第25話『自らの冒険を探す?』
次の日、ケイガのリクエスト通りシヴーを購入し(基本的に水で薄めて飲むお酒らしい。水も貴重なはずだけど)、再度旅の支度を整える事になった。
馬車のためにもう一頭馬を買おうかって話もあったけど、結局ケイガたちの馬を繋いで二頭立てにし一人は馬車に乗ればいいかって事になった。
旅の始めに比べたら定員が1人増えても馬が二頭になるんだから、グティは楽になるだろう。
「それで、結局どこへ向かって出発するんだ?」
朝ごはんを食べながら、ケイガが聞く。フェザナが私に視線をよこす。それがねぇ……
「漠然としてるんだよなー、北としかわかんねぇ」
私は諦めたように皿の上のソーセージらしきものをフォークで刺した。
「なんだよそれ! 適当過ぎ!」
そう言われても……あの時、心に響いた言葉が何だったのか、自分でもわからない。いや、言葉だったのかすらはっきりしないんだ。ただ、強いて言うなら北にあると思った。
「北の方角に目的の場所があるって事はわかるんだ。でも北のどこかはわかんねぇんだよ。場所を教えてもらったわけじゃないんだから」
フォークに刺したソーセージをもてあそぶ。ケイガは情けないほど呆れた顔をして私を見た。
「北っつーと……ここから真北に行ったら、レイルサの森だな」
カザキが口を挟む。レイルサの森?
「うん。俺たちが今いるのがダルコ砂漠だろ。その北にあるのがレイルサの森。俺がいた塔はその西に広がるローヴン地方って草原地帯にあるんだ。更に北っつったらギリョン山脈って険しい山脈があるんだよ。あそこは普通には越えられないって」
森の向こうに険しい山脈か……容易じゃないなぁ……
「そこよりもっと北なのか?」
ケイガがちょっと心配そうな顔で私を見る。う、わかんないけど……
「北っぽい……気がする」
山脈って響きも、そんなに引っかからないんだよね。
フェザナが机の上に例の地図を広げた。地名まで書かれてないけど、やっぱり名前があるんだな。ああ、確かに地図の北の端に山脈の絵がある。
ってか、北の端じゃん!
「この地図、ここまでしかないのか? まさかここで大陸が終わってるわけじゃないだろ?」
「ええ、もちろんそうです。ただトロシャではこれ以上広域の地図が見つからなくて……」
地図もないのか……前途多難。
「でもこの山脈越えていくのか? カザキの話じゃ越えるのは無理なんじゃねぇの?」
全員がカザキに注目する。彼は飲んでいたシャングのカップを机に置いた。
「無理って話だよ。道だってまともに通ってないし。気の流れが狂ってるから、よほどの精神力がないと越える事はおろか近づくのだって容易じゃないよ」
ケイガはお手上げといわんばかりに天井を見上げた。
精神力が必要なのか……それじゃこのパーティで行くのは難しいかもしれない。お世辞にも旅に適したパーティとは言えないもんね。
何気なく地図を指でたどる。ダルコ、レイルサ、ギリョン、ローヴン……あれ?
「……なぁ、その、塔にカザキもフェザナも行ってたんだよな? なのに、旅の経験がないのは、何でなんだ?」
塔はローヴン地方の遥か西に位置している。今いるベルガラから考えたら、私たちが旅をはじめたドゥランゴよりも更に西。めっちゃ遠いじゃん。
「ああ、それは」
カザキはそこまで言ってフェザナを見た。
「塔で学ぶ事を許された者は使いが迎えに来るのです。『風読み』と呼ばれる魔法使いで、彼らは魔法で塔まで入塔者を運ぶのです。ですから私たち塔までの道のりを自らの力で行った事も、また出てきた事もないのです」
なるほどね。送迎付きって事か。それはきっと、塔の安全にもつながっているのだろう。認められた人間しか塔に入る事ができないシステム。でもそれって、
「それじゃ金さえ用意すれば誰でも入れるってトコじゃないんじゃん」
私はとぼけてるケイガに向かってこっそり言った。ケイガは声を出さずに嬉しそうに笑って見せた。ああ、そうか。カザキの実力を信じてたんだ。
「とにかく、ギリョンを越えるのにバカ正直にぶつかって行ってもダメって事か……」
「迂回するしかねぇんじゃん?」
ケイガが飲んでいたシャングを地図の脇に置いた。
「ここ」
そう言って指差したのは、地図の東端、微かに海が記されているふちの部分。
「俺がいた交易商が商売相手にしてたのが港街イルンの商人だ。一応ここら辺で海へ出る事のできる唯一の街だから結構でかいらしい。そいでイルンはギリョン山脈の東端でもある」
ギリョン山脈はイルンへ向かってなだらかになっていくように見える。
「真北目指すんだったら、結構な遠回りだけどな」
私たちはケイガの指差すイルンを見つめた。かなり迂回することになる。でもギリョン山脈が越えられないんだったらしょうがない。
「交易があるって事は、それなりに行き来があるって事なのか?」
地図から顔を上げケイガを見ると、彼は少し考えるように首を傾げた。
「無いワケじゃない。でも商隊は当然重装備で護衛も多い。ヴィス以外にも敵はいるからな。問題はヤツらも商売だからあんまり頻繁に行き来はしないし、旅の内容を明かさないって事だな。大量に物があると値が下がるし、楽に行けるようになると希少じゃなくなるから」
「フェザナの話じゃ街ごとの行き来は無いようだったけど。街を出るのは冒険者だけだって」
「その冒険者が何で食ってるんだよ。そりゃヴィス倒せば金になるだろうが、お前みたいにやたら強いわけじゃない。命がけでヴィス倒しまくったって、生きて帰れなきゃしょうがないだろうが。街を出るってのは冒険なんだよ。その冒険を金で雇ってくれるのが商人ってワケ」
……何だかそう聞くと、安っぽい気が。
あんなヴィスがいるならただ出て行くだけで冒険だろうけど、冒険ってもっと志の高いものって感じがしてたのに。
「もちろん、一つの商隊に長くいる冒険者は少ないさ。どんどん違うところへ流れていくんだ。俺たちはそんなやつらに水売って暮らしてたの」
あ、そっか。商隊に雇われてる冒険者たちには魔術師との契約も水の補給も必要ないのかもしれない。それでも何だか納得いかないなぁ。
「冒険っていうのか、それ……」
「ヴィアス、そんな風に言わないで下さい。冒険者は、彼らの冒険を自ら探さなくてはならない人たちなんです」
自らの冒険を探す?
