第41話『うん、やっぱり想像してるな。』

「兄ちゃん、結構稼いでるらしいじゃねぇか」


 私は声に振り返った。うわー、ものすごくわかりやすいごろつきだ。

 汚れて古い服をわかりやすく着崩してだらしなさをアピールしつつ、腰につけたこれまた見た目重視の剣を見せびらかし、顔には何故か傷が残り、笑っていながらも目が合ったら確実に絡んでいくのを待ち受けている表情。

 こういうのに限って、強いとは限らないんだよねぇ。


「よぉ、ここら辺が誰の縄張りか知ってんのか? ちょっと勝手にやられちゃ困るんだよねぇー」

「ちょっと挨拶代くらい出してもらわないとなぁー。俺たちも厄介なことにしたくないし」


 商売二日目、今日はフェザナと二人で昨日予約を受けた女性の家へ行き、彼女の部屋の祝福を終えるとすでに家の外で次の客が待っていた。最初はその近所らしい人ばかりだったのだけど、そのうち馬車でお迎えが来たりして結構街のいたるところの人から注目されているのがわかった。


 すると目ざとく私たちを見つけたごろつきが、エリアごとに絡んでくるようになった。高級そうな住宅地ではなかったのに、ちょっと下町っぽいエリアとなると結構ひっきりなしに声がかかる。


 相手は五人か。やけに話したがる二人と、状況を見つつも負けるとは思ってないお付きの三人。だんだん一度に絡んでくる人数が上がってくるけど、そこら辺は横の繋がりでもあるのかな? だったらケンカ売ってもしょうがないって話も流してくれればいいのに。

 私はとりあえずフェザナを背中にかばった。ごろつきたちはいやらしい笑いを漏らしながら近づいてくる。黄色くなった汚い歯。


「あんまり近づくなよ。お前たち口、臭そうだから」

「んだと!」

 突然片割れがキレる。それをもう一人が片手で押さえつつ一歩前へ出る。こっちがメインか。

「なぁ、悪い事は言わねぇ。おとなしく金出してもらえればあんただって痛い目見ずに済むってわけだ。そっちの綺麗なお連れさんにかっこ悪いところ見せたくないだろう?」

 皆言う事が同じだなぁ。オリジナリティのない……


「一人で五人を相手にするだけで、じゅうぶんかっこいいと思うけど」

「やられたらそうは言ってられねぇだろうが」

 私は軽く肩をすくめた。周りには野次馬が集まってくる。

「そっちこそ恥かく前に帰れば? 俺、強いから」

 そう言ってにやりと笑う。メイン二人の後ろで短気な三人が「んだと!」とか「やるかてめぇ!」とか、やっぱりオリジナリティのないセリフを人の後ろに立ったまま叫ぶ。それこそ、かっこ悪いって。


 メインの二人は明らかにガンつけ用の目つきで私を舐めるように見、

「おうおう兄ちゃん、かっこいい事言ってくれるじゃねぇか、泣きっ面見てもしらねぇぞ、」

 そう言うと後ろの三人に「やっちまえ!」と声を掛けた。三人はやっぱり強さを信じてる無謀さで飛び出してきた。がむしゃらに襲ってきたって隙があるばっかだって。


 私はフェザナを軽く人ごみに押しやり、一人目をするりと避けると二人目の拳を掴んでひねり、体ごと三人目に突き飛ばした。

 避けられた一人目が背後から襲いかかってくるのを体を低くして振り向きざまに右腕で殴り飛ばし、体勢を立て直した二人目を勢いのまま回し蹴る。二人目は吹っ飛んで人垣近くまで転がっていった。

 慌てた三人目がナイフを取り出し、震えながら「うわーーーーー」と叫んで突っ込んできた。私は体をひねって避けるとナイフを握る手を取り、彼の勢いを逆に利用して喉もとに手刀を入れる。

 男が「うごぅっ」と不気味な声を出し、仰向けに倒れるところを掴んでいた手を引っ張って、襟首を掴んで人垣に突き飛ばした。彼の手から離れたナイフが乾いた音を立てて石畳を滑ってゆく。


