第21話『もう最終ステージって事?』
遺跡の入り口から望むと、まず中心に何か建物が建っていたらしき瓦礫の山がある。大きな石が点在しこの遺跡の中心部だったと思われるけど、今ではどんな形をしていたのかも定かじゃない。
その建物跡を取り囲むように柱が立っていたらしき跡がある。その内の数本は高さ二メートル位残っているが、ほとんどはベンチ程度の高さだ。崩れ落ちた石はかなり大きく、その重さのため動く心配がないから逆に安全な遊び場だったのかも。
先に行くフェザナが危なっかしい足取りで瓦礫の間を歩いている。
「じゃ、俺も行くか」
そうひとりごちて、門とおぼしき二本の柱の間に足を踏み入れた瞬間、目の前を光の束が駆け上がっていくのが見えた。
「な、」
何事かわからないが、とにかく美しい光が七色に輝いて風と共に吹き上げている。
その突風に耐えていると、目の前で瓦礫の山だった遺跡がみるみる復元していくのがわかった。
「何だ、これ?!」
復元していく瓦礫の中で、フェザナもその振動と風に耐えて立っているのがわかった。その奥には、さっきまで瓦礫の影になって見えなかったカザキとケイガもいる。
「フェザナ!!」
何とか駆けつけて遺跡内部のフェザナの所までたどり着いたが、その間も遺跡は光の風の中でどんどんその修復作業を進めていった。
「どうなっているんでしょう……」
フェザナの声は明らかにおびえていた。こんな事、魔法学校の教科書にもなかったのかもしれない。
やっと天井の全てが埋まり遺跡がその姿を新たにすると、奥からカザキとケイガが駆け寄ってきた。
「何だよ、これ! ヴィアス、何かしたのか?」
ケイガは着くなりそう聞いた。何もしてないってば。
「俺が知るわけないだろ。門の内側に入ろうとしたらいきなりだよ」
私は復元された遺跡の内部を見回した。
そこは確かに神殿だったのだろう。入り口から入って正面に祭壇らしきものがある。壁一面は綺麗なタイルで埋め尽くされていた。なんとなく、アラビアっぽい感じ?
さっきまでの黄土色の砂と石で構成されていた瓦礫からは、想像も付かないほどの美しさだ。壁のタイルに近づいて見てみたい気は山々だが、何となくまた何かが起きそうで容易に近づけないでいた。
「しかし、こんな事があると……」
私は次の言葉を飲み込んだ。
もう最終ステージって事? 噂は本当だったのか? ここにその、守護者がいて、時空を制御する剣があって、私は守護者の前で、時空のゆがみを正さなくてはならない。
っていうか、もう?
いや、それなりに大変だった事は確かだけど、何だか突然すぎて信じられない。まぁここへ迷い込んだのも突然だったから、そう考えればさして驚くべき事でもないのかも。私は不安そうに周囲を見回しているケイガたちから離れて、一人祭壇に近づいた。
やっぱり、何かが起こるとしたら祭壇でしょう。
その祭壇は磨き上げられた石でできていた。琥珀のような色の台座に、白い石で模様がはめ込まれている。側に立つと、私の腰の高さだった。そっとその表面に触れてみる。
外の灼熱とはまったく無縁の、永遠に熱を持たないのではないかと思わせる冷たさだった。顔を上げると、その奥の壁にはモザイクで円を描くような模様が描かれていた。祀っている神の形はない。ただ、何かの入り口を示すような円形の模様が描かれているだけだった。
視線を祭壇に戻すと、その中心部に陥没している部分があるのに気づいた。
……これは、やっぱ錠だよね?
十字にうっすら陥没したその辺りを中心に、石のモザイクで美しい文様が広がっている。
「これは古代魔法文字ですね」
隣に来ていたフェザナがそう言った。
「現在ではすでに失われていて、正しく発音する事ができないので、魔法は発動しないのです。いえ、発動させる事ができないのです」
それじゃ、その守護者に関しても、発動させる事ができないんじゃないか?
