第24話『……ダメだ、そんな展開。私がキモい。』

 五人分の荷物を積み込んだら、流石に馬車もいっぱいになった。

 ちょっと持ちすぎた感もあるが、基本的には食料なので食べちゃえば減るか。

 彼ら道案内がいるからなのか、何故か旅の道中が簡単に進むようになった気がする。ベルガラに着くまであんなに苦労したのが嘘みたいだ。きっと以前の行程は吃驚するほど遠回りをしたんじゃないかと思えてくる。


 日が落ちるにベルガラに着いたし、宿もこの前泊まった所がとれたので街で一晩泊まる事になった。

 ケイガたちは家で一泊してから来た方が余計な出費しなくてすんだと言ったけど、これから野宿生活になるわけだし、このくらいの贅沢はいいんじゃないかな。


「そうだ酒。酒買わなきゃだよな」

 ケイガと以前来た酒場で前と同じ酒を飲んでいると、嬉しそうにケイガは言った。

「お前、結構飲むのな」

 呆れてそう言うと、ケイガは一度きょとんとした顔をしてから笑う。

「そりゃー肉体労働者だったんだから、飲むだろう」

 そうか、ケイガはカザキと水売りを始めるまではでかい交易商で働いてたんだっけ。って、それは未成年が酒を飲んでいい理由にはならないだろう。

「ケイガ、お前いくつなんだ?」

 スパイシーなウーロン茶味の酒(シヴーというらしい)を飲みながら聞く。ケイガはとぼけたように天井を見上げると、少し肩をすくめた。


「まぁ十八くらいかなー」

「くらいって何だよ」

「年ってあんまり関係ねぇからさ。いちいち数えねぇし。だいたいヴィアスはいくつなんだよ」

「俺は、」

 十六よと答えようとして、それはちょっと違うかと思いとどまる。いくら向こうでの年とはいえ、この外見で十六は詐欺じゃんね。

「知るわけねぇだろ。そういう記憶はねぇんだから」

「んー、じゃ二十五くらいにしとけば? そんなもんだろ」

 二十五! 実年齢との差が……でも見た目にはそんな感じかな……ああ、一気に老け込んだ感じ……


「カザキは酒、飲まないのか?」

 今日はピッチャーでオーダーしたので手酌。自分のコップに注ぎつつ、ケイガのコップも気にする。

「あいつはねー酒に弱いの、すぐ赤くなるし。しかも酔うとやっぱ気の流れとかのコントロールに響くんだって。だから飲まない。ムリに飲んで金使う必要もねぇし、楽しんで飲めないなら飲まない方がいいだろ」

 確かにね。私も嫌いな食べ物とかムリに食べなくても、喜んで美味しく食べる人が食べればいいんじゃないかなぁって思う。でも私の場合、成長期の体に必要って理由で却下されちゃうんだけど。


「なるほどね。でも一緒に飲めなくて寂しいんじゃねぇ?」

「別に酒飲まなくても酒場には来れるじゃん。俺はシヴー、あいつはシャングってな。フェザナは? あいつ飲まないの?」

 そういえば、今日も誘ってみたけどやんわりと辞退されちゃったんだっけ。多分ティアルがいるからなんだろう。

「さぁ。会っていきなり旅に出て、わかんねぇことだらけでそんな飲んでるヒマなんかなかったしなぁ……ティアルもいるから二人で飲むって事もないし。今日も多分ティアルを見てなきゃとかそういう理由で来なかったんだろ」

 そうは言っても、お酒飲むなんて考えが私の中になかったんだけど。そうか、大人なんだから飲んで話すってのが普通かー。


「子どもに邪魔されちゃってるのか……」

「は?」

「飲ましてみろよ。案外弱いかもよ?」

 いや、『案外強いかもよ』ならわかるが、弱いって……


「……何考えてんだよお前はー……」

 脱力して机に突っ伏す。さらりとそんな事を……いや、私フェザナを襲う気なんて全くありませんってば。

「ヴィアス、お前まだそんな事言ってんのかよー、ぜってーフェザナ待ってるぜ? っつーか前に話した時はどれほどの間柄かよくわかんなかったんだけど、あの遺跡での戦い、お前自分が何したか覚えてないのかよ」

 突っ伏した机から顔だけケイガに向ける。何、私なにか変な事したっけ?


