第31話『私の剣は、そう言わせるほどのレベルになっているのか』

 驚くほど大きな街だった。

ギリョン山脈に続く山と、レイルサの森、そして後で名前を知ったのだが、大きく湾曲したサンセ湾に囲まれた平野にその街はあった。


一度海を見ているから目的地は近いような気がしていたけどそれは全くの思い違いで、結局あれからたっぷり一週間は彷徨ってやっと森を抜ける事ができた。

 森を抜けると、レイルサの街を高台から一望できた。


 なだらかに続く丘の向こうに畑が広がり、街に近づくほど家が増えていく。その向こうに城壁が見える。さらにその中は赤茶色の屋根をした建物がひしめき合い、塔や背の高い建物も見える。

 その向こうには青くきらめくサンセ湾。港には六本マストの大きな船が何艘も係留してまだ余りあるほど。


 街に近づくにつれ、その裕福さがよくわかった。城壁の外側の家でさえ白くしっかりとした漆喰作りで窓辺には花が飾られている。私たちが通り過ぎるのを笑顔で見送る人たち。

 城壁は堅牢な石造りで、高さはゆうに建物三階分はありそうだ。

 開かれた城門の向こうに、石畳の道と赤茶色の屋根と白い壁をした建物、活気あふれる店と行きかう人々、建物の間からのぞく青い海が見える。

 城門には二人の警備兵がいて、冗談が通じなさそうな真面目な顔でこちらを見ていた。


「どうやって入る?」

 私は馬車を止めずに聞いた。不用意に止めると不審に思われるかもしれない。

「旅の途中に寄ったと言っても、入れないのでしょうか?」

 フェザナは私を見ながらきょとんとしている。

 うーん、正直が一番だけど、これだけ大きな街になったら胡散臭い旅人は避けるんじゃないか? トラブルの元っぽいし。

「街の外で旅に必要なものが揃えられるなら、ムリに入る必要はないと思うが」


「それじゃイミねぇよ。そりゃギリョンを迂回するだけのつもりで来たけど、その先どっちへ向かうかヴィアス自身わかってないんだから、情報を手に入れなきゃならないだろ?」


 ケイガは御者台へ出てくるとそう言った。確かにそうかもしれない。それに、入れるものならこの大きな街に入ってみたい気もする。だけど、どうやって? 

「大丈夫。何とかなるって」

 ケイガは笑って請け負った。そうかなぁ……

 そうこうしているうちに馬車は城門に着いてしまった。

「止まれー」

 甲冑を着た警備兵が片手を挙げる。カザキは馬車に並んで馬を止めた。さぁ、なんて答えよう……

「お前たち、通行証はあるか?」

 やっぱり、そういうのが必要なんじゃない……


「それが失くしちゃったんだ。レイルサの森を抜けるのに、地図を失って半月も彷徨ってやっと着いたんだよ」

 ケイガが何のためらいもなく答えた。ここは彼に任せた方が良さそうだな……

「通行証がなきゃ街に入れる事はできんぞ」

「そんな、頼むよ、ベルガラからやっとの思いで来たんだぜ? 来るだけでこれだけ時間がかかっちゃったんだ、早いとこ取引先に行かなきゃ商品売ってもらえなくなっちゃうじゃないか」


 ケイガは大げさに困り果てた顔をする。私は笑いたくなるのを堪えていた。笑ったらウソがばれちゃう。

「そうは言っても、決まりだからな」

 馬車の中を視線だけ動かして見ると、フェザナがティアルをそっと毛布の下に隠れさせた所だった。

「店に知れたら大変な事になっちゃうよ、ラサルテは堅い店だから問題は絶対起こさないって」

「何だ、お前たちラサルテの店に行くのか?」


 彼が使っているのは、ベルガラで働いていた時の取引先の店名なのかな。ラサルテってのはそんなに堅くて有名なのか。

「そうだよ。ベルガラのオリアって店から来たんだ。確認してもらってもいいよ。取り引きがあるはずだから。何なら馬車をあらためてもらってもいい」

 そう言うとケイガは、警備兵を誘うように御者台で立ち上がって馬車の中を示した。警備兵はもう一人を見てから、頷いて馬車の後ろへ回った。

 勢いよく幌を開く。そこにフードを被って顔を隠したフェザナが座っていた。警備兵は胡散臭そうにその姿を見た。


「ほら、オルだってこんなにあるんだ。商談以外の何があるってんだよ」

 ケイガは馬車の中を横切って行き、オルの入った袋を見せた。警備兵はその量に一瞬驚きを示したが、またすぐ真面目な顔に戻って、

「ベルガラから来た割には面子が少なすぎないか? たった四人で渡って来れるほどやさしい道じゃないだろう」

 そう言って睨みを利かせる。


 ケイガは呆れたように体を起こし、両手を腰に当てて胸を張った。

「うちの剣士に大層な事言ってくれるなー。そこら辺の中途半端な冒険者と一緒にするなよ。あんなの束になったって、うちの剣士にはかなわないぜ。おい、剣を見せてやれよ」

 そう言って親指で警備兵を示した。警備兵はムッとした顔でこっちを見る。

 何か、神経逆なでしちゃってないか? 彼は馬車を回って私のところまで来た。私はケイガを見たが、彼は表情だけで促すのでしょうがなく剣を抜いて警備兵に見せた。


 警備兵の顔色が変わるのがわかった。それでも何とか取りつくろうとして言葉を捜している。私は黙って剣を鞘に収めた。

「これほどの剣を持つ剣士を雇う金があるんだ。オルだってたんまりある。商談以外の何だと思うんだよ。それでもまだ不安?」

 ケイガが私の背後から声をかける。警備兵は私を見ている。


「お前は、本当に雇われた剣士なのか?」

 警備兵は私から視線を外さずにそう言った。

「その剣ほどの剣士であれば雇われる必要などないだろう。何をしているんだ?」

 ……私の剣は、そう言わせるほどのレベルになっているのか。

 私は馬車の中を見やり、彼を見て、軽く肩を上げて見せた。

「別に。歩いて旅するのに飽きただけだよ。連れがいるから、たまにはのんびりするのもいい」

「連れ?」

 彼の言葉にフェザナが馬車から顔を出した。そっとフードを取る。警備兵はまたも驚いた。うん、確かにあの美貌を見せるにはいいタイミングだったかも。


 しかし彼の言葉は、彼が違う事に驚いた事を示していた。

「その銀髪……お前、アスペイティアの……」

 その言葉にフェザナは、そっと微笑むだけだった。

 アスペイティア? それは一体何の事?


 警備兵は馬車から離れると、

「わかった、通っていいぞ。面倒が起きないように片道の通行証を渡してやる」

 そう言って、刺繍された布に赤いインクで判を押して渡してきた。ケイガはそれを受け取ると私を見て頷く。私は馬を進ませて城門をくぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る