私はフェザナから視線を祭壇に戻した。
「この遺跡は、何を祀っていたんだ?」
ケイガとカザキに向き直ると、カザキは困ったような視線をケイガに投げ、その視線を受けてケイガは大げさに両手を広げて肩を上げて見せた。
「全然わかんねぇ。生まれた時からあったし、誰も気にしなかったからな」
学術的な要素も全くないと言われていた遺跡。でも私が入った途端、その本来の姿を取り戻したのだ。何か、私の運命に関係があるものに間違いはない。
「いったいどうすればいいか、そのヒントだけでもあればなぁ」
私は美しいタイルモザイクの天井を仰ぎ見た。神殿内部に無駄に響く声。フェザナが何か知ってるかと思ったが、この神殿の出現にあれほど驚いていたんだ、知っているとは思えない。
「っつーか、早いことその鍵をはめてみれば?」
カザキが当たり前のように言った。鍵? どこに?
「ヴィアスのペンダント。それ、そこの鍵だろ?」
そう言って私の胸元を指さした。ペンダント?
指さされた胸元に手をやると、そこには十字の形をしたペンダントがあった。これはクヴァルメがくれた……思わずフェザナを見る。フェザナも何かに気づいたように私を見た。
「でも、クヴァルメが俺の事を知っていたとは思えない……」
思わずそうもらすと、フェザナはその美しい顔で少し微笑んだ。
「でも彼には何かの力があるのでしょう。ただの武器商人ではないような気がします。そしてそれも彼の手による物ではなく、何かの言い伝え的な存在なのかもしれません」
フェザナは私が手の中でもてあそんでいたペンダントに触れた。
何かの言い伝えで彼が持っていたものを、こんな胡散臭い旅人によく渡せたもんだよなぁ……彼には何かを見通す力があったのではないかと思わないと、確かに怪しすぎる行動でもある。
とにかく、これが効力を発揮するのかどうかは、はめてみないとわからない。私は注意深くそのペンダントを首から外し、一度手のひらに載せて眺めてからそっと祭壇の中央にはめた。
あつらえたようにぴったりだった。いや、ぴったりだった訳ではない。一度はめた十字部分には、少し余裕の見える所もあったのだが、驚くべき事に、まるで石の祭壇がゼリーにでもなったように、十字のペンダントを包むようにその形を変えたのだ。
今、ペンダントはその十字の穴にはまっている。
完全にはまったのを確かめるようにその回りを光が彩ると、ペンダントを中心にして一斉に光が祭壇の文様を走り抜けた。
私たちは思わず祭壇から離れ、四人で固まった。何かが、起きる。
走り出した光はそのまま四方の壁へ走り、まるで神殿内部が光り輝いているようだ。
祭壇とその奥を見ていたフェザナが無言で私の袖を握りしめた。
祭壇奥、モザイクでできた円を描いたような模様の真ん中から、光に包まれた何かが出てきた。
緊張して左手で剣を握る。これが敵でないとは限らないのだ。
光の中に現れたのは、光だった。いや、彩る光とはまた違った輝きを帯びた、光でできた人の形だった。
そしてその光の人は、微笑んだように見えた。
『求める者には与えましょう』
そう聞こえたような気がした。
何を?
そう思った瞬間、ものすごい振動が襲った。地震?!
天井から石がこすり合わさって出た砂が落ちてくる。
「外へ出ろ!」
叫んだのもつかの間、天井から大小さまざまな石が落ちてきた。身軽なケイガとカザキについて、フェザナの腕を掴んで走り出す。神殿の入り口を出た所で振り向くと、その美しく小さな神殿が瓦解するのが見えた。砂煙がもうもうと立ちこめる。
何か、来る。
フェザナを少し乱暴に離すと、瓦解した神殿を睨み付け、
「何でもいい、とにかく結界を張れ!」
と告げた。フェザナはまだうろたえている。結界を張るにしても、私がこの状態じゃ無理があるのかもしれない。でも、余裕はない。
砂煙が収まるのと反対に、大きな黒い影が現れた。それはゆうに十メートルはありそうな、とてつもなくでかいヴィスだった。
ケイガたちは離れて馬車の方まで逃げたのがわかった。フェザナは私の傍らで、何とか集中しようとしている。
イケるかな? 私はそっと剣に手を置いた。思ったよりは冷静だ。でも、あんなの相手にした事ないし、今回こそちょっとヤバイかも。この神殿が最終目的地じゃなかったんだとしたら、中ボスってトコなのかな。
ヴィスはその体を空へ広げた。来る!
