第36話『む、胸が当たってるって!』
性別は関係ないってのは、確かに角田がそうだったからアリかもしれないとか思ったけど、何でそんなに知り合いでもない隣のクラスの男子が出てくるの?!
いや、別に私が見てる夢ってワケじゃないんだから、この方が自然なのか?
茶色でシャギーの入った長い髪、ぱっちりと大きめの瞳は意志が強そうな黒色。いたずらっぽく笑った唇は艶やかで、モデル並みの美人。
ヴィアスの片腕にすっぽり納まる華奢な体も、少し紅潮して見上げるきめ細かい肌も、どれをとっても私くらいの並みの子が羨望の眼差しで見ちゃうようなかわいいオンナノコ。
そんな女の子に、あろうことか男子の魂が入ってるなんて……
目眩……思わず彼女を離す。
「お兄さんが次の挑戦者? 助けてくれた事には礼を言うけど、手加減はしないからね」
彼……彼女は軽やかに数メートル下がった。いや、私はそのつもりは……
「鍵を取るまでは挑戦者。鍵を取ったらお客さんだから、ちゃんとご奉仕するわ」
そう言って彼女は鍵を胸の谷間にゆっくり押し込んだ。
……ご、ご奉仕はいいですってばー……
どうしよう……でも彼(いい加減慣れよう……見た目は女の子なんだから)……彼女も向こうの人間なんだから、きちんと話ができるように繋がりは作っといた方がいい。
しかもサルガド、だっけ? そいつが彼女を買うって話があるんじゃ、ここで引き下がって二度と会えなくなるのは避けたい。
私は小さく息をついた。
「わかった。それじゃご奉仕前の軽い運動だな」
彼女に向かい合う。彼女は艶っぽい微笑を浮かべた。
「みんな最初はそう言うわ」
彼女の言葉が終わるのが早いか、私は彼女に向かって動き出す。彼女が右へ避けるのを見て腕を伸ばすが、あと少しの所で体ごと下げて避けられた。
速い!
小さな体の筋肉一つ一つが無駄なく動いている。私の背後に回ろうとした彼女を、最小限のバランス移動で自身の体を振り返らせ彼女とは逆回転で捕らえる。
左手で肩を掴むと彼女は、逃げずに両手で私の腕に取り付いた。
む、胸が当たってるって!!
私の戸惑いよそに彼女は顔を近づける。
「お兄さん、結構やるわね」
言ってから突っぱねると、身軽な仕草で私から離れた。
「君も、この範囲使って逃げ回るのかと思った」
私はそう言って目線だけで半径十メートルほどの人垣の輪を指した。
仲間の前以外では思ってる事を顔に出さないようになったのは、何となくこの旅でついた癖だけど、今回はかなりマジでよかったと思うよ……女の子の胸ってあんなに柔らかかったっけ? 過去の自分を思い出しても、何だか違う気がしてる。
私の言葉に彼女を少し眉根を寄せる。
「見くびらないで。至近距離からあなたを撃沈させてあげるから」
うわー、強気。でも結果的にこの勝負買っちゃったんだから、負けるわけにはいかないんだっての。
今度は動き出して彼女に近づいた所で彼女に向かって腕を伸ばす。彼女はそれを避けようと左へ逃げる。
やはり彼女もムダに大きな動きをせず、最小限の動きで避けている。私だって負けてはいないだろうけど、先にアクションする方だから彼女の動きに慣れない限りひたすら追うしかできない。それに下手に当てて怪我させちゃったら困るし。
近づいたり遠のいたり、まるで彼女は踊っているようだ。顔には笑みが浮かび、すれすれの所で避けると何とも色っぽい顔をする。楽しんでるな……
彼女が右に逃げようとした所を左腕で遮ろうとしたら、右にかかりかけた体重をいとも簡単に左に切り替る。器用に私の左腕の下を潜って背後へ回り、彼女を追って回転しようとした所を、なんと彼女は背後から私の腰を捕まえたのだ。思わず動きが止まる。
「ほら、後ろがおろそかよ」
そう言って背後から回した手をゆっくり私の股間に向かって下ろす。観客から囃し立てるような声が飛んだ。あーもしかして私、こういう見世物なのか?
ため息一つついて、剣の柄の突端に左掌を置き、梃子の要領で鞘を使って彼女の足を絡めてすくう。
「きゃあ!」
すばやく振り返り、彼女が仰向けに倒れ地面に付くすれすれで抱きとめる。顔と顔が触れ合うほど近い。流石に彼女も少し驚いた顔をしている。
「それじゃ、これは貰っとくから」
そう言って胸元ではねている革紐を口でくわえて胸の谷間から鍵を抜き取った。
彼女を起こしてから口から鍵を取ると、観客から大歓声がわき起こった。
「いいぞーにいちゃん!」
「やるなー男前ー!」
指笛や口笛が鳴らされる中、肩をすくめて挨拶。彼女を見やると、すこしぽーっとした顔で座り込んだままだった。どうしたんだろ、怪我はしてないと思うけど。
観客は歓声が収まると三々五々散っていった。口々に今日の対戦の見所を話し合っている。もしかして有名になっちゃったかな? そしたら情報も掴みやすくなるかなぁ?
そんな事を考え人々を見ていた所に、勢いよく彼女が私の腕に取り付いてきた。両腕で私の腕を抱きしめている。また胸が当たってるってば!
「私の部屋に行きましょ! 私あなたの事好きになっちゃったかもしれない!」
はい? 何ですか、そのリップサービスは??
