上向きにした状態で目を閉じていた。ヴィスの残り香をたどっているのか。だとしたら、ヴィスにまみれた私がここにいるのが邪魔になったりしないのかな。それともヴィスにもそれぞれ個々に違うしるしみたいなものがあるのか。


 ふわりと何か、あえて言うなら圧縮された空気のようなものが押し寄せてきた。それはそのまま私を突き抜けて背後へ走る。フェザナの魔法とは違う、彼の魔法が風なら今の感覚はゼリーのように濃厚な、そんな何かが通り過ぎて行った。これは、霊師の力?

 顔を上げると霊師の少年がこちらへ早足で駆けて来るところだった。そんな仕草はまだまだ子どもっぽく思える。


「お待たせしました、私の検分は終わりです。行きましょう」

 確かに待ってたのは事実だけど、連れの男性とかはいいのか?

 私が近づいてくる男性を、視線だけで指すと彼は、

「ここでは話せません。私と一緒に来て下さい。あとの検分は彼らがやります」

 そう言って、先に立って歩き始めた。


 私はフェザナを見たが、彼も少年の強引さに押されているようで戸惑った表情をしている。しょうがない、ついて行くしかないか。

「行くぞ」

 私はフェザナの腕を取って軽く促すと、店の入り口で振り返って待っている少年に向かって歩き出した。

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