第40話『モテるってこういう事なのかなぁ……』

 ケイガがリエラ宛の手紙を届けに行き、まだ不安げなティアルは私と一緒に行動したがらないから、結局カザキと一緒にいることになった。私はフェザナと二人でこの辺りの祝福屋の相場を見るために宿を出た。


 今日も天気がいい。

 カザキにはあんな風に言われたけど、やっぱり悪意が私の中で大暴走しているなんて信じられないな。清々しい空気を吸い込んで、活気のある町並みを眺めた。


「ヴィアス、」

 フェザナが声をかける。振り返って斜め後ろを着いて来た彼を見た。

「あの、本当に大丈夫なんですか?」

「ん、全然。お前、俺がヴィスに丸め込まれて実は普通を装いながら、何か悪い事考えてるとか思ってんの?」

 私が笑うとフェザナは少し戸惑った顔をして、

「でも、全く影響を受けない事はありませんから……」

と小さく付け加えた。そう言われてもねぇ……

「ま、その時はその時。そうなる前に、何とかすればいいだろ」

 私は軽く彼を促した。不安げながらもフェザナは私についてまた歩き出した。


 街で聞いた祝福屋の相場からいくと、フル稼働で働けば数日で不足分を稼ぎ出せそうだった。リエラを身請けしちゃったら一文無しになっちゃう訳だけど、それでも納得ずくで彼女を旅に誘うためにはしょうがない。裏口からさらって逃げたって、きっと彼女は納得しないだろうし。

 その上で私の浄化をするのだったら更に稼ぐ必要がある。あー、お金って儚い。


「ヴィアス!」

 遠く呼ぶ声が聞こえた。振り返ると走ってくるケイガが見えた。どうしたんだろ。

 ケイガは私たち二人の所まで走ってくると、しばらく息を整えてから顔を上げてニヤリと笑った。

「早速お客さん。手紙を届けに行ったら、リエラがいてすぐ話が付いた。流行らせるのが目的だから早い方がいいし、まずはあの店の彼女たちの部屋から」

 なるほど。フェザナを見ると彼も微笑んで私を見た。

「それじゃ初仕事だなー」

 そう言って、三人で港へ向かった。


 リエラたちの宿舎は、ものすごい騒ぎだった。

 宿舎に入るには店の中を通らねばならなくて、前日の客とは言え胡散臭い目で見られたのだけど、リエラの呼んだ祝福屋という事で何とか中に入れてもらう事ができた。

 宿舎の狭い廊下はきゃあきゃあいう声が響き渡り、どうやら噂を聞いた女の子たちが階段の上や下、自室の入り口やらなにやらとにかく見える所から私たちを覗こうとしていたのだ。


「想像してたけど、すげーな……」

 そう言ってケイガは私に耳打ちした。女の子が集まるとすごいって事?

「ちげーよ、お前だよ。多分女性人気は、フェザナって祝福屋を呼べばもれなくついてくる用心棒が担うね。フェザナだけでも人気がとれそうだけど、二人セットだったら取りこぼしなしって感じじゃん」

 そう言って私の脇をつついた。……何か、今まで旅続きでせっかくイケメンでもあまり利用価値がなかったから実感ないんだけど、モテるってこういう事なのかなぁ……


「ここが私の部屋。とりあえずここをお願いするわ」

 そう言って先に歩いていたリエラが振り返った。フェザナはちょっと不安げに私を振り返り、私は彼を勇気付けるためにも少し微笑んでちょっと頷いてみせた。


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 唐突に女の子たちから恐ろしいまでの大嬌声が響き渡った。

 な、何? 何かした? ケイガはその大音量にわざとらしくフラフラしてみせる。

「多分、お前に慣れるまでコレが続くぞ。さっさとリエラの部屋に入っちゃえよ」

 でもフェザナは必要だろうけど私まで入る事ないんじゃない? 何だか女の子の個人の部屋に入るのって気が引けるし……


「俺は入らなくていいだろ?」

「ヴィアスも来て下さい。祝福の魔法ですから、他の力を使うより貴方の力を使った方がいいと思います」

 フェザナはそう言って私の腕に触れた。そうか、そういう事ならしょうがないかな。私は彼の背中に腕を回して部屋へ促そうとした……


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 ……ら、また大嬌声。うわ……何やってもすごい事になってますよ……


 ケイガが「早く行け」と私の背中を押すので、そのままフェザナを伴ってリエラの部屋に入った。扉を閉めると少しは静かな感じ。と言うより、目の前からいなくなった事で、早速噂話を始めようとしている空気が感じられる。