「お前、フェザナ助けるのに自分の足、剣で貫いたんだぞ。普通じゃねぇよ、あんなの」

「しょうがねぇじゃん、ヴィスが、」

「いや、しょうがなくねぇ。っつーかあんな選択肢、普通思いつかねぇ」

 断言されてしまった……普通じゃないって。

 ケイガは自分のコップにシヴーを注ぐと、一口飲んでから私に向き直る。


「なのにあれ以後、お前たちまともな会話してないだろ」


 まともな会話? フェザナと? いや、そんな事はない、と思うけど。

 ケイガたちの家に運ばれて治療されている時は話す余裕もなかったんだし、その後回復するのに過ごした間も……

 ん? ご飯を運んできたのはカザキだったっけ? あれ? 回復して、起き上がって遺跡に行くって話した……のがあれ以後始めてした会話?


 体を起こして考え込む。

 ちょっと待て、帰ってきて一緒に行く事になったって話して、そしたらその後すぐ出てっちゃって……ばたばたと用意して出てきたから会話なんてしてないよ。さっきだって、飲むのに誘ったけど断られちゃったし……

 ……なんて事、ケイガに言われるまで気づかなかった。

 そんな私を見てケイガは小さくため息をつく。


「やっぱね。ヴィアスは気づいてないんじゃないかと思ったんだ。お前、井戸の事ばっか考えてたみたいだし」

「それって、どういう……」

「知らねぇよ。それはヴィアスがフェザナに聞く事だろ」


 私が全く気づけなかったのは、私は何も違和感を感じてないって事だ。つまり、まともな会話ができてないのは、フェザナが私を避けているからだ。

 ……何か、すごいショック……

 ゲンキンだな私も。なんだかんだ言って、フェザナが無条件に私の事を想ってくれていると思ってる。そりゃ契約があったりとかするけど、フェザナは私の事好きなんじゃないかってうぬぼれてた。それが避けられてるなんて。

「その落ち込みよう。いい加減認めろよ」

 ケイガはピッチャーから私のコップにシヴーを注ぐ。恨めしげにケイガを見た。


 どうしてフェザナが自分を避けるのか、全然わからない。大物ヴィス相手に無謀な戦い方をしたから? 魔法を使って完全に治療させなかったから?

 それだっていつもの調子で小言言えば済む事だし、それに避けるほどの事でもない。だったら、何で?


「何で避けられてるんだか、全然わかんねぇ……」

 思い当たるふしがない。私は両手で顔を覆った。避けられてるって気づかなかった事自体がいけないのか?

 いや、ちょっと待て。ケイガたちの家で最初に治癒魔法をかけられた時は、献身的にやってくれてた。あの時はそんな避けてるって感じはなかったと思う。

 ご飯が食べられるようになった次の日の昼前に魔法をかけてくれた時は、言葉少な……だったか? その後はカザキがご飯持ってきてくれてて、私は何の違和感も感じてなかった。


 ……まさかそれで怒ってるってワケないよなぁ。

「ま、それも直接聞くんだな。もしかすると思い過ごしかもしんねーし」

 いや、これだけはっきりしちゃったのに思い過ごしはないだろう。確実にフェザナは私を避けてる。

 ケイガはニヤリと笑うと机から乗り出して顔を近づけてきた。

「なぁ、いい事考えたんだけど」

「……はぁ?」



「それで、今日はヴィアスと一緒に泊まればいいんですね」

 いいんですね、って何かすごくイヤそうに聞こえるんですけど。

「ああ、ケイガが一人で眠りたいって俺の部屋を占領しちゃったからさ。ティアルはカザキんとこで寝るっつってるし」

 いや、ティアルが自発的にそう言ったわけじゃない。ケイガがカザキをせっついて、更にティアルがカザキに懐いてるからそうなっただけだ。


 ケイガのいい考えってのは、結局、上手いこと二人っきりの状況を作り出すって事だった。皆の前で「何で避けてんの?」なんて聞けないし。

 でも二人っきりの夜ってのは……ケイガ、考えすぎだと思う……


「それじゃ、明日からは旅も再開することですし、早めに休みたいと思います」

 そう言うとフェザナは部屋に並んだ二つのベッドの内、奥に位置する方を選んで近づくと幾重にも重ねた服を脱ぎ始めた。

 ちょ、ちょっと待て! いや全部脱がないのはわかってるけど、どきどきするじゃん!

