第39話『祝福屋? 何それ。』

 翌日の朝、窓からの刺すような明るい光で目が覚めた。ゆっくりと体を起こす。頭が重い。きっと、スゴイ顔してるんだろうな……


 水差しから洗面器に水を移して顔を洗う。濡れた顔を上げ鏡でまじまじと自分の顔を見る。

 初めてドノスフィアに来て、フェザナの診療所の鏡で見た時よりも険しさが増し、同時に余裕も感じられる顔。それは経験値の現われでもある。そしてその顔は、私の中で何の違和感もなく受け入れられている。

 普段旅の中では鏡を見ない生活をしていて、この顔が自分の顔だという事に慣れていないはずだったのに。いや私が見ればそれは第三者として見る『美形の剣士ヴィアス』の顔だ。でも同時にこれが自分の顔だと思える。


 泣き寝入った事で少し赤く充血した目。ヴィアスはこれしきの事で泣かないのかもな。濡れた手で鏡の中の自分の顔にエイッと水滴を飛ばした。


 朝食を取るために階下の飲み屋へ行くと、やはりすでに他の四人はテーブルについていた。ぼんやりとそちらに向かって歩いていたが、テーブルにたどり着く前にティアルが反応した。


 いや、いつもの反応ではない。突然私を見たと思ったら、蒼白になってフェザナの陰に隠れたのだ。何かあったのかと思わずテーブルに駆け寄ると、ティアルは更にフェザナの陰に潜り込む。どうしたの?! っつか、私?!

「ティアル、どうしたんですか……?」

 余りにも必死に私から逃げるティアルに、三人とも訳がわからず慌てている。


「ヴィアス、お前何かしたのか?」

「してねぇよ、だいたい昨日の夜から会ってないし」

 顔も洗ってきたから、何か付いてるとかじゃないよね。

「ティアルはもうご飯終わってるし、俺も終わったから連れて行こうか?」

 カザキがそう言って私の腕に手をかけた。

「そうだな、俺が他で食べてもいいんだけど」

 そう言ってカザキを見ると、彼は私の腕に触れたまま少し怪訝な顔で私を見上げた。何?

「ヴィアス、ちょっと、」

 カザキはそう言うと立ち上がって私の腕を引っ張って行く。な、何?


 訳がわからないままカザキに連れられて酒場を出る。カザキは少しきょろきょろして人気のない場所を探したが、結局、自室まで引っ張って行った。どういう事?

「何だよ、カザキ。どうしたんだよ」

「ヴィアス、お前昨日、どこに行った?」

 どこって、ケイガとフェザナとリエラのいる店に行っただけだけど……

「港の近くの繁華街の、」

「そこじゃない。その話ならもう聞いた。とりあえずケイガと離れた様子はないから、その後で」


 何の事?

「どこにも行ってねぇよ。一緒に帰ってきて、俺だけ一人部屋だけどそこで寝ただけだし」

「一人で、どこかへ出掛けなかった?」

「行かねぇよ。何なんだよ、さっきから。要点を言え」

 するとカザキは少し眉根を寄せて少し視線を外し、それから私に向き直った。

「ヴィアス、お前、多分触れられてる」

 触れられてる?

「何だよ……それ」

 カザキは深呼吸するように息を吸って、少し止めてから一気に吐き出し、それから顔を上げて私を見た。


「これは本来なら霊師の仕事だからあんまり確実な事は言えないんだけど、お前に何かヴィスの力を感じるんだ。多分どこかでお前に触れ、それから影響するようにお前の中に跡を残してる」

「何でそんな事、」

「目的? はわかんないよ。ああ、俺が何でこんな事わかるかってんなら、生まれつきかなー。俺、本当は霊師の力があったから塔に入れたようなもんなんだ。でもそれには弱すぎて。ただ力を知らずにいるのは危険だから守人になったんだよ。一般的な霊師はヴィスが人に作用するのを防いだり浄化したりするから、人の中に残ったヴィスの気配とかを見る事ができるんだ。それで」


 カザキはこともなげに言ってみせた。

 でも前にフェザナが霊師の説明をしようとした時、説明が難しいって言ってなかったっけ? 今の説明だとそんなに難しい事なんてないように思えるけど。私がわかってなかったから?


 それで今、私の中にヴィスの何かが残っている、と。

 でも、あの後どこかへ出掛けたりしてないし、ヴィスに会ってもいない。そりゃだいぶ前にヴィスの中を潜り抜けたことがあるけど、それはカザキたちに会うより前の砂漠での事だから、カザキが気づかないはずはない。どういう事なんだろう……


「でも全然心当たりがねぇよ。昨日はホントに帰ってきて寝ちゃったんだ。どこにも出掛けてない」

 カザキはうーんと天井を見上げる。

「俺は霊師の力があるってだけで守人でしかないから、俺の力だけで完全に除去できないんだ。そりゃもちろん街には霊師はいるだろうけどお金かかるし……リエラの身請け金、今の所持金全部足してもちょっと足りない位だったから、使う訳にもいかないだろ。それ以外となると作用してるヴィスを倒すしかないんだけど、ヴィスは基本的に気まぐれに触れてるだけだから、そのヴィスを見つけるなんて不可能に近いし……」


 通りすがりにヴィスに作用されちゃうの? それってものすごくたち悪くない?