フェザナを押しやり避けさせた瞬間、巨大なヴィスから槍のようなものが飛んできた。今までのヴィスは基本的に体当たりだったってのに、こいつは自分の体を飛ばすの?!
フェザナとは反対側へ転がり何とか体を起こすと、ヴィスはその巨大な体で今度こそ体当たりを仕掛けてきた。剣を両手で支え、その襲来を押さえる。しかし足元が砂なので、その強さに体が砂に沈んでいく。
全力でそのまま剣を真横に抜くが、ヴィスに与えた傷はほんの少しだったろう。私の横をすり抜けていくヴィスの体があまりに大きいので狙いを定める事も困難だ。
とにかく足元が砂でない所へ行かないと。私は走って遺跡内部に入った。振り向いてヴィスを見やると、またも何か投げてきた、と思ったらそれは個体のヴィスだった!
それじゃアレは、ヴィスの集合体?!
砂漠のヴィス程度の大きさのが5匹まとめて飛びかかってくる。遺跡の瓦礫を利用しながら、確実にそのオルを仕留めていく。
「はっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」
瓦礫をジャンプ台にして高く飛び上がり、食らいつこうとするヴィスを重力に任せて叩っ斬る。着地した私を狙うように、瓦礫の影から踊り出したヴィスを屈んだ姿勢のままで抜いた剣を切り上げた。
その勢いを借りて立ち上がると、真っ正面から接近するヴィスにこっちも真っ向から剣を立てる。突き立てた剣に耐えきれず、ヴィスが四散するのを待たずに剣を振り払うと、巨大が気配がして振り返ると、親ヴィスがまた槍を投げてきた所だった。
「くっ!」
とっさに横っ飛びに飛んで転がる。投げ出されたヴィスの槍は遺跡の石畳に突き刺さった後、霧のように石畳にとけていった。
何か、イヤな予感。
速攻で立ち上がり、親ヴィスが投げてくる槍をまるで剣で舞うように払う。とにかく、あの親ヴィスをなんとかしないとらちがあかない。
でもどうやって? 心を静めてみても、あのヴィスの急所が掴めない。さっき小型のヴィスが出てきたように、もしヴィスの集合体なのだとしたら一匹ずつ倒していかなきゃならないってこと?
「その方が、大きいのよりラクかもな……」
ひとりごちてフェザナたちを見やる。ヴィスが私に集中してる分にはみんなは安全だ。ただ、私が保つかってのが問題なだけで。
ヴィスは悠然と宙に浮かんでいたが、突然円を描くように回り始めた。やっかいな、なに、作戦練ってんの!
その高速の回転からヴィスが放射される。速さだって、足元が確かなら負けはしない!
私は瓦礫を使ってジャンプし、目的の一匹を一刀両断にする。しかし、その落下中に他のヴィスが発射された。バランスを崩したこの体勢では、満足な攻撃はできない。
「くっ!」
剣を持ち替えて押さえようとするのが精一杯だった。ヴィスに切り傷は与えたものの、その勢いに負けて吹っ飛ばされる。
「ぐっ!!」
瓦礫の壁に背中からぶち辺り、口の中を切った。血の味。まずー……
「ヴィアス!!」
背後から叫ぶ声。フェザナ、結界はちゃんと張れたのかな……
口の中の血を吐き出して立ち上がる。高速のヴィスは立て続けに発射されてくる。
「だから、速さだけなら大した事ねぇんだよ!」
剣をひらめかせると高速で近づくヴィスを確実に仕留めていく。
と、一匹と思っていたヴィスが目前で二匹に分かれた。何それ!
片方に切りつけつつもう片方を避けようとするが、体ごと避けた胸元を、口を開けてかみつこうとするヴィスが通り過ぎるのが、やけにスローに見えた。ヴィスが過ぎるのに合わせて上着が裂けてゆく。
「くはっ!」
思わず胸を押さえてかがみ込む。裂けた上着をさぐるように触れた手にぬるりとイヤな感触がして胸から離してみると、真っ赤に染まっていた。げっ、何この出血量!
