第2章

第22話『何を偉そうにしてるんだか。元凶は私だっての。』

 簡素な作りの家だった。

 粘土造りの壁に、やはり小さな窓。扉は木製だったが、立て付けが悪くてすぐに開いてしまう。


 家の間取りは2Kってトコか。部屋が三つ、L字型に並んでいる。玄関でもある扉を入るとすぐに台所を兼ねた部屋が一つ、そこからドアなしで奥の部屋へ。

 その隣に扉を隔てたもう一つの部屋は今私がいるこの部屋で、ぼんやりとベッドに寝ながら、窓から差し込む光がコップに当たって反射したきらめきが天井に踊っているのを見ていた。


「起きてて大丈夫なのか?」

 カザキが足で扉を開けて食事を運んできた。

「大丈夫だって。ただの貧血なんだからさ」

 ゆっくり体を起こしてトレイを受け取る。

「ただの、じゃねぇだろ」


 カザキは両手を腰にあてると、大げさなため息をついた。


 遺跡での戦いの後、手当しようとするフェザナを遮ってとにかく剣の成長をさせた。

 剣を抜いてみるとやはり思った通りの雰囲気で、戦いで盛り上がったテンションのまま相当量のオルが散らばった遺跡で剣の成長を試みたのだ。すると、確かに剣は相当の成長を遂げた。

 が、その直後に私はぶっ倒れてしまったのだ。


 実際、あれだけの出血をして戦っていられたのが普通じゃないんだけど。

 とにかく、ぶっ倒れてしまった私をケイガとカザキは家まで運び、そこでフェザナに魔法で手当してもらったのだった。

 しかし前にもやってわかってた事だけど、出血量まではフォローできるものではないので、しばらく体を休める事になった。彼らの家に来て三日になる。


 フェザナは完治するまで魔法をやめないつもりだったらしいけど、そこまでやると結局私の体力も奪ってしまうし、私自身、魔法で何でも解決しちゃうのが何となく納得できなかったので、傷がふさがった所まででフェザナには魔法をかけるのをやめて貰った。


 苦しんで苦しんで、それで何とかしたもののツケを、あっという間に魔法でキレイにしちゃうなんてちょっと違うと思うのだ。この傷は私が弱かったから、力が及ばなかったから受けてしまったものなのだから、その傷は自分で治していかないと。

 お陰で胸と足にすごい傷跡ができた。


 ……肩の傷を、わざわざ残す事もなかったな……そんな事しなくても、私の体はどんどん傷跡で彩られてゆく。足の傷は鋭い三日月のよう、胸の傷は斜めに走る稲妻のような形をしていた。


「手当してからでも遅くないだろうが、何だって無理して剣の成長なんてやるんだよ。あれだって、かなり力使うんだろ? 剣士って大概そういうもんなのな」


 カザキは食事する私を見ながら呆れたように言った。

 うん、そうなんだけどね。

 でも、どうしてもすぐに成長を見てみたかったんだよね。あれだけのヴィスを倒して、いや、その戦いの中で自分が確実にステップアップしたと感じる事ができたから、その成長を、剣の成長という目に見える形で確認したかったんだ。


 剣は以前よりも更に鋭く軽く感じ、銀と言うよりも白銀の輝きを見せていた。鍔の部分が以前と大きく違って、剣そのものが十字の形をしている。その刃の付け根から柄、鍔に至るまで、細かな文様とそれを彩るオルがはめ込まれていた。

 私はベッドの脇に立てかけられている剣を見た。

 あの剣は私がこの世界に来た時から身につけているものの一つで、その形を変容する事で私の成長をも表している。


「無理すんのは性格だとしても、ちょっとは回りの事も考えろよー、その後ヴィスが出てこなかったからよかったようなものの」

 カザキは咎めるように言った。う……それを言われるとツライ。

 気まずい顔をして顔をしかめる私に、カザキは少し笑う。

「うっそ。俺がその位の制御はするさ。これでも守人だからなー」

 カザキはそう言って楽しそうに笑った。


「とにかく、ここは安全だから、体が治るまでちゃんと休む事。いいね?」

 疑問文だけどほとんど命令形の発音。

「他のヤツらは?」

 カザキは部屋を出て行きかけて振り向く。

「フェザナとティアルは台所の部屋にいるよ。ケイガは……井戸に行ってる」

 最後だけ少し声を落として言った。


 彼らの井戸は、あの戦いで壊れてしまったのだ。

 いや、壊れたと思う。あれだけ派手にヴィスがぶつかって崩れたんだから。ただ私は確認までしてはいなかった。戦いの最中だったし、それからは毎日体を休めるためにと寝ていたのだ。

