第34話『嫌な予感がしますよ……』
「この街はでかいんだっての。見失ったスリを見つけるなんて、それこそ不可能に近いに決まってるだろ」
ケイガは頭の後ろで手を組んで歩きながら愚痴を言う。私はそんな彼の隣に並んで歩きながら、彼の際限なく続く愚痴を聞いていた。
「それに向こうだって二度と会わないようにするだろうし、向こうが先にこっちを見つけたら、確実に逃げるだろうし」
「ブツブツ言うなよ。探すって決めたんだからいいだろ」
「決断が遅いんだっつーの!」
朝食の席で、私はあのスリの少年を探す事をみんなに話した。何の手がかりも無いのだから、ただ街中を巡って回るしか方法はないのだけど。
そしたらカザキは何も言わなかったけど、ケイガは絶対無理だと言った。
「だいたいヴィアスはその手の事、知ってんのかよ。そういう奴らは、同じ人間を何度も狙ったりしないに決まってるだろ? もう警戒させちゃってるんだから。ヴィアスが相当ボケて見えたんならともかく」
彼は朝食に出た魚の焼き物をフォークに刺して威嚇するように振りながら話した。スリにお金渡しちゃってるんだから、結構ボケて見えてたかも。
「でもわかんねぇだろ? もしかしたら案外縄張りが決まってたりとかするかもしれないじゃん」
「ありえない。スリだぜ? 同じ所で狙ってたら、バレバレじゃん」
「やけに詳しいんだな」
カザキは少し胡散臭そうにケイガを見た。
「……ガキだって働くような店で働いてたんだ。それなりに裏も見えるさ。そういう奴らは個人的な知り合いには害を及ぼさないからな」
「そんな友達がいるなんて俺知らなかったぞ」
カザキはちょっと責めるように言った。ケイガはとぼけるように目をぐるりと回す。
「知ってるさ。ただ仕事を知らないだけだ」
カザキは口を開きかけ、たぶん誰の事を言っているのか聞こうとしてやめた。
「でもそれじゃ、この街にもあの少年の事を知っている堅気の人間がいるかもしれないって事じゃねぇ?」
「……言うわけねぇだろ、『スリの友達です』なんて。何かあったら自分のせいにされかねねぇじゃん」
そう言うと彼は少し寂しそうな顔をした。たぶん自分の友達の事を思っているんだろう。個人的にはいい人間なのに、それでも犯罪者なのだ。
それをやめさせようとか、友達のために何とかしようとか、昨日の私のように悩んだりしたのかもしれない。でもケイガはその友達のありのままを受け止めたんだ。それでも、仕事を聞かれた時に二人を隔てる溝が見える。
カザキはそんなケイガの気持ちに気づいて、真顔のまま彼のみぞおちに軽く突っ込みを入れた。ケイガはわかっていながら「なんだよ」と眉間にシワを寄せてみせる。
「言わなくても、そういう繋がりがありえるって事は、あの少年だって遠くに逃げちゃったりはしないって事だ。だったら探しようはある」
私はそう言って牛乳のような飲み物を飲んだ。少し酸味があって、飲むヨーグルトほど濃くないからインドのラッシーに似てる。
「ただ闇雲に探し回ってもしょうがない。フェザナたちは今後の旅の買い物しながら探してくれ。あと、」
「彼が見つかるまで、ここにいるのですか?」
フェザナが私の言葉を遮って言った。思わず彼の顔を見る。見つかるまで……見つからなかったら?