「もう、これだけで充分な宣伝になったんじゃない?」

 リエラは面白そうに笑った。


 彼女の部屋は、商売用の部屋とは違って質素で何の装飾もない部屋だった。漆喰塗りの壁は汚れてくすんでいるし、家具は小さな机と椅子、あとは物入れらしき小さなタンスに粗末なベッド。店の一番人気にしては寂しい部屋だ。

「つまんない部屋でしょ。何にもないの」

 私の視線を見ていたのか、リエラが先にそう言った。


「あなたが私を買うとは店の人間は思ってないわ。旅人に払えると思ってないんだもん。私もあなたたちと旅に出る話は誰にもしてない。変な噂がたってサルガドが動くのもイヤだし、結局旅に出られなかった時に恥ずかしいと思ったの。それでもこんな事するの?」


 私は軽く肩をすくめた。

「やれるだけの事はやらないと。後悔ってキライなんだ」

 そう言ってフェザナの肩を押した。フェザナは私を振り返る。

「俺はどうすればいい?」

 すると彼は何故かとても綺麗な微笑を見せ、

「ヴィアスはここに立っていて下さい。私が反対側に立ちます」

 そう言って部屋の反対側へ行った。リエラが部屋の隅へ移動する。私はそのまま彼を見ていた。


 フェザナはそっと目を伏せて息を吐くと、軽く腕を広げて集中した。

 彼の周りに明るい光が、結晶のようにキラキラ光って舞い始める。私はすうっと何か引っ張られるような感覚を覚えた。

 自然とフェザナに惹きつけられる。祝福の魔法は幸を宿すものだから、彼も自然と柔らかな笑顔を湛えている。キラキラと光る結晶に照らされたフェザナ。


 私は思わず腕を伸ばしそうになって、自分の動きに気づいて慌てて目を閉じた。このまま見てたら、どうにかなっちゃいそう。もしかして、っていうかたぶん顔が赤くなってるな。

 目を閉じると暖かな光のような空気が、ちょっと躊躇いがちにそれでいて私を誘うように私の周りに満ちているのが感じられた。これは祝福の魔法? それとも私の力を誘うフェザナ? その仕草が、かわいくて温かくて、思わず笑みがこぼれる。


 しばらくすると、温かな感覚は遠のいていき、目を開けるとフェザナが満足そうにしていた。

「終わりました」

 そう言ってリエラを見る。リエラは何だかぼーっとしていた。

「リエラ?」

 リエラに近づくと、彼女はハッとしてフェザナを見、それから片手でフェザナの胸を軽く叩いた。その目には涙が光っていた。


「ずるい、フェザナ。あなたがここまでできるなんて知らなかった」

 フェザナは何の事かわからないと言った顔をしている。彼女は浮かんだ涙をさっと拭った。

「こんな風にされたら、この部屋から出て行きたくなくなっちゃうわ。ありがとう」

 フェザナはその言葉を聞いて、今までで一番綺麗な微笑みを見せた。




 その後は、宿舎の他の部屋を一通り回ったんじゃないかと思う。

 何せ終わって支払いを受けるとすぐ次! とばかりに女の子が私の腕を引っ張っていくのだ。いや、魔法をかけるのはフェザナなんだから、彼を引っ張って行ってほしいんですけど……

 しかも立て続けに魔法を行うのでフェザナにも疲労の色が見えてくる。フェザナがうっかり廊下で躓いた時、思わず抱き支えたらまた大嬌声の嵐。

 私が動くだけでそこまで騒がれるとちょっと……なぁ……世のイケメンってみんなこんな大変な思いしてんの?


 そうは言っても商売の一日目。好印象は大事だから、いくら一日でこなす量じゃないとはいえ断る訳にはいかない。

 でもお陰で宿舎を出る頃になったら、すでに店の外にまで噂が流れている事に気づいた。

 店から出ると、待ち受けた女性が声を掛けてきたのだ。しかし余りにも大量の部屋を立て続けにやっつけた後だったので、今日の内ではさすがに満足のいく祝福魔法がかけられないと、次の日にまた尋ねる事になった。