「お客さんは誰でも好きなんだろ」
私は彼女の腕からやんわりと逃げようとしたが、彼女はそれに抵抗して更に強く抱きしめた。
「違うわ! 今までの男は私から鍵を奪う事ばっか考えて、私の事考えてなかったのよ。奪えればいいと思ってたの。だから乱暴もいいとこ! でもあなたは違う、だって私に怪我一つさせなかった。そんな人、今までいなかったもの!」
そりゃ、勝負に乗ったとは言え恨みもないのに女の子に怪我させられないでしょ……って、そういう所じゃないんだった。怪我させなきゃ鍵を奪えない程度のヤツしか来なかったって事かなぁ。
始めは乱暴する気がなくても、あれだけ煽られれば確かに力ずくでも鍵を奪おうとするかもしれない。それは彼女のやり方にも非があると思うんだけど……
「だ・か・ら、好きになっちゃった! 強くて優しくて、しかもイケメン! 文句ないわ」
いや、私には色々ありますよー……だって瀧くんなんだもん……
ちらりとケイガを見ると、ニヤニヤ笑って腕組みをしている。フェザナはその横で……あの表情は、嫉妬と取っていいのかな……拗ねたような顔で、私と目が合うとぷいっと横を向いてしまった。
あわわ、これは私の本意じゃないですよー……
「ちょっと待って、連れがいるんだ」
私は彼女を離して二人のところへ向かおうとしたが、彼女は執拗にまとわりついてくる。
「あのさ、流れでこうなっちゃったけど、俺別に君の事買うつもりはないから」
「あら、ダメよ。今日はあなたが私のお客になったんだもの。私一晩に一人って決めてるんだから、あなたがお客になってくれなきゃ稼げないわ」
「だから、どうしてもっていうんなら金なら払うし。ただちょっと話が聞きたいんだ」
何とか彼女を引き離そうと努力しながら二人の所へ歩いて行くも、結局彼女から逃れる事はできなかった。あー、フェザナが全くこっちを見ない……
「そりゃお金は貰うわ。でもお話だけなんてそんな客ありえない! 連れがいるから遠慮してるんだとしたら、友達は私の客じゃないんだから一緒に来ることないのよ」
どうにも言い訳がつかなくてケイガを見る。彼は一瞬遅れて私の視線に気づいたようだった。……今、彼女に見惚れてた?
「あー、俺たち旅してて、そのための情報がほしいんだよ。君なら色々聞いたりした事あるんじゃないかなーってね」
ケイガはいつもの人懐っこい笑顔で答えた。
「そりゃ色々話は聞こえてくるけど……でも、今日のお客は彼なんだから、彼に話すわ。ねぇ、私の部屋へ行きましょ」
彼女は私を見上げて言う。うーん、情報は聞かないとならないんだけど、でも彼女の部屋へ行くのはなぁ……行って何事もなく帰ってこれるならいいけど、この積極性から考えてもそうはいきそうにないし。
再度さりげなく彼女の手を外そうとしたけど、やっぱりバレてしがみつかれた。いやマジちょっと……
「何度も言うけど、そのつもりはないんだ。どこか飲み屋ででも話してくれればそれでいい。彼らも一緒に」
ちらりとフェザナを盗み見てみたけど、やっぱり向こうを向いたまま……
私の視線に気づいたケイガが気を利かせてフェザナをつつく。フェザナはやはり拗ねたように私を見た。情報のためって言ってたじゃん……すかさず声を出さずに口パクで彼女が向こうの人間である事を告げる。その事実にフェザナとケイガは息を飲むような表情をした。
「イヤよ! せっかく知り合えたのに、飲み屋でお話してサヨナラなんて!」
サヨナラって、それじゃ困るんだよな。リエラも向こうの人間とわかったからにはきちんと説明したいし、できれば一緒に旅した方がいい。やっぱここは上手く乗ったフリして言いくるめてでも誘うべき? その後誤解されなきゃいいけど……
「何でサヨナラなんだ? 知り合ったんだから、ここが始まりだろ?」
私の腕にすがりついて顔にかかるリエラの髪を、そっと指先でどかした。
「でも、旅人はすぐ出て行くわ。何度も来るような客は皆ヤなヤツばっかりだから、二度目は料金を倍にしてるの。だから通うような客は金持ち以外にいないのよ。あなたは旅人で、お金持ちの商人じゃないでしょ?」
どかした髪をリエラの耳にかける。リエラはうつむいたまま、少しだけ私の指先を気にした。
「それじゃ、次からは友達になればいい」
リエラはびっくりして顔を上げた。
「友達?」
「友達じゃ、不満?」
彼女はしばらく黙って足元を見つめていた。やがて顔を上げると、
「……何が目的?」
と囁くように言った。
「タダで抱きたくてそう言うヤツは沢山いるわ。そんなのと友達になんてならないけど。でもあなたは話すだけって言うし、」
「目的は情報。でもそれは今日の支払い分でまかなうから、あとは友達になるだけ。別に下心はないけど……あった方がいいか?」
そう言って彼女の顔を覗き込むと、彼女はやはりしばらく悩んでから思い切ったように笑顔になって、
「ええ、あった方がいい。それに友達じゃなくて恋人ならいいわ」
と言って私の首筋に抱きついた。
あー、うん、それはちょっと無理だと思うけど。
彼女の肩越しに二人を見ると、ケイガは相変わらずにやにや笑って口パクだけで「さすが!」と言いながら音をたてないように拍手し、フェザナはやっぱり眉間にシワを寄せて視線を外された。
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