右手で握ったままの剣を支えに何とか立ち上がる。どくどくと耳元で脈打つのがわかる。あー、ちょっとこれはキツイかも……
顔を上げて馬車の方を見ると、ケイガが馬車から飛び降りた所だった。
「来るな!!」
その声に一度は足を止めたが、意を決したように顔を上げるとそのまま走って来た。その後ろにカザキの姿も見える。飛び交うヴィスを何とか避けながら、私の背後へ背中を付けて立つ。
「一人じゃどうにもなんないだろ」
ケイガはそう言って笑った。でもそれは緊張からくる笑いだ。
「増えてもどうにもなんねぇかもよ」
「信用ねぇなぁ」
不服そうにそう言って「カザキ!」と瓦礫の影に立つカザキを呼んだ。カザキは体の前で手を指先だけを合わせるようにして立ち、目を閉じて呼吸を整えた。
「カザキが邪気の流れをコントロールしてる間は、少しは行動範囲が狭まる」
私はその声に背後にちらりと視線を送ってから頷いた。
なるほど、彼の仕事は邪気をコントロールして街とか守ったりするんだっけ。カザキの力がこのヴィスを押さえる事ができるかどうかわかんないけど、早い内に結果出した方がよさそう。
「おっけ、行くぜ!」
そう言ってお互いに走り出す。多分ケイガはおとりになる。だから私は本体を狙わなくては。走り出した私たちを待ちかねたように、巨大な親ヴィスから個体が飛び出した。
「ヴィアス、右へ!」
突然カザキが叫んだ。右へ行けって事ね。剣を握り直して瓦礫から瓦礫へ飛び移りながらヴィスを誘い、そのまま右方向へ流れる。
唐突に振り向いて、追ってきたヴィスを剣で蹴散らす。きらきら光るオルが宙を舞う。確かにこの辺のがさっきより、ヴィスの動きが鈍いみたい。向かっていく余裕もできる。でもこれだけヴィスを殺っても、まだ親ヴィスは巨大な姿のままだ。やっぱ、突っ込むべき?
突っ込んでいけば、イヤでも急所が掴めるかも。ただ飲み込まれるかもしれないけど。前に砂漠のヴィスの本体を通過した時は何も起こらなかったけど、運が良かっただけかもしれない。
左右にヴィスを蹴散らしながら決意を固める。本体がこのエリアに来てくれると助かるんだけどねー。
そう思って瓦礫の上に飛び移ると、高い位置から遺跡の全貌が臨めた。井戸のある方、肩口から血を流したケイガが崩れ落ちる所だった!
「ケイガ!」
大声で叫ぶと、カザキが影になった所から飛び出してきて、ケイガの背後に立つ。何かの力が働いたのか、ヴィスが避けて抜けてゆく。急いで瓦礫を飛び移り、ケイガたちの元へ走る。
「大丈夫か?!」
「今んとこ、かすり傷」
ケイガは辛そうに眉をしかめがならも、なお笑って見せた。何とか起きあがる。
「来るよ!」
カザキの声を聞いて振り返りざま立ち上がり、血で滑る剣を握り直して向かってくるヴィスに走り出す。親ほどじゃないが、5メートルはありそうなヴィスが迫る。何あれ!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!」
左下から振り上げるように右上に抜くと、大型のヴィスは持ち上げられるようにその形を変え、更に尾と思われる先端を真横に振ってきた。とっさにジャンプして避ける。
しかしその尾が思い切りぶち当たったのは彼らの井戸だった。様子を見たかったが大型ヴィスが口を開けて迫ってくる。
「くっ」
右手の剣を左手に持ち替え、右手を添えて迎え撃つ。迫り来るヴィスをえぐるように切り裂くと、その奥に急所と思われる部分が光って見えた。
「う、っりゃ!」
そのまま押し込むように急所まで突き刺す。ヴィスはくぐもった音を発した後、四散していった。落ちてきたオルをキャッチして振り向くと、どうにか立っている風のケイガと彼に肩を貸すカザキが見ていた。
「馬車に戻ってろ。カザキの力だけじゃ及ばないだろ」
二人は少し逡巡しながらも、小さく頷くと馬車へ戻っていった。
私は遺跡の中心部上空に、いまだ浮遊する親ヴィスを見やった。
とは言え私もかなり限界。出血量が半端じゃないし。ここは前の砂漠と同じように、フェザナの結界から飛び出す戦法でいく方がよさそう。
親ヴィスからは目を離さないようにしがら、遺跡入り口付近のフェザナを確認する。直線で近づくには遺跡を突っ切るしかないな。
かなり息が上がってる。肩を上下して息をするにも痛むから、無理に落ち着けようとするのだけど、それも無駄みたい。脈はどくどくと耳元でうるさく、その勢いで出血してるのかと思うと気が遠くなりそう。
でも何とかしないとね。少し霞みがちな視野の中に親ヴィスを認める。何とかしてあいつを倒さないと。
もう一度、親ヴィスを見やってから一気に駆け抜ける。しかし、ヴィスもその瞬間を狙ってヴィスを発射してきた。
「うっわ、」
突き刺してくるのではなく、まとわりつくヴィスに一瞬たじろいた。切りにくいっての!