「……そうだな。期限を決めないと。いつまでもここにいる事はできない。彼を探しながら、時空の剣についての情報を集めるにしても、」
「最長五日だな。ここはでかい街だから、居ればいただけ情報は入るかもしれないけど、情報があったって旅を続ける時間がなくなっちゃったら終わりだ」
ケイガは言うだけ言って魚にかぶりついた。五日じゃ街をくまなく見て回る事もできない。
でもここで足止めを食って、旅そのものが終えられなくなったら本末転倒だ。
「じゃ、五日。それまでは準備をしながら彼を探す」
そうして私たちは朝食を終え、フェザナとティアルと、荷物持ちにカザキが一緒に買出しに出かけ、私とケイガが二人で情報を集めつつ彼を探す事になった。
さっきは一応納得していたくせに、今になって愚痴を言う。
私は愚痴るケイガを眺め、それから賑やかな町並みを眺めた。
昨日にも増して人が出ている。方々から活気ある声が響き、笑い声や怒声、子どもたちの嬌声が聞こえる。陽の光までもが今までの砂漠や森とは全然違う、港町特有の暖かではしゃいだ感じがする。
町並みは一様に赤茶色の瓦屋根に白い壁。木の窓枠に色とりどりの花を飾っているので白い壁にアクセントになる。道沿いの商店は、軒からカラフルなひさしを下げ、その下では新鮮な食べ物がふんだんに売られていた。
ベルガラやドゥランゴよりも品数も種類も豊富だ。何より新鮮な魚が売られている。
他にも宝飾品の類の店も多く、着飾った婦人がお供を連れて買い物をしていたりする。金持ちは桁違いって事か。そんな店内の美しい宝飾品を眺める少女と目が合った。向こうでの自分くらいの年かな?
彼女は少し顔を赤らめ恥ずかしそうに微笑んだ。思わず笑みがこぼれ微笑み返す。すると彼女は隣にいた友達らしき少女に耳打ちすると、友達もこっちを見てから二人で何か話し合い、笑み浮かべてこっちを見た。
な、何? 何かおかしい事した?
「おい、ナンパしてないで、行くぞ」
ケイガが耳打ちする。えぇ? してないってば!
そんな私たちに少女の片方がそっと近づいてきた。ケイガは彼女たちを見ないようにして私の腕を引っ張って行く。まるで彼女たちには気づいていないように、あらぬ方向を向いて関係ない話をしている。あわてて彼に従う。
少し行ってからさりげなく振り返ると、タイミングを逃した彼女たちはちょっと悔しそうにして戻っていくところだった。
ちょっとだけホッとしてケイガに並ぶと、彼は呆れたように私を見た。
「お前さー、自分の見た目がどんなんかわかってねぇの? それなりのイケメンなんだぜ? そんなんが無防備に微笑みかけてきたら、誤解して期待するだろが」
誤解……って、そんな。確かにその気はないけど……私が黙って彼を見ると、うんざりしたような顔で続けた。
「俺みたいのがにこにこしてたって胡散臭がられるだけだろうけど、お前みたいの相手なら、女だってここぞとばかりに狙ってくるに決まってるだろ。今そんなヒマねぇだろうが」
モブっぽい男の人がやってたら警戒するかもしれないけど、ものすごくかっこいい男の人とうっかり目が合って、相手が不振がるどころか親しげに微笑み返してくれたら……うん、ちょっと期待するかもしれない。
そうだよね、自分、忘れがちだけどイケメンなんだった。何か他人事みたいだけど。私は肩を落としてため息をついた。
「……気をつけるよ」
すると彼は私を見て、それこそとぼけた顔をした。
「……ヴィスガヤの時みたく狙ってやったんじゃねぇの?」
……はい?
「てっきり『かわいいコがいたら誘うのが礼儀だろ』とか言うかと思った」
私の事、手当たり次第にナンパするよな人間と思ってる……? いやいや待って、そんなバカ話ばっかしてるかもしれないけど、それはネタでしょうが!
……って、そうだ、イケメンしぐさは、モブや女子がやるから笑いになるんじゃん……マジなイケメンが言ってたらシャレにならないわ。以後気をつけよ。
「安売りしてどうするよ。決める時は決めるってだけ」
「それ以外は天然ボケじゃかっこつかねぇなー」
ケイガは豪快に笑った。
くっそー、一生ヴィアスのままなんだったらいくらでも、それこそケイガが驚くほどモテるように頑張っちゃうのに……十人並みの私がモテようとしても無様なだけだけど、イケメンのヴィアスだったらちょっと努力(?)すればたちまちモテるに違いない。
でも所詮それはこの旅が終わるまでの事。今そんな努力したって元の世界に帰ってから落差に凹みそうだし、だいたいそんな事してるヒマなんかない。いやその前に私はイケメンとしてモテたいのかっていう。
私が振り返って彼を見ると、ケイガは何かに気づいたように私を見、「その手があったか……」と呟いた。そして私の肩に片腕を預けるとにやりと笑う。
「いい手思いついた。ヴィアスに拒否権はないからな」
ケイガは明らかに悪そうな顔で私を見た。
――― 嫌な予感がしますよ……
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