「もちろん、街じゃそんな事がないように霊師と守人に守られてるんだって。ヴィアスみたいに立ちはだかるヴィス全部ぶっ倒せてたら、大丈夫だったかったかもしれないけど、普通はヴィスにあったら逃げるか、戦っても触れられる事のが多いんだって。でもどこにも行ってないってのはなぁ……」


 そうなんだ……やっぱり私には必要なかったからフェザナが説明しなかった事でもあるんだろうな。

 街の中は安全とゲームの要領で考えてたけど、ちゃんと守られていたからなんだ。


 でもだとしたら、どこで私はヴィスに触れられたんだろう……それに、

「それで、なんでティアルが怖がるんだ?」

「……多分、ティアルも感じる事ができるんじゃないかな。霊師の素質があるんだよ」

 そうか……それじゃ、私の中の気配が消えないとティアルには近づけないなぁ……

「リエラの身請け金は、どっちにしろ今すぐには足りないんだから、先に浄化して貰った方がいいんじゃないか?」

 カザキは私を伺うように覗き見る。うーん、そうなのかなぁ……


「なぁ、そのヴィスに触れられてると、何が起きるんだ?」

 カザキはきょとんとした顔で私を見た。だって、表立った作用がないんだったら、ちょっとくらいほっといても平気そうじゃない。実際、今の私は元気そのものだし。

「……基本的には暴力的になったり、悪意が強くなったり、あと体調が悪くなったりして、とにかく悪意を発するようになるんだけど……」


 言いながら私の顔を見る。暴力的? 悪意? 体調不良?


「全然感じねぇけど」

「そう、だね。そうは見えない」

「残ってるのが弱いんじゃないか? それなら今すぐ浄化する事ないんじゃねぇ?」

「ヴィアスは強いからもしかしたら簡単には影響されないのかもしれないけど、それでも後々何かあるとやっかいだよ。余裕ができたらすぐ浄化した方がいいと思う。それまでは我流でよければ俺が少し抑えるよ」


 そう言って、私をベッドに座るよう促した。

 目を伏せて私の肩辺りに両手をかざす。キラキラと空気が光りだし、その光がそっと糸のようにより合わさって私を囲み、その糸がふわりと私に近づいてスッと私の中に溶け込んでいった。

 カザキは目を開けてにっこり微笑む。

「完了。とりあえずティアルに近づけるくらいにはなったと思う。ただヴィスの力を抑えてるんじゃなくて、ヴィスの気配を抑えてる程度だから、油断は禁物だからね」

「サンキュ。これでやっとメシが食えるな」


 階下に戻ると、フェザナの隣から不安そうにティアルが顔を覗かせた。少し首をかしげている。まだ気配を感じるのかな。それでも逃げたりしてないから、とりあえずはカザキの魔法が成功してるんだろう。

 私は朝食を受け取ってフェザナの隣に腰掛けた。説明を求めるようなフェザナの視線に、そのままカザキに振ると彼は要領よく説明した。

 私の中に残るヴィスの気が、カザキの魔法でおとなしくしている。


「リエラの身請けに必要なお金だけど、残りを稼ぐ方法を見つけたらヴィアスの浄化を先にやった方がいいと思う。今は何の影響も見られないけど、後々どんな事になるかわからないから」

 カザキの言葉にケイガも頷いた。でもホントに大丈夫なんだってば。何も変わったところなんてないし。

「ヴィアスは自分の事には鈍感だから信用ない」

 ケイガはハッキリ言い切った。ひど!

「金稼ぐっつったってどうするんだよ。俺稼ぐ方法なんて持ってないからな。レイルサの森にちょっと入って適当なヴィスでも倒してきた方がいいんじゃねぇ?」

 そう言う私をケイガはうんざりしたような顔で見た。

「出たら入るのが厄介だろうが。あの通行証は、入る時に通行証がなかったけど問題ないって証明なんだよ」


 そうか。入る時にもケイガの口からでまかせで何とかなったんだった。ベルガラやドゥランゴやトロシャは通行証なんていらなかったのに、面倒だなぁ。

「ヴィアスは強いから用心棒でもやれるだろうけど、それだと時間がかかりすぎるし。俺たちがちょっと働く程度じゃ大した金額稼げないし……」

「私も働きます。以前は医者として働いていましたので、癒し系の魔法でしたら……」


「うーん、それもいいけど医者だと登録が必要じゃねぇ? それ以外となると祝福屋とかだし」

 祝福屋? 何それ。

「祝福屋は、言ってみれば人間の体以外のものを癒す商売さ。家だとか馬車だとかとにかく何でも。直接直すための癒しじゃなくて、使い心地がいいようにとかそういうヤツ。商人は店に、荷運びは馬車に、それ以外も色々と癒し魔法で祝福してもらうんだ。女には異様に人気がある」


 なるほど。薬じゃないけど何かの効果がありそうな、アロマテラピーみたいなもんかな。

「でもいきなりはじめるったって、どうすればいいんだか……なんか、こういう街だと縄張り争いとかありそうだしなぁ」

 ケイガはそう言って私のプレートからトマトみたいな赤い実を取って食べた。

 あー、それだったら、

「簡単だろ。リエラに頼んで友達とか、とにかく女性に限って紹介してもらえばいい。フェザナの魔法は充分通用するだろうから、女性の繋がりであっという間に評判が上がるだろ。縄張り争いなら俺が用心棒で付くし」

 女性人気は女性の間で噂になる事からはじめればいいのよ。


「おー! 頭いい! そっかーよし、じゃその線で。リエラに手紙書いて協力要請しないとな! あ、ヴィアスとフェザナは適当にこの辺の祝福屋の相場を調べてくれよ」

 そう言ってケイガは嬉しそうに立ち上がった。


 何だかハッキリした行動目的ができて、気持ちが高揚する。ホントにヴィスなんて残ってるのか?

 私はプレートに残ったパンをほおばると、あのラッシーのような飲み物(スアイツというそうだ)で流し込んだ。

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