体をねじってすり抜けようとするヴィスを立ち止まって対処する。ヴィス自身は砂漠での程度のものだが、こんな妙な動きは初めてだ。ターンしながらまるで踊るようにヴィス倒してゆく。
「!!」
突然、足が上がらなくなった。何?!
驚いて足元を見ると、足元にヴィスが! 石畳の隙間から染み出したようなヴィスが、足にからみついているのだ。捕まえられた?!
「……イヤな予感が当たったよ……」
どうにか外そうにも、全く動かない。このまま同じ要領で腕まで押さえられたら確実に殺られる! それでなくてもバランス取りにくいってのに!
気配がして顔を上げると、目前に親ヴィスが迫ってきた所だった。剣を構えながら舌打つ。ちくしょー、ずるいぞ!
「ヴィアス!」
その時だった。フェザナの声が響いて、あの青白い光が目の前を通り過ぎた。親ヴィスは、まだ生きてる!
「逃げろ! フェザナ!」
親ヴィスの動きは明確だった。攻撃をしかけたフェザナに目標をかえ、フェザナの攻撃で損失したとは言えいまだ大きなその体を、ものすごいスピードでフェザナに向けて走らせたのだ。
驚いた彼が体をひるがえすより早くヴィスは彼に追いつき、彼に巻き付くと絞り上げるようにゆっくりと宙に浮いた。
「フェザナぁ!!」
足を取られて不様に叫ぶしかできない、フェザナは苦しそうに顔をゆがめてその圧力に耐えようとしている。
何で、何で彼を襲うのさ、ここで戦わなきゃならない運命の剣士は私じゃん! だったら、私を襲えばいいじゃんか!! 私を襲って終わらせちゃえばいいじゃんか!
無我夢中で足を動かそうとするが、全く動く気配すらない。
「フェザナ!!」
顔を上げ、彼の名を呼ぶ。しかし彼は苦痛に顔をゆがめているだけで、返事はない。何とか足にからみついたヴィスから引き剥がそうとしても、まるで地面に根を張ったように堅く繋がれてしまっている。
引っ張りながらも親ヴィスとフェザナに何度も視線を送る。彼の顔から血の気が引いていくのがわかる。ヴィスはその力を緩める事をしない。やめて! 彼が、フェザナが死んじゃう!!
「やめろって、言ってんだろーーーーっっ!!」
渾身の力を込めて、剣で自らの足の甲を貫いた。声と共に、背筋を何かが駆け上がっていくような感覚を覚えた。強い、風のような力。
剣を突き立てた足の甲からどくどくと血は流れ、ヴィスは四散し、もう片足のヴィスは貫かずとも蹴散らしただけで四散していった。
ゆっくりと、フェザナを抱く親ヴィスに向かう。
「お前の相手は俺だってのに、わかんねぇのかよ」
足と胸とから流れ出る血のせいで、視界ははっきりしない。脈はうるさいくらいに耳元で響いている。
でも心の中に青い世界が広がっていて、不思議と落ち着いている。青い世界には大きな風が吹いている。その風が、私を待っているのがわかる。
両手で剣を握り直す。親ヴィスがこちらに気づいてフェザナから力を抜いたのがわかった。ずるりと滑り落ち、その場に倒れ込んで動かないフェザナ。
「ぜってー、許さねぇ!!」
睨み付ける目を見開いた瞬間、心の中を強い風が吹き抜けた。その風に運ばれるように走り出す。
走りながら、強く、強く剣を握ると、剣の柄にあったオルが手の中で砕け散るのがわかった。
「う、っりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
親ヴィスに切り上げる力以外に、鋭いかまいたちのような風が伴う。抜いた剣を右手に持ち替え、両手で支えて振り下ろす。風よ!!