「フェザナ、」

 思わず声をかける。うわー、多分すごく赤面してるハズ……

 フェザナは脱ぐ手を止めて振り向いた。

「何でしょう?」

 フェザナはこの部屋へ私が入って来てから、初めて私と目線を合わせた。

 ああ、そういえば彼は今まで私と目を合わせてなかった。私と視線が合うのを避けていたんだ。


「……お前、何か怒ってる?」


 ああ、なんて間抜けな問いかけ……もうちょっとマシな聞き方ないんだか……

 するとフェザナは一瞬間があってから視線をゆっくり外すと、そのままうつむいてしまった。ああああ、もしかして何か、ヤバいとこ突いた?

「……怒ってなんか、いません」

 静かにそう言ったけど、その声にはどちらかというと悲しそうな響きがあった。

「じゃ、何で俺の事避けてんの」

 私はゆっくりとフェザナに近づいた。並ぶベッドの間に入って、フェザナを見たまま腰掛ける。フェザナはうつむいたまま立ちすくんでいたが、顔を上げないまま私に向かい合うようにベッドに腰掛けた。

「ヴィアスは、何も悪くありません。私が勝手に……」

 勝手に、何だというんだろう。話の行く先がわからなくてフェザナの顔を覗き込む。フェザナは辛そうな顔をしてる。


『どうしたっていうんだよ。話してくれなきゃ、わからないだろ』

 そう言ってフェザナの隣に移動して、優しく肩を抱く。

『お前にそんな風にされると、つらいんだ……』

 耳元で囁いて、そしてそっと抱き寄せる。


 ……ダメだ、そんな展開。私がキモい。


「俺の思い違い? 話したくないんだったら、別にいいけど」

 また、心にもない事を……絶対聞きたいくせに。それでも逆ギレしたくなる気持ちを抑える。何だかこのところ周りの人間を見てると、どうも自分が至らない人間だと思い当たる部分が多いんで少しは抑えないと。

「……ヴィアスが、」

 小さな声。

「ヴィアスが寝ている間に、あのヴィスを倒した時の事を聞いたんです」

 あのヴィスってのは遺跡にいた巨大なヤツの事だよな。そうか、倒した瞬間ってフェザナは気絶してて見てなかったんだ。


「……やりすぎたってのを怒ってんの?」

「違います!」

 フェザナは強く否定するように顔を上げた。

「違うんです。その、あのヴィスを倒した時、まるでヴィアスの剣が数十メートルの大きな風のようになって切り裂いたって聞いて、」

 あの時、直接剣がヴィスに当たったんじゃなくて、剣とともに強い風が起こってそれがヴィスを倒したんだっけ。

「……それが、どうかしたのか?」

 それで、なんで避けられるのかわからない。

「それを聞いて思い出したんですが、あなたがその後、剣の成長をしようとした時に、剣の柄にあったオルがなくなっていて、」

 私は思い出すように視線を上げた。確か走り出した時に砕けたような。

「それで……」


 ……? それで、どうだって言うんだ? 確かに砕けたけど、強く握りすぎたからかなーとか、そんなモンだと思うんですけど。


「……それが?」

「あれは魔法です」

「魔法?」

「そうです。攻撃の際にあなたが引き起こした魔法なんです」


 そうか、オルを砕いて心に強く思うんだっけ。ドノスフィアに迷い込んだ頃に一度、小さなオルを砕いて火をつけちゃった事があったな。

 あの時、心の中に吹いた強い風。私を運ぶようなあの風が魔法になって現れたって事か。

 ……で、何で私は避けられてるんだ?


「あなたには、その才能があったんです。運命の剣士ですから、それくらいできると言われたらそれまでですが、それでも、私はあなたに……嫉妬したんです」


 ……え? 嫉妬? っつーか、前に言ってたように、魔法まで使えたら自分がいる意味ないってのじゃなくて?