 トレイをベッドサイドの机に置くと、またベッドに体を投げ出した。


 ぼんやりと天井に映る光を眺め、あの井戸が崩れた瞬間を思う。

 あの大きなヴィスのしっぽのような部分が、まるで鞭のように井戸に当たり、瓦解した瞬間。彼らはどんな気持ちでいたのだろう。

 彼らの生活の手段。それを私が行く事で壊してしまったのだ。

 私があの遺跡に行かなければ、あんな事にはならなかったのに。


 私が、運命の剣士とかじゃなくて、彼らとうっかり出会わなければ、彼らはきっと今でも砂漠で水を売っていたのだ。

 ドノスフィアに迷い込んだ私の世界の住人は、多分私が気づけないだけでもっといるのだと思う。私が出会わなければ、こんな旅に関わる事なく、自分たちの生活を続けていけるのだ。


 私と出会う事で、面倒に巻き込まれる。

 そりゃ大義名分はあるけどさ、それだってケイガの言葉じゃないけど魂だけの話だし、はっきりいって関係ないと言われればそれまでなのだ。

 そんな面倒に、彼らを巻き込んでしまった。


 五年勉強したカザキ、五年働いたケイガ。二人ともその五年を越えて、二人で生きていくために精一杯の事をしていたに違いない。

 それをぶち壊したんだ。

 どう謝ればいいのだろう。


 謝って済む事じゃない。そんな事はわかっているのだけど、それでもあの二人が何も言ってこないのが逆に堪える。二人とも、私が起きている間、食事を運んで来たりして接する機会があるのだけど、先程同様、今までと何ら変わらずいい友達のように接してくれる。

 いっそ、お前のせいで井戸が壊れたんだと酷い言葉をかけてくれれば、気が楽なのに。そんなラクはさせてくれないかな。


 これも堂々巡りだ。寝ている間、そんな事ばかり考える。

 どう謝ろう、どう償いをしよう。

 償えるものじゃないことは、明白なのに。それでも、何か方法を探してしまうのだ。彼らが、余りにも……


 ……余りにも、なんだろう、不憫とでも言うつもりだったのか。何を偉そうにしてるんだか。元凶は私だっての。


 これからも、こんな事が続くのかな。私が関わった事で、その人生を変えられてしまう人が出てくるんだろうか。

 私の運命は、この冒険を受け入れた時点でもう変えられないものになっている。でもそれは私だけの事。こんな風に、彼らの人生を変えてしまうなんて思っていなかった。街でばったり会って、情報を貰ってさようなら。その程度の関わりだったら何も変わらないかもしれないのに。


 いや、違う。それだけでも、運命は変わってくる。ほら、ゲームでも、街や村の住人にちょっと話しかけた事があると、その人に再度会った時、別の状況にあったりするじゃない。私という存在が、回りの人生を変える要素になる。


 ……そんな、そんな責任、負えないよ。


 仰向けの体を横向きにして体を丸める。

 私の入ったこの体の持ち主は、運命の剣士だ。その言葉の響きからも、物語の主軸になる事を許されている気がする。それはつまり、その他大勢の人生を巻き込み変えていく力を持ち、そうする事が運命づけられているって事。

 でも中身の私は違う。ただの女子高生なんだ。だから、そんな風に他の人の人生までも変えてしまうような事は……


 違う。そうじゃない。


 もしかすると、向こうの世界でも同じなのかもしれない。フリマで私が先に買ってしまった事によって、二度と手に入れられなかった人がいるかもしれない。私が受かった事によって、高校に落ちた人がいるかもしれない。そんな風に気づかない内に、気づかないだけで、色んな人の人生を変えてしまっているのかもしれない。