「……の野郎、なめたマネしてくれるじゃねぇか!」

 すごんでるけど、全員をほぼ一撃で三人倒した事実は変えられない。かかって来るまで時間がありそうだな。私は剣を外してフェザナに振り向く。

「持ってて。邪魔だから」

「でも、大丈夫なんですか?」

「ああ、それだとやりすぎる」

 そう言ってフェザナに剣を持たせた。彼は少し重そうに両手で抱きしめる。残りの二人に向き直ると、何か頭から湯気がたちそうなくらい顔をしかめて真っ赤になっていた。

 ありゃ、侮辱と取っちゃった? これは確かになめたマネかも。


 二人は同時に剣を抜いた。うーん、私が最初に持ってた剣より地味ですよ。視線を走らせると壁に立てかけてあるほうきに気づいた。よし、あれを使おう。

 走り出す二人と同時に壁に駆け寄り、二人から目を離さずに片手でほうきを取る。振りかぶって斬り付けてくる片方に、くるりと振り回してほうきの柄を突き出し胸を突くと、彼が取りこぼしそうになった剣をそのまま柄で叩き落とした。さらにほうきを回転させて今度は房のついた方で彼の横っ面を殴り倒す。

 その背後からもう一人が斬りつけて来て、ほうきの房部分を切り落とした。彼はその体勢から剣を横に振り切ろうとしたので、ジャンプし前方宙返りにひねりを加えて彼の背後に立つ。あっという間のでき事で、まだ私に向かって振り返れなかった彼の肩口にほうきの柄を突きつけた。


「さて、どうする? このままさっさと帰るなら見逃すけど」


 そう言うと、彼よりも周りでうんうん唸っていた残りの四人があわただしく立ち上がり、弱々しい悲鳴を上げながらてんでばらばらに逃げ出した。

 続いて彼も「覚えてろ!」とか、ありがちな捨てゼリフを吐いて逃げていった。


 そんな彼の走る後姿を野次馬の人垣が崩れた先まで目で追い、それから手元のほうきのなれの果てに戻した。

 あーあ、弁償しなきゃなぁ。フェザナが剣を抱いたまま駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。っつか、一撃も食らってないけど」

 ふと見やるとほうきの持ち主と思われる女性が、ちょうど騒ぎが収まったところで様子を見に出てきた。腰に剣を戻しつつ近づいていって彼女の気を引くように声をかけた。


「すみません」

「えっ、あ、はい……」

「今、たちの悪いのに絡まれて、追い払うつもりで借りたんですけど、こんなにしちゃって……弁償しますから、どうしたらいいですか?」

 失礼にならないぎりぎりの至近距離を保つ。彼女はぽーっとした目で見上げた。誠意を込めて、ちょっと低めのトーンで話しかける。

「弁償なんて、そんな」

 さらに少し近づいて、彼女の視界に自分しか入らないようにする。

「それじゃ俺の気が済まないから。俺たち祝福屋やってるから祝福の魔法で済めばいいけど、新しいのを買うのならお金払うし……」

「いえ、あの、その……じゃ、私の編み機に祝福の魔法を」


 よかった、出費は免れた。私はにっこり笑ってから振り返ってフェザナを呼んだ。彼女は近づいてきたフェザナにも見惚れていた。編み機の祝福は部屋丸ごとに比べたら全然小さくて済むから、ほうき代+宣伝としても妥当なところかな。


 家を出るとフェザナが少し含むところがあるような顔で私を見上げた。

「何だよ」

「別に。さすがだなぁと思って」

「出費を抑えられたんだからいいだろ。お茶まで出してもらって」

「こういう派手な街だとヴィアスの天下ですね。そこまで女性を扱うのが上手ければいくらでも、」

「なんだよ」

 私がフェザナの言葉をさえぎって言うと、彼は少しためらってから、拗ねたように前に向き直って結局先を言わなかった。


 見た目がいいだけじゃなんにもならない。要は、女性に不信感を与えず、それでいてこちらからの好意を感じさせるようにすれば、たいていの女性は悪い気はしないのだ。私がそうなんだから身を持って証明できる。