――― なりたいものって言われてもねぇ……
――― どうせ言うだけムダじゃん? っつか、恥ずかしくね? そういうの。
――― いいよ、別に普通で。
特別だと思った事はないけど、特別になりたいと思った事はある。でもそんなのは一般人のあがきで、口にするのは恥ずかしい事だ。そして気づかれないように、普通に紛れていく。
でもどうしても譲れないものを持ちたいって思った事もある。何ができるのかわからないけど、私の唯一を手にしたいって。
それが何なのか、今はわからなくても。
「そうか、そうだな……」
冒険者たち。
本当は皆、そうなりたいんだ。でも周りの目を気にして飛び出すことができないでいる。だからこそ、ドノスフィアでは自らの冒険を探す冒険者たちを認めている。
それは、きっと向こうの世界での私たちも同じなんだ。ヒトの目を気にして何もできない人間がいる半面、がむしゃらに自分を信じる人間がいる。
何ができるのかわからないけど、何かができると信じて進む。手放すことのできないプライドをかけて。だから時に無様で、時にかっこいい。
「幸運にも、俺の冒険はもう見つかってるけどな」
フェザナを見ると彼は美しい顔で微笑んで見せた。
「じゃ、決まりだな。ギリョン山脈を避けてイルン経由で北へ」
ケイガがシャングを飲み干して言った。
「イルンへ」
私もシャングを掲げて飲み干した。
「で、どうだったんだ?」
ケイガは馬車の御者台に陣取るなりそう言った。今回はカザキが先達で、まずケイガがナビするそうだ。
「何が?」
私はケイガの隣に腰掛け、馬車の中を少し見やってフェザナとティアルが座ったのを確認した。彼はもどかしそうに小声で私の耳元に囁いた。
「何じゃねぇだろ。昨日の事だよ」
……ああ、そのハナシか……そのためにまずナビをかって出たんだな……
私はケイガにだけわかるように大げさに脱力して見せ、それから小声で言った。
「何もねぇよ、別に」
「何でだよ! 完璧な作戦だっただろ! 朝まで邪魔もなし」
ケイガは私にだけ届くような小さな声ながら激しい口調で言った。いや、そういう問題じゃなくて。
「別にそういう意味で二人になりたかった訳じゃねぇっての。とにかく誤解は解けたんだから、それでいいだろ」
一方的に避けられていた状況は改善されたのだ。ケイガは何事もないように手綱を握って馬車を出発させた私を、口を尖らして見つめた。
「俺はそういう意味で二人っきりにしてやったんだっつの」
……何だってそんなに期待するかなー。そんなにネタにしたいワケ? っつーか、期待されても何もできないってば……私は半眼でケイガを見た。
「……今度そういう意味で二人っきりにする場合は、フェザナの方にも何か手回ししといてくれよ」
苦し紛れだ、これは……でもフェザナにそんなアプローチできるなんて思えないしね。できたらできたで怖いけど、そんなハナシをフェザナに聞かせたら二十年分くらい赤面して硬直しそう。
ケイガはうーんと唸って腕組みをし、前方を眺めた。
「そりゃちょっと難しいな……でも確かにヴィアスに任せると前みたいに押し倒しちゃうだろうし」
おい、ちょっと待て、それめちゃくちゃ語弊がありますが……
「お二人で何の話ですか? これから先向かう方角でしたら私にも教えておいてほしいのですが」
突然背後からフェザナに話し掛けられ、心臓が飛び出るかと思った。き、聞こえてない……よね? 苦い顔でケイガを見ると、彼も鼻の下を伸ばして『やべーっ』って顔をしていた。
「ヴィアス?」
何も知らない(と思う……)フェザナは私の背後に立ち、そっと肩に手を置いた。
「ああ、それなら、とりあえずベルガラを出たら、レイルサの森の中にあるラヴィネロの湖を目指すんだ」
何事もなかったような声でケイガが答える。ラヴィネロの湖?
「ここから東に向かっていくと、最短で砂漠を抜けるんだ。森が張り出してるからさ。そこから入ると湖があるんだよ」
森林の中の湖か。でもやけにケイガ詳しくないか?
そんな私の疑問に気づいたのか、私の視線を受けてケイガは少し照れくさそうに笑う。
「俺だって冒険に出たいと思った事があるんだ。商隊に参加してた冒険者から話を聞いたんだよ。ダルコ砂漠を西に行くよりは現実味があるからさ」
ケイガも冒険に憧れてたんだ。カザキを塔に入れるために身売りして働き続け、この街を出ることができなかった彼の、初めての冒険が始まる。
顔をあげてベルガラの街境の門をくぐる彼の顔は、とても輝いて見えた。
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