 フェザナは申し訳なさそうに身を縮めて、辛そうな表情で告白している。

「心の狭い事だとはわかっています。でも、それでもあなたが才能あふれる剣士であるのを見て、私は嫉妬したんです」

「でもそんなの大した事じゃねぇじゃん。俺なんか制御できてるワケじゃねぇし、あれ一発だけかもしんねーし、」

「そんな事ありません。あなたはこの旅の間にどんどん成長しています。私でも想像もつかないようなスピードで」

「……だとしてもそりゃお前やティアルたちを守るためだろ。そして旅を終わらせるためだし、弱いまんまで守護者のもとまで行けるような旅ならともかく、そうじゃねぇんだから強くならなきゃしょうがねぇじゃん」


 私の体は、ヴィアスという剣士のものだ。中身はただの女子高生だとしても、体はただの女子高生じゃない。だからヴィスと戦う事でどんどん元の剣士の勘を取り戻していく。それは必要だからだし、きっと止める事はできない。

「それもわかっています。それでもなお、嫉妬したんです。すみません、私が悪いんです……」

 フェザナはそう言ってまたうつむいた。


 うん、でも、なんとなくわかる気がする。

 私も面白がって友達と始めたビリヤードに、途中から仲間に入ったコがぐんぐん上手くなっちゃって、初めはキューの握り方から自分が教えてあげたってのに、気づいたら彼女に勝てなくなってた。

 最初はビギナーズラックとか言ってた彼女も、次第に狙ってゲームをやるようになって、そしたら何だかつまんなくなって結局私はビリヤードに行かなくなった。

 きっと彼女には私にない器用さがあってそれで上手くなっただけなのに、私は彼女と一緒にやるのが面白くなかった。

 元々上手いコに負けるのは気にならなかったけど、追い抜かれるのは癪だった。


 フェザナもきっと、そんな風に思ったのかもしれない。

 迷い込んだ私は何もできない、器だけまともな剣士だったのに、毎日の戦いでコツをつかみ技を覚えどんどん強くなっていく。それが剣だけだったらまだしも、魔法まで駆使できるようになったんだ。

 フェザナたちを守るためとは言え。


 きっと彼女も、上手くなったらもっと私たちと楽しく遊べると思っていたのかもしれない。まともに狙えないようじゃゲームにならないから、ちゃんとしたビリヤードになるようにがんばって上手くなったのかもしれない。それなのに私は追い抜かれる事が面白くなくて、彼女から、ビリヤードから離れたんだ。


 でもフェザナはそんな事できない。そんな風に思ったとしても、この旅から離れる事はできない。だからひたすらその気持ちを抑えていたんだ。

 それで私を避けてたのか。やっと納得がいった。


「……まだ俺の事、面白くないと思ってる?」

 フェザナはまた顔を上げると、強く首を振った。

「いえ、そんな事は! あなたには強くあっていただかなきゃならないんです。守護者のもとへ行くために」

「そうじゃなくて。お前がどう思ってるかだよ」

 フェザナはまた目線を落として、恥ずかしそうに少し顔を赤らめた。

「私は……下らない嫉妬であなたを苦しめたのだとしたら申し訳なく思っています……ヴィアスにそんな風に感じさせたと思うと、嫉妬していた自分が恥ずかしいです」


 下らないとは思わないけど。嫉妬したって事はそれなりのプライドもってやってたって事でもあるんだし、その嫉妬心から更に上を目指す事だってありえるのだから。私にしたって、苦しむまではいかなかったしね。だいたいケイガに言われるまで避けられてる事すら気づいてなかったし。

 でも避けられてたって気づいた時は、ちょっと傷ついたか。


「それじゃ、もう俺の事避けたりしないんだな?」

 いまだ少しうつむき加減のフェザナの顔を覗くようにして微笑む。

「はい。すみませんでした」

「じゃ、はっきり言っとこう」

 私はベッドから立ち上がると、その動きを目で追うフェザナの隣に腰掛けた。彼の細い肩に腕を回すと力強く肩を握る。


「嫉妬されるほど強くなったのは、お前たちを守るためだ。それはお前たちの力だよ。俺一人の力じゃない。俺一人じゃ、そんなに強くなれない」


 フェザナは私の顔を見上げ、少し驚いたような顔をした。

「お前は戦闘用の魔術師じゃないって、自分で言ってただろうが。これからは俺が守ってやるから。そのためにどんどん強くなるから。お前はずっと俺に守られていろ」

 間近で見上げるフェザナの顔を見て笑う。

「……はい」

 消え入るような小さな声でフェザナはそう言った。

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