 でもそういうギリギリのラインとかわかる男性はそんなにいないから、やっぱり中身に私を持ったヴィアスはホスト並みに女性扱いが上手く見えるんだろう。きっとフェザナが言いたかったのもそれだ。


 だからってそれを悪用するつもりはないけど。私はホストやるためにドノスフィアにいる訳じゃないし、そのためにヴィアスな訳でもない。ちょっとした問題を、相手に不快感を与えずすんなり解決できるんだったら、その方がいいと思うだけ。

 ただ私のこれまでのキャラからいって、それがそんな思慮深い考えから来てるとは思ってもらえてないみたいだけど。


 昼は宿に戻らず二人で取ることになっていたので、そのまま適当な店に入った。

 料金は先払い、スタンドにパスタや煮込みのようなものが大皿ごとに置いてあって、ほしいものを指差しだけで一皿いくらで買えるので食べ物の名前がわからなくても何とかなった。


 テーブルについてなかなか美味しい料理を食べていると、背後のテーブルの会話が聞こえてきた。

「……リエラの事、買おうってヤツがいるらしいぞ」

「なんだそりゃ、皆知ってるよ、サルガドだろ?」

「それが違うんだよ、何でも旅人だって話だ。この前リエラの鍵を取った男が帰りがけに身請け金の事聞いてったらしい。しかも翌日また店に現れた上にリエラが無条件で部屋に上げたって……」

 何ですか、そりゃ! っつか、リエラが言わなくてもバレバレですけど!


 でも店の人間はまさか私が買うとは思ってないんだっけ? でも人の噂になっちゃったら、同じだよなぁ? 身請け金を聞いたって事と次の日現れたってので、そこまで想像で補っちゃうんだ……

 しかも次の日は祝福屋として行ったんだから、無条件ってのは違うだろう……噂って怖い。ああ、そう言えば、身請けの噂が立ってサルガドが変な行動起こすのを心配してたんだ。やばいなぁ……


「見た目は巨人のように大柄で肌も黒く、黒い髪をたてがみのように振り乱し、腰にはでかくてヤバそうな斧をぶら下げてるって話だ」


 はい?? いや、全然違いますよ! それってやっぱ伝言ゲームの要領でそうなっちゃったのか? それとも本物を見た人がそう言ったのか? しかも斧かよ!

 眉間にしわを寄せて顔を上げると、フェザナが笑いをかみ殺していた。ちょっとなにそれ、ムカつく!


「しかもそいつ胡散臭いことこの上ないのが、あのリエラがそいつの言う事を素直に聞いてたってんだ。何か怪しい術を使うんじゃないかってもっぱらの噂でな……」


 怪しい術なんて使わねぇっつの! 怪しい術を使うのはフェザナだろうが。

 私は半眼でフェザナを睨んだ。フェザナは申し訳なさそうにしながらも、やはり含み笑いをしている。


「怪しい術なんかじゃなくて、あっちの技術がよかったんじゃねぇの?」

「ヤバいのは斧じゃなくて股にぶら下げたモンだったりしてな」


 いやらしい笑いを交し合う二人に、途端にフェザナは真っ赤になってうつむいた。やーい、人の事笑うからだーって、動揺しない自分もどうかと思うけど(どっちかっていうとあまりのオッサン加減に笑いそうにはなった)。

 でもいちいち赤面するのって、そこまで想像してるからだよねぇ?


 私は頬杖しながら、赤面して私と視線を合わせないようにしている彼の頬を、指の背で触れた。フェザナは少し驚いて顔を上げる。


「ヤバいかどうか、試してみるか?」


 真顔のまま言うと、フェザナはそれこそ泣きそうなくらい動揺した顔で更に赤くなった。

 うん、やっぱり想像してるな。私は思わず吹き出した。


「ヴィアス、そういう冗談はやめて下さい」

 店の中というのを考慮して小さな声で訴えるフェザナに、私は笑いが止まらなくて、周りから怪訝な目で見られながらもひーひー言って笑い続けた。

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