 それでも、それでもこんなに明白ではないはずだ。

 私は体を起こして、ベッドに腰掛けた。

 彼らの生活をぶち壊してしまった責めは、どう負えばいいのだろう。


 きっと、彼らが魅力的な人たちじゃなかったら、こんなに悩まないんだろうな、私ってゲンキンな人間だ。でもだからこそ、辛い。

 口汚く罵ってくれればいいのに。膝に肘をついて頭を抱え、ひとしきり頭をがしがしとかく。


――― だめだ。考えたって、どうにもならない。


 実際、考えて考えて、結局三日も経ってるじゃない。

 私は勢い良く立ち上がった。ここ数日ほとんど体を動かしていなかったので、いきなり思い切り立ち上がったら少しふらついたけど、怪我は大丈夫そう。

 剣を取って腰に差すと、もう一度天井で踊る光を見てから、部屋を出た。



 部屋を出て台所まで行くと、フェザナとティアルがカザキと机を挟んで座っていた。ビックリしたように私の顔を見、反射的に立ち上がったフェザナを制する。

「ちょっと、出てくる」

 フェザナは困ったような顔をして、もう大丈夫なんですか、と小さく言った。その言葉に笑顔で応えてそのままドアを出て行く。

 外に出て思い出したけど、ここ暑いんだった。手をかざして日差しを眺めてから馬小屋に近づいた所で、背後からフェザナがケープを肩にかけてきた。


「まだ日差しは強いんです。体力が完全に戻ってないのに長く当たるのは危険です」

「ああ、ありがとう」

「ヴィアスが許してくれれば回復魔法をかけるのですが、」

「それは最終手段にとっとけって。俺は大丈夫だから」


 それでも心配そうな顔を崩さないフェザナの頭に手のひらを置くと、

「魔法を否定するわけじゃないさ。ただ何でもキレイに無かった事にしちゃうみたいでイヤなんだ。魔法が無かったらどうしようもない人間にもなりたくないし。傷を治すくらい、人間の治癒力にだってできるんだからさ」

 それから、調子に乗ってフェザナの頭をかき回す。

「ま、死にそうな大怪我してた訳だから、フェザナがいてくれなきゃ助からなかったかもしれないし、それに関しては感謝してるけど」

 ポンとフェザナの頭を叩いて微笑むと、グティに向かって鞍をかけた。鞍をかけながら、背後のフェザナに声をかける。

「ちょっと、シャングライまで行って来る」


 なるべく、何でもない風を装ってそう言った。気にかけすぎてるのを悟られたくなかった。そんな風に思ってる事自体、きっとすごく不自然に聞こえる声で話しちゃってるからなんだろうけど。

「ヴィアス、」

 フェザナは声だけで表情までわかる、ためらうような、それでいて声をかけずにいられないような、そんな声で私の名前を呼んだ。思い切ってグティにまたがり、馬上からフェザナを見下ろして笑顔を向ける。


「心配すんな。俺の願いは聞き届けられちゃったんだから、もうあのヴィスは出てこないって。そんなに心配なら絶対遺跡内には入らないって誓うから」

 言いながら馬を操り、南へ向けた。

 彼が言わんとしている事に対する答えになっていないのはわかっている。彼はシャングライの遺跡のヴィスがまだいるかもしれないなんて事を心配してるんじゃない。

「もし入っちゃったらお前の言う事なんでも聞いてやるよ。添い寝でもなんでもな」

 軽口を叩いて馬上からもう一度フェザナに笑顔を向けてから、彼の言葉を待たずにグティを走らせた。



 ケイガは井戸から少し離れたところに座っていた。

 遺跡に着いて、少しでも日差しを避けるためシャングの木の影になっているところにグティを連れて行く。あの井戸のある付近へ行ってみると、ちょうどケイガの背後から近づくかたちになった。

 思わず足を止めた。

 ケイガは、ぼんやりと砂地に座って、井戸を眺めている。


 そんなところに自分が出て行って、なんて声をかければいい?

 でもここでこのまま、ケイガが気づいてくれるまで立っているなんて事はできない。その踏ん切りがつかなくて三日も無駄にしたようなもんなんだ。意を決してケイガに近づく。さくさくと砂を踏む音がする。

 後ろ手に座ったままのケイガが、井戸を見たまま、

「井戸、壊れちゃったな」

と言った。


 彼の数歩手前で足が止まる。どうしよう、謝るべきか。それとも……

 彼は私の言葉を待たずにそのまま振り返る。


「ま、しょうがねぇか。あんなのがいたんじゃ」

 そう言って、やけに明るい笑顔を見せた。

「いつかはこうなっちゃうんだったんだろうなー」

 ケイガは軽い調子でそう言いながら立ち上がり、瓦礫に埋もれてしまった井戸を覗いた。私は何も言えないでそんなケイガを見ている。ケイガは覗いていた体勢を起こしてひょいっとこちらを振り向くと、大げさに笑った。


