第23話『絶対イヤだな。何が何でも逃げそう。』
「一緒に行くとなると、もう少し用意をした方がいいですね」
ケイガたちの家のダイニング(?)の机について、ケイガが一緒に旅に出る事をフェザナに告げると、彼はそう言ってちょっと考えるような顔をした。
「それなりの用意はしてきましたが、やはり三人分でしかありませんし、それにあの二人だけ馬車に乗らずに馬で併走するのは大変でしょうから、もう一頭馬を買った方がいいかもしれませんし」
「それじゃもう一度ベルガラの街に戻って、少し買い物してからのがいいか」
私の言葉にフェザナは頷いた。ただ、彼が二人と言ったのをあえて訂正しなかったのは、できればそうあってほしいと自分自身思っていたから。
フェザナは馬車へ荷物を確認に行くと言って立ち上がって出て行った。
ケイガは、カザキと話すために私が寝ていた奥の部屋にいる。
ケイガは、井戸がなくなったのは私たちと旅に出るためと言ってくれたけど、カザキがどう考えるかは、全くわからない。井戸を壊した張本人と、自分たちにとっては何の価値もないと思える旅をするのだ。
自分だったら、どうだろう? 自分にとってかけがえのないものを壊した人と、一緒のグループに入れって言われたら?
……ああ、絶対イヤだな。何が何でも逃げそう。
狭い自分の心に脱力して両手で頭を抱える。
「ヴィアス、どうしたの?」
そんな私を、机の向こうからティアルが覗き込む。
うん、ちょっと自分に嫌気がさしただけ。って、ダメダメ、こんな事考えてたら、ヴィスを生み出しちゃうんじゃないか? 屈託のないティアルに、少しだけ笑う。
「ああ、カザキも一緒に行ってくれたらいいなーって、祈ってたんだよ」
「カザキは一緒に行かないの?」
「いや、わかんねぇ。カザキに聞いてみないとな」
「ふぅーん……」
ティアルはちょっと天井を見上げる風にして何か考え、唐突に椅子から飛び降りた。
「じゃあ、ティアルが聞いてくるっ」
そう言って、止める間もなく奥の部屋に飛び込んでいった。
「あ、おいっ!」
いやっ、それはヤバいんじゃないか? いくら何でも……っつーか失礼でしょ? 真剣に悩んでいるとしたら!
「ティアル!」
追いかけるように立ち上がって奥の部屋へ行く。ドアを開けるとベッドに座っているケイガと、その前に椅子を置いて向かい合っていたカザキが、吃驚したようにこっちを見ていた。
「ほら、ティアル、」
逃げ出す子どもを捕まえるように肩に手を置いて少し引っ張ると、ティアルは身をよじって逃げそのままカザキの所へ行った。
「カザキは、一緒に来ないの?」
直球だ……あまりにストレート過ぎて自分まで退去するタイミングを逃しちゃったじゃない……苦い顔でケイガを見ると、私の表情に気づいて苦笑していた。
この場でいきなり部屋を出たらそれも怪しいよね。かと言ってここにいちゃうのも心苦しい。
「ティアルは、カザキと一緒に行きたいよ」
どこまでもストレートなティアルの言葉。カザキは少し微笑んでティアルの頭をなでた。
「うん、ありがとう。俺もティアルと一緒に旅をしたい」
「じゃあ、一緒に行こう」
「……そうだね」
彼は寂しそうにうつむいた。
今のは、同意の言葉だったんだよね? だとしたら、どうしてそんな表情……って、それは私がここにいるからか。諸悪の根源が。
するとケイガが勢い良く立ち上がってそのまま真っ直ぐ私の所に来た。何?
彼は遺跡でやったのと同じようにいきなり両手で私の頬を挟んだ。
「まぁった、そんな事考えてる。ちげーっての。全然ちげーよ」
「え、」
「だからカザキも、井戸を壊したのがヴィアスだとは思ってないし、ヴィアスと一緒に行くのがイヤだとかそう考えてるわけじゃねぇっての」
最後の「の」と一緒にケイガは額に頭突きを食らわして離れた。
「ってぇ……」
額を押さえてケイガを睨むと、にやにや笑いで腕を組んでいる。
「ほれ、カザキも行くってんだから、そうと決まったら準備準備」
ケイガは私の正面から首に腕を回すと、そのまま引きずるように部屋の外へ出た。
「おい、ちょっと、」
何がなんだか全然わかんねってば! カザキのあの表情が私の存在のせいじゃないとしたら、一体なにが引っかかっているっての。
「いい加減、離せよっ」
ケイガに後ろ向きに引きずられたまま台所まで来て、ケイガを引き離す。
「さーて、準備だ準備」
ケイガは何事もなかったように台所の少ない棚を開けては、中から旅に役立ちそうなものを引っ張り出し始めた。
「おい、何だってんだよ」
「べっつに。とにかくヴィアスのせいで出発を渋ってたんじゃなくて、俺たちが話してたのは別の事だから、気にすんなって」
いや、その言い方が余計気になるっつーの。
ケイガは新し目の鍋やハーブのような乾燥した香辛料のようなものを出しては、手近の麻袋につめていく。それから片隅のいつも日陰になっている棚を開けて、中からバカでかい水色のゼリーの塊みたいなモノを取り出した。
怪訝な顔で見ていると、彼は少し上目遣いで私を見てにやりと笑う。
「コレ、知らねぇ? 冷蔵庫。こいつの中はいつも凍る温度だから、氷がほしいときは中に水を入れればいいんだ。冷気は外側にも漏れるから、きちんと密閉した箱に入れておけば、箱の中はじゅうぶん冷える」
そう言って大きめの革の袋にゼリーを入れた。
「ホントは箱のがいいんだけどなー、まぁ棚をそのまま持ってくわけにもいかねぇし」
そこまで言って、私を見た。
「まだ気にしてんの?」
う、気にしてると言えば気にしてる。ってか、すごく気にしてるけどそう言っちゃっていいのか……だって、私には関係のない事だって言われてる時点で、これは単なる好奇心でしかない。目を閉じて小さなため息をつく。
「いや、別に」
とりあえず、忘れちゃおう。とにかく二人とも一緒に行く事になったんだから、出発の準備を始めなくては。
家を出て馬車へ向かう私の背中に、変な笑い声でケイガが声をかけた。
「いししし、拗ねてやんの~」
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