「こうなるとあとは芋づる式だなー」

 ケイガは稼いだお金をなくさないように財布の紐を手首にくくりつけて胸元に入れている。宿屋への道を歩きながら、私は疲れた表情のフェザナを見やった。

「大丈夫か?」

「ええ。ちょっと頑張りすぎました」

 そう言ってちょっと弱々しく微笑んで見せた。

「貴方の力も使っていますから、きっとお疲れでしょう」

「俺は平気だよ。このくらいじゃ何も変わらない。あれはどういう魔法だったんだ?」


 フェザナはその言葉に少し体を起こし、姿勢を正した。

「あの魔法は癒しの中でも、持ち主とのつながりを明らかにして、持ち主に対する愛情を促すものなのです。人は基本的に常に周りの環境から影響を受けています。その環境に働きかけて、環境そのものも人に対して心地よく影響できるように癒し、それによって持ち主も癒されるという魔法です。自分が大事にしているものが、同じく自分を大事に思ってくれる方が幸せでしょう?」


 魔法についてフェザナと話した事はなかったけど、嬉しそうに自信もって話す姿に、何だか彼を見直してしまった。

 今からでも遅くないんだから、これからもっとフェザナの事、聞いてみようかな。


「ヴィアス、このペースでいけるんだったら予定より早く稼げそうだし、さっさと浄化しちゃった方がいいんじゃないか?」

 数歩先に行っていたケイガが振り返って後ろ向きに歩きながら言った。

「でも何も感じないんだぜ? もったいなくねぇ?」

「こう、ここら辺にもやもやーーっと黒い感じがしねぇ?」

 そう言って胸の間辺りを指差す。


「いや、全然」

「おかしいなー……」

 言いながら前方に向き直る。っていうか、ケイガは触れられた事があるんだ。

「お前、経験者だったのかよ」

「そりゃヴィアスと違って普通の人間だからな、水売りしてた時に。基本的にはカザキがいるから安全だったんだけど、カザキが体調崩して休んでた時に、一人で水汲みに行ったらばっちりな。何とか逃げ切れたけど、なーんか落ち着かない感じで、汲んできた水を全部カザキにぶちまけた」


 うわ、普段のケイガからは考えられない……ケイガは歩調を合わせて私に並ぶ。

「それでも落ち着かない俺見てカザキはソッコーでわかったらしくて、すぐベルガラの霊師のとこに連れてってくれたんだ」

「素直について行ったのか?」

「素直じゃねぇさ。なんつーのかな、ついて行くけど連れてった方も気分悪くなるだろうなって行動してた」

「それは、」


「だから上手くやってると思わねぇ? 俺に触れて俺が悪意を発散するだけじゃない、その悪意に触れて相手も悪意が芽生えるようにしてんだよ、あとになって考えてみると。ヴィスってただ存在する時は単純だけど、人に入り込むと途端に知能犯になるんだな」


 そうなんだ……たしかにタチが悪い。

「俺は霊師のお陰ですっきりしたけど、下手するとカザキがヴィスを生む元になっちゃっててもおかしくなかったよなー。だからさ、」

 ケイガは私を振り返る。

「お前も、周りにイヤな思いさせる前に浄化してもらっちゃった方がいいぜ。周りに嫌な思いさせてたって気づいたら、お前も嫌な思いするだろ」

 そう言ってからまた数歩先を歩き出した。


「俺、嫌な思いさせてるかな」

「そうなる前にって事ですよ。今は、いつもの貴方です」

 フェザナは私を見上げ微笑んで見せた。それから剣に軽く置いている私の左腕をそっと、ためらいがちに取った。


――― う、腕組まれましたよ!!


 いや、組むまでいってないか、でも組むとも言うよね?! この状態! どどど、どうしよう……無下にほどく訳にもいかないし、さりげなく逃げるべき??


 私は内心ものすごく慌てていたのだけどそんなものは顔には出ず、それよりも妙に冷静な部分が、彼の仕草を肯定するように彼を見守っていた。

 私の視界なのに、誰か他の人の視界を見てるみたい。彼を見ていると、何だか心がぎゅーーってなる感じ。


 彼の魔法に当てられて、ヴィアスが出てきちゃったのかな……私の力を借りようと寄せる温かい魔法の波と、それに満たされる心地。繋がっている感覚。

 ああ、早く『私』が消えれば、こんな風にちぐはぐな反応しなくて済むのに……


「宿に着いたら、治癒魔法かけますから」

 そう言って見上げたフェザナを、私は眩しく感じた。


 いつもだったら冗談めかして「それよりこっちがいいんじゃね」とか言いながら肩を抱いたりして、真っ赤になったフェザナが文句言いながら逃げたり、そんなノリができるのに。どうしちゃったんだろう。


「……俺よりお前だろうが」

 そう言うと、何故かフェザナは嬉しそうに笑った。

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