「なんて顔してんだよー、男前が台無しっ!」

 言いながら私の傍らまで来て、ばしんっと背中を思い切り叩いた。

「! って……」

 その痛みに顔を歪めながら彼を見ると、にやにや笑っている。


「自分のせいでこうなったとか、思ってんだろ」

 彼は勝ち誇ったような顔でそう言った。なんだか嬉しそうにも見える。

 ああ、彼は気づいてたんだ。私の、私がずっと悩んでいた事に。

「だからそんな顔しないっ!」

 ケイガは両手で勢いよく私の頬を挟んだ。真正面から見つめる。


「お前のせいじゃないって。そんな事、わかりきってるだろ?」

「でも、」

「だいたい壊したのはあのヴィスだろうが。お前じゃない」

「でも、俺がここに来なきゃこんな事には、」

「だってお前は来なきゃならなかったじゃんか。旅を続けて、お前の世界に帰るんだろ」

「でも、」

「でもじゃねぇっての。お前がここに来たのは運命。俺たちが井戸を失ったのも運命」

「そんな!」

「そんなもんだっての。カザキが塔に入る金が必要じゃなきゃ、俺は身売りまでしなかったし、俺がそこまでしなかったらカザキは帰ってこなかったかもしれない。二人でいなかったら水売りもやらなかっただろうし、水売りしてなきゃお前とも出会わなかった」


 そこまで言うとケイガは、にっこりと微笑むと、頭突きの要領で私の額に自分の額を押し付けた。

「そういう風にできてるんだ。井戸がなかったら、始めから失ったりしないだろ。とにかく、俺は井戸を失ってお前と出会って、もう一つ別の世界があってそこのヤツの魂が俺の中に入ってるって知った。多分、それを得るために井戸はなくなったんだ」

 額を離し、もう一度微笑むと私の頬から手を離した。

「それでも……」

 私はまだ何かいいわけしようとした。そんな風に思えるのはドノスフィアでの文化なのか。いや、同じようにフェザナも気にしていたようだから、それはないだろう。それじゃやはり彼が優しいだけなのか。

「何だよー、井戸弁償しろって言った方がいいのかー」


 彼は面白そうにそういってズボンをはたいた。

 でも私が寝ている間、井戸に何度も足を運んでいたはずだ。始めからこんな風に吹っ切れていたはずはない。

「そう言って貰えた方が、楽かもしれない……」

 うつむいて呟く言葉に、肩越しに振り返って少し笑う。

「いや、俺ってばヴィアスが考えるよりもっと陰険だからさ、こうした方がヴィアスには効くってわかっちゃってるんだよねー」

 にやにや笑いながら私の顔を覗き込む。そんな言葉、本気に聞こえるわけないじゃないか。

「効いてるだろ? こっちのが。あからさまに非難するよりもさ」

 面白くてたまらないといった風に私の顔を覗き込む。私は、彼の真意がわからなくて、やはり困ったように彼の顔を見た。


 彼は屈託のない顔でいたずらが上手くいった子どものような笑顔を満面に浮かべた後、少しだけ陰りの見える微笑を浮かべて目線をそらした。

「……井戸を失って、何か得たものがあったとしたら、それはやっぱお前との出会いだろ。そうでも考えなきゃやってけねぇよ」

 微笑んだまま、伺うように少し私を盗み見る。

「ごめん……」

「あやまってもらおうとか思ってんじゃねぇって。そりゃ井戸がなくなっちゃったら、これから別の仕事さがさなきゃならないけど、それだって何とかなるだろ」

 私は両手を頭の後ろで組んで笑うケイガを見た。

「これから、」

「ん?」

 ケイガはふと言葉を漏らした私を振り返る。


「これから、俺たちと一緒に旅しないか。お前たちには向こうの記憶がないとはいえ、全てが戻る時、一緒にいた方がいいと思うんだ」


 私は顔を上げてケイガを見た。ケイガはその言葉を、かみしめるように私を見ている。それから少し微笑んで目線を外す。

「実は少しそれも考えた。俺にはちょっとピンとこない事とはいえ、俺も向こうの人間だってのは本当みたいだし」

「だったら、」

「うん。まぁ多分そういう事なんだろうな」

「? 何が?」

 ケイガの言ってる意味がわからない。何がそういう事なんだ?


「だから、俺たちが迷いなくお前たちと旅立つために、井戸はなくなったんだよ。だから、一緒に行く。カザキにはまだ聞いてないけど、多分あいつも一緒に行くと思うよ」


 そう言って顔を上げた。

「ほら、あいつ俺がいないとダメだからさー」

 面白そうに笑う。私も彼の笑顔につられて初めて笑う事ができた。

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