「はぁぁぁっ!!」
まるで数十メートルの剣を振り下ろしたような衝撃波で、親ヴィスはまっぷたつに分かれた。分かれた個体が別々の動きでまだ向かってくる。
下ろした剣を左から一文字に横へ抜くと、その衝撃波で一つは四散、もう一つはなお向かってこようとしたが、抜いた剣を右手で素早く振り下ろすと、親ヴィスは耐えかねたように四散していった。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をして、剣を地面に突き刺し、横たわるフェザナの側へ駆け寄った。
「フェザナ、おい、フェザナ!」
跪いて抱き上げ、揺さぶりながら声をかけると、フェザナは弱々しく瞳を開いてみせた。
「よかった……」
生きてた。よかった……私は肩の力が一気に抜けて、自然と顔に笑みが浮かんでいるのがわかった。
フェザナは弱々しく腕を上げると、私の胸に手をあてた。うん、怪我したけど、何とか大丈夫。顔を上げるとケイガとカザキが馬車から走ってくるのが見えた。
だいぶ意識のはっきりしたフェザナは私の腕から離れると、私の両肩を掴んで胸の怪我をまじまじと眺め、それから泣き出しそうな子供みたいな顔でしばらくいたが、辛そうに眉根を寄せると、額を私の肩につけた。
「もう少し、自分を大事にしてください」
搾り出すように言ったフェザナの肩越しに、心配そうなケイガとカザキが立っていた。彼らに少し笑顔で応じる。
「お前も、自分を大事にしてくれないと、俺が怪我をする」
フェザナの頭を軽く叩きながらそう言って、空いた手を後ろについてフェザナの体を支えた。フェザナはびっくりしたように顔を上げ、それから少し赤面して小さく、すみません、と言った。
そのフェザナの後ろに何か光るものを見つけ、立ち上がって足を引きずりながら近づいてみる。それはあの十字のペンダントだった。黒いオルがはめ込まれている。
これがあのヴィス? 違う、ヴィスはオルが作るんじゃない。このオルは……
「そのオルが、あのヴィスを起こす鍵だったのですね」
振り向くと、フェザナがいた。
「通常、黒いオルというものはないのです。基本的には浄化作用ですから透き通ったものばかりで、濁っていたり、ましてや黒いものというのは、本来ありえないんです」
なるほど。それじゃこのオルは元々この遺跡に関したモノで、唯一あのヴィスを起こすためにあったと。
「ただ、黒いオルはヴィスを呼ぶという言い伝えがあるのは事実なんですが……」
言い伝えにしろ、多分それも正しいと思う。
でなきゃ旅の間、私が馬車を離れた時に無事でいられたハズがない。ま、フェザナやティアルにとってはこれが私の元にあった方が安全か。私はそのペンダントを首にかけ直した。
「しかし、神殿が復元して即崩壊し、更にヴィスが出てくるなんて、」
「その答えなら、もう貰ったよ」
そう言ってフェザナを見る。フェザナには思い至らないらしく不思議そうな顔をした。
『求める者には与えましょう』
あの声が全てなんだ。このペンダントで錠を開けたら、求める答えを与えてもらえる。ただしペンダントには黒いオルもついてるから、もれなく強いヴィスも与えられる。
求める答えは、この冒険の目的地だ。
「これから行く方角がわかったぞ」
ニヤリと笑ってフェザナを見る。何の声も聞いてはいないが、私にはその答えがわかっていた。そう、もうすでに知っていたように。
フェザナは一瞬何を言われたのかわからない風だったが、すぐに気づいて美しい顔で笑って見せた。
北だ。北に、目的の場所がある。
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